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『黒牢城』感想

『黒牢城』米村穂信/角川書店

米村穂信さんの本を読んでみたい、とはずっと以前から漠然と思っていました。そんな折、Audibleで次の本を探していて見つけたのがこの『黒牢城』。予備知識いっさいなしで読み始めた(聴き始めた)ので時代物でびっくりした。ファンタジーのミステリだとばかり思っていたので。

あらすじは以下のとおり。
「本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の智将・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。」(角川書店のサイトより)

時代物を読むのは久し振り。とはいえ、私が読んだことのある時代物はほとんどが江戸時代のもの。
この時代は読んだことがないし、史実はとびとびにしか知らない。荒木村重に至っては初めて名前を聞くレベル。なのでちゃんと最後までたどり着けるかがまず不安でした。
が、そんなことはまったくの杞憂でした。後で知ったけど『黒牢城』はさまざまな時代物とミステリの賞をとっているほどのお話なのです。

最初に書いたとおり、私は読み始めた当初は単に時代物としか思っていませんでした。しかし時代物だけれど、黒田官兵衛の安楽椅子探偵ものでもあるのです。
けれど、官兵衛は答えをそのままには示しません。主人公の村重に謎かけのような言葉などを告げ、それをもとに村重が自分で答えに辿り着くのです。

村重は武略の人。村重が白と言えば白に、黒と言えば黒となってしまうほど家臣たちから慕われています。ですが村重は、白いものを黒とは言わない。より公正にあろうとする。主君をその座から追い、成り上がったくらいですからまったき善人ではありません。このお話の現在進行形でも信長に反旗を翻しているわけで、当然、信長に付き従っていれば起こるはずのない戦を自ら仕掛けた人でもある。
だがしかし、民を護り、部下にもできる限り公平に、公正にあろうとする村重のあれこれは見ていてとても気持ちいい。
その家臣たちも織田を撃ち破るべしと意気軒高です。

とはいえ、舞台は戦国。本能寺の変の四年前。まだまだ織田の勢いはいや増すばかりという時分で、そこで信長を裏切ったのだから村重たちの運命が過酷なものになるのは目に見えている。
実際、村重の住まう有岡城は少しずつ軋んでいき、その軋みが徐々に村重に迫っていくさまが、まるで徐々に重く垂れこめる空を見ているような気持ちになりました。
少し前までは鮮やかな青空だったのに、少しずつ雲が増え、気づけば陽が陰り黒く重い雲が垂れ込めて、今にも雨が降りだしそうな空を見ているあの感じ。

キャラクターとしては、村重の側室(正妻は既にいないため正室と同じような扱いとなっている)の千代保が好きでした。
村重自身も村重の部下も良いのですが、自分でもなぜそうなったのかはさっぱりわからないけど千代保が好き。
千代保は出番はそう多くはないけれど、とても印象的なキャラクター。村重のごく近くにいるのに少し遠い人という印象でしたが、読み終えたいまあらためて考えてみると、あの感覚は間違ってはいなかったと思います。

このお話、様々な賞を受賞されてるんですね。
・第12回山田風太郎賞
・『このミステリーがすごい! 2022年版』(宝島社)国内編第1位
・週刊文春ミステリーベスト10(週刊文春2021年12月9日号)国内部門第1位
・「ミステリが読みたい! 2022年版」(ハヤカワミステリマガジン2022年1月号)国内篇第1位
・『2022本格ミステリ・ベスト10』(原書房)国内ランキング第1位
・「2021年歴史・時代小説ベスト3」(週刊朝日2022年1月14日号)第1位
・『この時代小説がすごい! 2022年版』(宝島社)単行本第3位
・第166回直木三十五賞
・第22回本格ミステリ大賞小説部門

時代小説とミステリは結構相性が良くて、江戸時代や他の時代を舞台にしたミステリ仕立ての小説はたくさんあるけれど、ミステリの賞と時代小説の賞を両方同時に取ってるのはなかなかないんじゃないかなあ。私が知らないだけかもだけど。

そんなふうに時代小説としても評価されている『黒牢城』ですが、主人公の荒木村重。この当時の毛利の情勢。この当時の明智光秀の行動。
それらは私にはなじみの薄い人や事柄で、特に面白かったです。
そういうあたりについてももっと詳しくなったらもっと楽しく読めたかもしれないと、知識欲も刺激される読書体験でした。

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