自分で選んだ道には責任を
4/1から始まった会社員としての新たなステージは、在宅勤務によってさほど大学時代と変わらぬ生活リズムで進んでいる。
最初の1週間こそ対面での研修だったが、2週目から6月まではほとんどオンラインでの研修となりそうだ。出社する際は5:30に起きなければいけないので、7時に起きても余裕があるオンラインは健康的でいいのだが、外に出ないのはなんとも精神衛生的に良くない。
入社した会社から内定を貰ったのは約1年前。
個人的には序盤からダメ元でエントリーしていたので、選考が進むにつれて自分の持っていた可能性や入社後の順風満帆な生活に胸を踊らせていた。
しかしそんな希望は入社して初日に打ち砕かれる。
4年間、小さな大学の中で過ごしてきた私にとってこれまで自分の見てきた世界はあまりにも狭かったと痛感した。
社会課題のひとつも答えられず、グローバル化を推し進める会社にとって不可欠な英語も分からない。
挙句の果てには得意としていたはずのコミュニケーション能力も、ビジネスマナーや仕事として求められるスキルの前ではただ「教養のなさ」を見せつけているようで久々に挫折を味わっている。
こんな時に共に支え合い励まし会えるような存在がいれば毎日リセットされるのだが、あいにく家には母が1人いるのみだ。大学の同級生がSNSに載せる同期との飲み会のシーンは、同期とオフィス以外で関わりのない僕にとってはあまりにも眩しすぎた。
唯一の楽しみと言っていいのはペットの写真を定期的に送ってくれる友人である(待ち受けにしているくらい可愛い)。
しかし、冷静に考えてみると社会人1年目の最初の1週間なんて、長い人生で見たら一瞬である。
思えば4年前の大学入学後も最初の1年は友達と呼べる存在なんて1.2人しかいなかったはずだ。
自分の道は自分で切り拓くしかないと先月誓ったことを、危うく忘れるところだった。
社会人として自分で選んだ道は、自分以外の誰も責任を取ってくれない。進むも戻るも、好かれようと嫌われようと自分でなんとかしなければならない。
そうやって自身を取り巻く環境を受け入れ、努力を積み重ねていくことで人は信頼され評価されるのだろう。途中で挫折したり、失敗することも必ずある。しかしそこから目を背けずに、成功までの肥料として吸収するかは芽でありつぼみである自分に懸かっている。
もしこれを見ている同じく社会人一年目の人がいるならば、どうか現実を受け入れて一から学び直す覚悟を決め、共に未来の担い手として世界に挑戦しよう。
またこの投稿はまだ大学で日々成長を続ける後輩たちも多く見ている。仕事レベルの話では他人事かもしれないが、人間関係においても自分の環境を受け入れること、そして自身の行動に覚悟と責任を持つことは必要だと断言したい。
サークルや授業、課外活動などで共に過ごす時間が増えると、居心地のいい環境に甘えて過ちに気が付かないことが多々ある。気づいた頃には問題はとてつもなく大きいものになっていることもあるかもしれない。
そんなとき、逃げずに一つひとつ受け入れ、次への教訓とできるかが成長の鍵だと思っている。
大学のうちの失敗なんて、社会に出てからする失敗より100倍増しだ。将来のミスを先取りしたくらいの気持ちで、どうか切りかえてまた1歩歩き出して欲しい。社会人1年目も後輩はいつまでも後輩で、何があったも味方でいたい。気の利いた言葉は掛けられないが、飲みに行って奢るくらいなら出来るのでいつでも誘って欲しい(切実)。
後輩から聞いたちょっとした出来事を通じて感じた、社会を生きる難しさについて今回は考えてみました。
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