【読書感想文】『成瀬は天下を取りに行く』『成瀬は信じた道を行く』
『成瀬は天下を取りに行く』『成瀬は信じた道を行く』 宮島未奈/新潮社
いつからか本屋で平積み展開されていた『成瀬は天下を取りに行く』。
表紙からしてぱっと目を惹くというのもありますが、何よりタイトルが良い。スパンと胸に響く感じ。
それで目に入るたびに気になっていたのですが、気づいたら本屋大賞にノミネートされていました。本屋大賞にノミネートされる本は好きなタイプが多いので、ここでさらに気になってたのですが、結局手を出す暇がないうちにあっという間に本屋大賞を受賞。
そしてあちこちから聞こえてくるこの本は面白いという声声声。
ようやく手に取ったのはそれからしばらく経ってからでしたが、本当に面白かった。
が、最初に思ったのは、思ってたんと違うということ。
最初このタイトルを見たときに思ったのは、仕事の出来る、もしくは責任感の強い女の子がバリバリやっちゃうような、敵や障害になるような人をなぎ倒していくようなそんなお話でした。お仕事もの的な感じですね。
けど違う。全然違う。こういうお話だとは全く想像していなかった。もう設定から何から私の想像の範囲外。
そもそも主人公が中学生なんて思っていなかったし、西武に捧げるってそういうことー???と何から何まで規格外と言ったら良いのかなんと言ったら良いのか。
そしてすごいのが、最初の一ページ目の衝撃が最後まで続いてること。
この本はタイトルにもなっている成瀬あかりを取り巻く連作短編集ですが、語り手は必ずしも成瀬じゃない。彼女のすぐ近くにいる人、ほんの少し袖すり合ったくらいの人と、いろいろな人が語り手になっています。
もちろん、成瀬を好意的に思っている人、成瀬を嫌っている人、成瀬をうさんくさく思っている人、成瀬に憧れている人とさまざま。いろんな人が成瀬を見て、成瀬と一緒に時間を過ごして、成瀬に敵愾心を燃やして、成瀬に救われる。その彼らが語るあれこれでだんだんと成瀬あかりという人物が浮かび上がってくるのです。
成瀬は正直規格外。あの子のことはようわからん、と言われがち。小学生の低学年のころから、もしかしたら幼稚園のころから?しっかりとブレない芯を持っている。周りの子がこんなふうにしてるからなんて理由ではなく、自分がそうしたいからそうする子。
たとえば夏休みの自由研究は、いくつか出た課題の中からひとつ選ぶのではなく、何もかも全部やって提出します。絵も描くし自由研究もするし読書感想文も書くし、そのどれもレベルが高い。
そして成瀬は頭が良い。顔だって良い。こんな子が目立たないわけがない。
そういう子にはありがちですが、成瀬も周囲から浮いています。それも小学生のころから。それでも友達がいないわけじゃない。
その友達が、成瀬のツレ(と言っても良いと思う)の島崎みゆき。成瀬、島崎と呼び合う二人ですが、ずっと一緒にいたわけではありません。成瀬の周囲からの浮きっぷりに、島崎も成瀬とは距離を置いたことがあるのです。でもまた成瀬と一緒に過ごしている。
島崎は成瀬あかり史の大部分を見てきたという自負があり、これからもずっと成瀬を見守るのだと思っています。
この二人はつかず離れずのようでいて、中学生のころは中学生なりに、高校生になってからは高校生なりに、そして大学生になってからは大学生なりに互いのことを見て考えて空回ったりするのがとても好きです。
私にもそれこそ小学校や中学校からずっとつかず離れずの友達がいるけれど、自分のあの頃もこんな感じだったんだろうか、とちょっと甘酸っぱく思い出したりもしました。もちろん彼女たちも私も成瀬みたいな規格外の子ではないけれど。
この本の良いところのひとつは、成瀬と会った人たちの見る成瀬のことだけでなく、彼ら、彼女ら成瀬の周囲の人たちの生活や感情もきちんと描かれていること。
それも、成瀬がいたからこそ、というような描き方ではないのです。
確かに成瀬と出会ったことがファクターにはなっているけれど、それは成瀬を神格化するものではないし、彼、彼女たちが成瀬のシンパになるわけでもない。少なくとも、必ずしもそういうわけではない。
私たちだって新たな出会いがあったら、その人やその行動に影響は受けますよね。それがどんなに些細な影響であったとしても、誰かとすれ違うだけじゃなくて関わったとしたら、全く何も影響を受けないわけじゃない。
それで考え方が変わるとまではいかなくても、出会った誰かの考え方や言動から私自身の考え方や言動にわずかなりとも影響があると思うのです。
成瀬は規格外だからその影響が割と大きいけれど、フィクションでよくあるような規格外の人がまるで神のようにあがめられるのではなく、そういう規格外の人がいるんだな、というくらいの扱いなのがむしろリアル。もしかしたら私が知らないだけで、滋賀県の膳所にはこんな子がいるのかも知れないな、と思っちゃうような感じ。
そんなふうに、この本を読んでいると自分のいる場所と地続きのところに、成瀬がいるような気がするのです。
成瀬シリーズはいま2冊出ているのですが、続きも出るのかな。
続きがあるなら読みたいです。
だけど、続きという今私が読んだところまでのお話の先、つまり結果を読むのも楽しみだけれど、成瀬は、島崎は、他の人たちは将来こんなふうになるんじゃないかな、と想像するのもとても楽しい。
続きのお話も読みたいけど、想像することももっと楽しみたい。
成瀬シリーズを読んでいるうちに、私の頭の中に彼らが息づいているのがとても楽しい。
そんな不思議な読書体験をもたらしてくれる存在です。
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