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Moon sick Ep.7

「人には引力があるのですよ」
これは天文部の顧問の言葉だ。

「宇宙に行くとよくわかるのですが、例えば、この石を、手から離すと、石はあなたの周りを回り始めるのです。これは、あなたにも引力があるからです」
これは万有引力の話…。

「ただ、この地球上には、重力というものが存在しています。普段、この地球上では、あなたの引力よりも大きな重力の方が働いています」

夜の天体観測に集まった天文部のメンバーは、暗闇の中、空を見上げながら黙って顧問の話を聞いていた。

「ただ、こんな晩……例えばこんな満月の晩は、少しばかり状況が変わります」 
「どういうことですか?」
「引力は月にもあるのです」
これも万有引力…。

国語を担当していた顧問の解説は続く。
「月からの引力が、最も地球に届くのが…こんな満月の晩だと言われています」

静かな暗闇の中、響いてくる声は、普段の授業の時の声とは、どこか異なる声色のように聞こえる。授業中は、あんなに眠りを誘う低い声が、今日は心地いい。たぶん、夜の学校に、みんなで集まっているという非日常的な雰囲気も相まったのか、授業中には見たこともない数の質問が飛び交う。

「それって、なにか影響があるんですか?」
「ありますね」
「例えば?」
「どんな?」
「そうですね…一番わかりやすいのは、満潮引き潮でしょうか?」
「へぇ」
「他にも何かあるんですか?」
「月の引力は、人にも大きな影響を与えていると言われています」
「どんな影響ですか?」
「例えば、どんな影響を与えると思いますか?」
「狼男とか?」
「そうですね、あれは空想の産物ですが、月との関係性をよく表していますね」
「満月には、犯罪とかも満月に多いって聞いたことある」
「そうですね、バイオタイド理論などは、まさにそういうことをうたっていますよね?」
「バイオタイド理論?」
「月が、人間に与える影響について書かれた学説です。それによると影響を最も受けるのが、こんな満月の晩だと言われています」

何故か、ふいに、あの時、顧問が言っていた言葉が、俺の頭に浮かんできていた。
何故いま?そう思った。
それでも、あの時、何か大切なことを聞いたような気がしていた。たぶん、いま必要な何かを…。よく思い出せ。あの顧問は、何と言っていた?

「ただ1つ付け加えるなら、この月の引力は、皆に等しく影響を与える訳ではないということです」
「どういうことですか?」
「強く作用する人と弱く作用する人がいるということです」
「その人たちは何が違うんですか?」
「さあ?私は国語教師なので詳しいことはわかりませんが……」

そこから、顧問は、なぜか俺の方を見て話し始めた。いや、実際は、暗闇だったから、はっきりと目視できた訳じゃない。だが、こちらを見ているような気がした。

「そして、それは人にも言えることです」
人に?どういうことだ?
人にある引力にも差があるということか?それとも、人の引力も、月に影響しているということだろうか?

言い方が、あいまいすぎてよくわからない。だが、そんなことを気に留めるようなやつは他にはいないらしく、それ以上、質問は起こらなかった。

「ご注意ください…」
そして、解説を締めるように、顧問が低く呟いた。なぜかわからないが、最後のこの言葉は、完全に、俺に向けて語りかけていた……ような気がしたのだった。

【御礼】ありがとうございます♥