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iaku『あつい胸さわぎ』を観た

以前から評判を目や耳にして、いつか行こうと思っていた。
このところ、いわゆる「演劇」の「概念」をアレコレするような、「客だからってぼーっとみてんじゃねぇよ!」と言われているような作品、観客もアレコレ頭を使って「今・わたしは・何を・見せられているのか?」「ここでは・何が・行われているのだろうか?」と考えながらみて、後でアレコレ総括しなければならないような作品が多かった。概してそういう作品にはアレコレ長い感想ツイートがされているからきっと他の人もそうなんだろう。いや決してディスっているわけじゃなく、そもそも自分で選んでわざわざ足を運んでいるわけで、思いがけず腹にナイフを突き立てられて「!?…な…んじゃごるあ!?」という感覚を持たされる体験としてそれはそれで面白いけれど。
そういう意味で今回の演目は「これは・何か?」を問わずに済んだ。つまり、ごく自然に「演劇=ドラマ」をみることが出来た。そしてそのドラマは、とてもすぐれたドラマだった。駒場アゴラ劇場で本日が千秋楽、もうネタバレしてもいいだろう。
あ!大阪公演はこれからだった。大阪でご覧になる予定の方、以下は読まない方がいいかも知れません。観劇後にでも、気が向いたら読んでみてください。


大阪のおかん、娘との二人家族。シングルマザーとして遮二無二働いてきたが、東京(本当は千葉)から新しく職場にやって来た木村係長に20年振りの恋心を抱いた矢先、小説家を目指して芸大に入学したばかりの娘ちなつに乳がんが見つかる。母の同僚でちなつが慕うとこちゃん、ちなつが思いを寄せる幼なじみで役者を目指す同じ芸大生こうちゃん、5人の関係が重なったりすれ違ったり、場面と会話と心の動きが丁寧に、大阪弁のテンポで軽快さも笑いも加味しつつ、展開される。
小説の創作課題に託して語られるちなつの過去と内面、母とイイ人ではあるがちょっと鈍い木村係長とのやり取り、年上の美女であるとこちゃんとこうちゃんの恋の駆け引き、思いを寄せるちなつと心ここにあらずのこうちゃんの微妙な空気、とこちゃんとちなつの単純でない親密さ、ふたり暮らしだからこそ腹を割って話せないでいる母とちなつの距離感。
キャラクター設定などはステレオタイプと言えなくもないが、過剰でも不足でもない絶妙な俳優たちの演技と、誠実で実直な演出で、安っぽくならず鼻につくことも無くみることが出来た。
…なーんて評論家みたいなことを言っているが、実際はめったくそ感情移入した、そして泣いた。
実はわたしは乳がん経験者である。幸運にも超早期で見つかり、乳房温存手術と放射線治療も終了し、現在は年に数回の検診で経過観察をしている身だ。さらに、シングルマザーでもあり、なんなら片思いもしている。というわけで、登場人物・エピソード・シーンのほぼすべてと言ってもいいくらい我が身になんらかの形で覚えがあり、ふかーくふかーく、痛く切なく没入してしまったのだった。
作・演出は横山拓也さん。あなたは何者ですか?なんでわたしを知っているのですか?いやそうじゃない、落ち着け。極私的エピソードは誰にでも起こり得るという意味で普遍的でもある。それをこうして作品にできること、それが才能である。

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