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『羽あるもの』感想

『羽あるもの』吉田篤弘/平凡社

「その者は、光をまとって書院の隅に立っていた」──。古より伝わる本に記された「羽あるもの」をめぐる奇妙な冒険を、静かな筆致で描き出す。吉田篤弘小説世界の新境地。(出版社である平凡社サイトの紹介文より)

作者は吉田篤弘さん。私の好きなクラフト・エヴィング商會の方です。
なのですが実は吉田篤弘さん名義の本はあまり読んだことがない。なので、せっかく新刊が出たのだからと手に取ってみました。

吉田篤弘さんがあとがきで言われているように、舞台はおそらくはこの国。けれど時代は定かではない。歴史に忠実というわけでもない。おそらくは戦の時代へと移るあたりとのこと。

私はあまり大河を見る方ではなく歴史に詳しいわけでもないですが、時代が、世界が変わりつつあることを世間の人たちもひたひたと感じている時期なのでしょう。

語り手である「わたくし」はかつて夜伽をしていたもの。とはいえ、どうやらいわゆる娼婦や遊女という者とも違うようです。
彼女の話があまりにも面白く、話をするうちに夜が明けていた……というあたりで千夜一夜物語を思い出したのはきっと私だけではないはず。
けれど彼女は、この本の中では物語は語りません。
そんな前身を持つ彼女がいまなお追い求めている「羽のあるもの」、その物語を求めてたどる道筋を、彼女と、彼女のことを知る和尚、そして和尚のもとに現れた野狐を中心に据えて描かれているのです。

とても淡々としていて、読んでいるとまるで目の前に薄く白い靄がかかっているよう。けれどしっかりと質感があるお話。
起承転結があるようでないような、淡々と進む温度の低いこの感じは大好きです。
ジャンルとしては和製ファンタジーになるのかな。「羽あるもの」を求めているのだし、野狐は出て来るし。

神話や民話、お伽話の類が大好きな私にはとても馴染み深く、するりとこのお話の世界に入り込めるのだけれど、わたくしと和尚と野狐の三者の世界にはどうしても入り込めないもどかしさ。

小説の世界には、まるで自分がその中に入って登場人物たちと一緒にどきどきわくわくハラハラするようなものがありますよね。まるで目の前に浮かぶような臨場感のある話。
私達の世界とはずいぶんと様子の違うハイファンタジーの世界のお話にもそういうものはあって、手に汗握って主人公のことを応援して、彼らが喜ぶと嬉しいし、彼らが泣いていると哀しくなる、そんなお話。

けれど『羽あるもの』はそういうとものは少し違う。
わたくしと和尚と野狐に確かに惹きつけられて手を伸ばしたく思うのに、手を伸ばしても決して届かない、私は部外者であるとはっきりとわかってしまうもどかしさ。
彼らが何を想い、何を感じているか、そういったものが感じ取れるのに、目の前の白い靄に隔たれている遠い世界。

私はそんな向こう側の世界に憧れて、向こう側に行きたいと思っているけれど、いつもこちら側に取り残され、だからこそ余計に憧れる。
『羽あるもの』はそんな向こう側の世界の物語なのです。

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