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『烏に単は似合わない』感想

『烏に単は似合わない』阿部智里 文藝春秋社

『烏に単は似合わない』阿部智里/文藝春秋社(表紙画像は版元ドットコム様より)

※この八咫烏シリーズはもう最初に出てから10年ほど経っていますし、漫画になったりもしているから読んでいる人も多いと思われるので、ネタバレも織り交ぜつつ書いていきたいと思います。

最初にこの本が出たときに本屋さんで見かけ、なんとなく気になってはいたのですが、ハードカバーだしな……と手に取らずにいたのです。その後も続きが出るたびに気になってはいたのですが、結局手に取らないうちに結構な長さのシリーズになっていました。
ここまで来たら手が出しづらいと思っていましたが、Audibleを始めて最初はどの本にしようかと思っていたところで再びの出会い。
文字は見ずに音だけを聞くので、日本か日本に類似する場所が舞台のものの方がわかりやすいだろうと思って選んだのですが、これが意外とわかりづらい部分もありました。
なにしろ、舞台は平安京を彷彿とさせる時代ファンタジー。たとえば植物の名前、例えば色の名前、たとえば小物、家具、家の造り、そういったいろんなものが馴染みがないんです。
高校までの古文や歴史の授業のおかげでうっすらとわかるものがほとんどとはいえ、決定的ではないものもたくさん。
そういった単語はときおり調べつつ、読み(?)進めていきました。

舞台は山内(やまうち)。山神を信仰する彼らは、峻厳な山の中に都を築き、長である金烏を中心とした世界で暮らしています。
金烏を補佐し政を行うのは、初代金烏の子孫とされる、東家、南家、西家、北家の四つの一族。
東家の あせび は次期の金烏となる若宮の后を目指し桜花宮に登殿します。桜花宮には同じく南家の浜木綿(はまゆう)、西家の真赭の薄(ますほのすすき)、北家の白珠(しらたま)が滞在し、若宮の后の座を競います。
しかしあせびは他の三人と較べると様々な部分が劣っています。もともと登殿するのはあせびではなく姉の双葉だったため、あせびは宮中に関する知識もろくに知らず、また、人里離れた場所で暮らしていたためとても世間知らずだったのです。
けれどあせびは幼い頃、一度だけ見た若宮のことを慕い、なんとか入内しようと頑張るのですが。

というお話なのですが、でもですよ。
あのスタートでこの終わりとか思わないじゃないですか!
そりゃあ人気も出るしシリーズにもなるでしょう。第五章の後半からがなんかもうすごかった。
最近は後宮を舞台にした話をいくつか読んでいたので、第一章を途中まで聞いた時点ではまたこういう手の話を引き当てたのか、と我ながら笑いました。好きなジャンルの話を引く力が強すぎる、と思って。
だがしかし、第五章の途中からなんとなく雲行きが違うことに気づいたのです。これは後宮小説ではなくて、宮中の権力闘争の話なんですね。
まぁ私の好きなのは帝を振り向かせるためにあれこれ、ではなくて、後宮を舞台にしたミステリとか、後宮を舞台にした降りかかってくる火の粉を払うあれこれ(権力闘争含む)とかなのである意味やっぱり好きなジャンルの話を引き当ててはいるのですが。

若宮は実は次男坊。本来は異母兄が次期・金烏となるはずでしたが、次男であり、かつ、側室の子でありながら真の金烏であったがために、兄は退位となり若宮となります。
そのため若宮は皇后に疎まれており、足場がためもしなければならない。
そんななか、四人の姫たちはそれぞれ生家の期待を背負って登殿しています。ここで后に選ばれれば、姫の生家の政治的な発言力も増すからです。
しかし后選びはなかなか順風満帆とは行きません。若宮は姫たちと顔を合わせる機会の季節の宴にもなかなか顔を見せず、その間に姫たちの間には様々な事件が起こります。

語られるのはあせびの視点を基本とし、章ごとに浜木綿、真赭の薄、白珠がクローズアップされます。少しずつ姫君たちの内側にも焦点が当てられていき、最初はいけ好かなく思えた他の姫君たちのこともだんだん好きになっていきます。

第一章・春。あせびはとにかく、若宮を一心に思うのがいじらしい。ただ、世間知らずにもほどがある上にそれをどうにかしようとする姿勢があんまり見えない。天然で世間知らずなのもかわいいですが、もうちょっと主体性がほしいと思いました。

第二章・夏。浜木綿は竹を割ったような性格が好ましい。が、現在の皇后である大紫の御前を輩出している南家出身とは思えない言動が気になります。彼女の性格からすると少し違和感のある行動も。

第三章・秋。真赭の薄は自分の美貌を鼻にかけたところがいやだなぁと思っていましたが、彼女は自分の目でいろいろなものを見て考えて、その内容によっては柔軟に行動も時に思考をも変えていくのは好ましい。

第四章・冬。白珠はあんまり好きになれなかったな。すごく生家の人たちのことを考えているようでいながら、結局考えているのは自分のことに思えて。
だってしかたないじゃない。本来、こんなふうに贅沢はさせてもらえない私みたいなものがこんなふうに大事に育ててもらった。私は北家の期待を一身に背負っている。絶対に入内しなければならないの。私には他の道は選べないんだもの。
そう言って家のことを第一に考えているようで、その実、目の前に示されたいくつかの道を選ばないことで残った道にしか進めなくなるという消極的な選択をする。誰かのため、北家のため、と言いながら結果的に自分のことしか考えていないように見えました。

第五章・再びの春。一周してまたあせびに戻ってきましたが。
あのーなんていうか、途中で薄ら寒くなりましたよね。華やかで少女小説めいた後宮小説かと思っていたのが実は権力闘争もので、しかもサイコホラー。本当に薄ら寒かった。

一番気になったのは、結局、真赭の薄はどうやってあせびの決着をつけたんだろう、ということ。
あせびは壊れているようで、でも自分のやりたいことはちゃっかりきっちりやっておいて、無邪気な物言いをする。
物事の是非や、された側がどんな気持ちになるか、どう思うか、というのはあせびにとっては二の次。あせびが望むこと(=若宮に入内すること)が絶対的な正義であり、それが叶うためには邪魔になるものは取り除かれて当然。可哀相だとは思うけれど、自分の望むとおりにならないのだからしょうがない。本当に可哀相だけれど。
と、無邪気に本当に思ってるのが薄ら寒い。
若宮はあせびのことを、自分の見たいものしか見ない、というように言っていましたが、何をどう説明しても、目の前に突きつけても、自分のいいように解釈する。
あんなん私なら絶対にまとめることなんてできないよ。

黒幕……と言っていいのかどうかはわかりませんが、様々な事柄はあせびが望んだから引き起こされたものなので、あせびが犯人と言っていいんだろうと思う。実際に行動に起こしたり手を下したりしたのは別の人ですが、あせびが望むとおりに進んでいく。

考えてみれば、あせびに対しては小さな違和感はごく最初の方からありました。
もともとは登殿するはずではなかったのですから、宮中や桜花宮における常識に疎かったのはある程度は仕方が無いでしょう。
でも、登殿するまでにも、登殿してからも、それらを叩き込む時間はじゅうぶんにあったはず。なのにあせびはいつまで経っても、登殿してから季節が一周するほど時間が経っても、それでも驚くほどに世間知らずです。
あせびに仕える うこぎ は頼りになる側仕えのはずなのに、あせびにいろいろな物事を教えてはいなかったのでしょうか。
だとしたらそれはなぜなのか。うこぎは一連の出来事をどこまで知っていたのか。
物語が進んでいくなかで、それは第一章からずっと考えていました。

そして東家当主はどこまで知っていたのか。
うこぎのようにずっとそばにいるわけではないけれど、あせびの育て方からしてある程度のことは把握していたとしか思えない。
姫君たちを中心に描いているから描かれていないけれど、女房たちはあせびをどう思っていたのか。
東家から来た女房、宗家から来た女房。彼女たちの視点ではどう見えていたのか。
そんなふうに考え出したらきりが無い。

このお話はいくつかの視点で書かれていますが、このシーンは誰の視点で書かれているか、誰の視点では書かれていないか、を考えて再読すると全然違う新しい話になりそう。

そして序章と終章。
同じ造りになっていますが、物語の最初と最後でこんなに意味が違ってくるなんて、とびっくりしました。終章を読んでから改めて序章を読むと、また違う新しい話が見えてくるんですね。
ただ若宮はもうちょっと女心を学んだ方が良いし、一部の人たちはもうちょっと自分のやりたいこと、思うことを表に出してもいい。
そして途中で、もう浜木綿と真赭の薄の百合で良いじゃん、なんて思ってしまったのは内緒。浜木綿と真赭の薄はまるで正反対で、喧嘩しているみたいにポンポン言い合っているのがとても好みだったんですよね。

と、つらつらと書いてきましたが、このお話で一番びっくりしたのは、実際の主人公は姫君たちではなくて若宮だったことです。
お話の作り方がすごくって、特に第五章では、ちょっと待って!と何度も言ってしまった。

もっと早く読めばよかったなぁ。
でも、最初に見かけたときに読まなかったのは本当に自分が残念だけども、今になって読むことにしたために立て続けにシリーズを読めるというのはとても嬉しいことだと思う。
それに物語には出会う時期というものがあると思うので、今で良かったのかも。
次巻を読むのが楽しみです。

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