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1章:はじめに

本書について

 この記事をご覧いただき、ありがとうございます。
 本書「大道芸スタートアップガイド」に目を向けていただいているあなたは、大道芸を始めたいと思っている初心者の方でしょうか。
 それとも、すでに大道芸で生計を立てている熟練者の方でしょうか。
 あるいは、やってみたけど上手くいかないと諦めてしまった方、大道芸ではないけれどエンターテイナーとして仕事をされている方かもしれませんね。

 あなたがそのいずれの方であっても、本書の内容はお役に立てるものであることをお約束します。
 大道芸を始めるために必要なものを知り、その具体的な方法論を知ったあなたは、すぐにでも大道芸を始められるようになります。
 上手くいかなくて諦めていたあなたは、もしかすると、本質がずれていたのかもしれません。観客の心を捕らえる方法がわかれば、今度こそ当初の情熱を実現させることができるでしょう。
 大道芸で生計を立てているあなたは、もしかするともう情報は必要ないと思うかもしれません。しかし、経験者だからこその新しい気付きを得られる内容だと自負しています。
 大道芸以外のエンターテイナーのあなたも、観客を楽しませる心理学や、技術的な考え方などの本質は恐らく同じです。大道芸の応用で、本芸をブラッシュアップすることができるでしょう。

 現状、大道芸を始めたいと思っても、それを学ぶ教材は、あまりありません。
 これだけ情報が氾濫しているネット社会になって、大道芸の動画や写真投稿やつぶやきが増えても、それでもこのような教科書が見られないのは、教科書作成に多大な労力が必要だからでしょう。
 大道芸の経験があり、それで稼ぎを確保したという実績があり、自分の方法論を論理的に説明でき、わかりやすい文章を書くというスキルがあり、それでいて利益の多くない教科書制作という仕事に長い時間を費やすことができる、という条件が整ってはじめて、このようなテキストは作られるからです。

 2020年~2021年、なかなか終わりの見えないコロナ事情に苛まれ、仕事の確保が難しくなったパフォーマーやエンターテイナーも多いことだと思います。
 そういった方々の働き方のひとつとして、路上活動を提案できれば、という思いが、今回のこの教科書を制作するモチベーションにもなっています。
 コロナ禍である今現在は、他のエンターテイメントと同様に大道芸も制限されてしまっていますが、これから先もただただ依頼が来るのを待ち続けるよりは、大道芸も視野に入れて準備をする方が、まだ建設的だと言えると思います。
 投げ銭にしても経験にしても、ゼロと比較するならば遥かに得るものが大きいと言うことができます。
 大道芸ができる、というだけでも一定のリスクヘッジになるのは、今後も同じであることでしょう。

 なお、本書で解説する大道芸とは、ジャグリング、マジック、ダンス、パントマイム、アクロバットなど、能動的に観客を集めて、大きな輪の中でショーを行って投げ銭をいただく、というスタイルのものを取り扱っています。
 スタチュー、ロービングなど、受動的な一部の芸は、方法論を適用しにくいこともありますので、ご了承ください。


作者紹介

 本書は、原作者の藤田安慈氏の言葉を、私廣木涼の文章で説明するという形で構成されています。特に明記しない限りは、主語は藤田氏であるとご理解ください。

 さて、原作者の藤田安慈氏は、元警察官の催眠術師で、こういった芸の道に進むために警察官を退職したという経歴の持ち主です。

 藤田氏は、大学4年間を大道芸と共に過ごし、井の頭公園などで投げ銭を得て芸を磨くという学生時代を送ってきました。当時の得意技は、中学時代から訓練してきたヨーヨーと、19歳のときに東日本大会で優勝したディアボロ。そこにマジックも加え、独自のパフォーマンスを組み立てていきました。
 その後、警察官として就職し、交番勤務と機動隊で7年間を過ごし、29歳でパフォーマーに復帰。東京都の大道芸ライセンスである「ヘブンアーティスト」を、得意のヨーヨーと新しく身に付けた催眠術を融合させた「ヨーヨー催眠」で取得した藤田氏は、専業の大道芸人として活動することになります。
 それから、コンタクトジャグリングやルービックキューブと、さらに演目を増やしていきますが、何よりも集客と、観客を盛り上げるスキルを磨いた結果、収入の確保に繋がるようになりました。警察官だったときよりも、収入は増えたと藤田氏は言います。
 ここ数年は、大道芸よりもテーブルホップという働き方に身を置くようになっていますが、実働6年における大道芸のノウハウを持ち、大道芸を始めるにあたって最も気になる警察官の取り締まり事情に詳しい藤田安慈氏は、この教科書の原作者として最も相応しい人物であることと思われます。

 一方、私廣木涼も、ストリートマジックを起点としてテーブルホップに従事するようになったマジシャンです。

 また、こういったマジシャンやパフォーマーの働き方についてのテキストを書いてもいて、これまでに『ストリートマジックハンドブック』『テーブルホッピング入門』などの制作を手掛けてきました。
 様々な現場での働き方を共有することが、マジシャンやパフォーマーにとって役に立つのではないか、という考えによって、このような教科書の制作を手掛けている次第です。

 このテキストによって、ひとりでも多くの人が、自分の表現ができる場所に足を踏み出せることを、原作者筆者共に願っています。

大道芸の魅力

 このテキストを読んでいるあなたは、言われるまでもなく大道芸に魅力を感じていて、やってみたいと思っている方だと思いますが、まずはなぜ大道芸をするのか、その魅力について説明します。

投げ銭
 金銭的な魅力は大きいものです。
 と言うより、金銭を得ないことには仕事ではありません。
 パフォーマーのスキルに応じた結果にはなりますが、何のしがらみもないところから仕事がスタートできることは、大道芸の大きな魅力となるでしょう。

雇われない働き方
 入社試験もなければ、スタートするための資格も要りません。
 技術が未熟だから仕事ができないこともありません。
 誰に雇われるわけでもない、自由な働き方への魅力も大きなものだと思います。
 自分の責任の中で仕事を繰り返し、技術が身に付けば、もちろん雇われる場所でも仕事ができるようになります。
 すでに雇われて仕事をしているときにでも、新しいことにチャレンジしたり、リスクのある試みをやってみたりするとき、ギャラを貰いながらではやりにくいこともあります。
 そういったことを試すのも、大道芸という場所は最適な場所です。

表現できる場所
 マジシャンはまだマジックバーで働くという手段がありますが、たとえばジャグリングができるようになったとして、それで仕事をするような場所が現状の日本ではほとんどありません。
 そんなジャグラーが、自分の芸を唯一表現できるのが路上という場所、大道芸という仕事です。
 自分が好きなことを表現できるし、その表現をゼロから作ることもできる、そんな魅力も大道芸にはあります。

営業も取れる
 演技を見た観客から、夏祭り、学校行事、結婚式の余興などの依頼が来ることもそれなりにあります。
 そうすると、投げ銭ではなく、ギャラの仕事ができるようになり、より大きな仕事ができるようになります。
 演技を見てからの依頼は決定率も高いです。
 やればやるほど、投げ銭も増えるし営業も取れる、という好循環になりやすいです。

のし上がれる
 たとえば、「ロボットのぞみ」さんは、大道芸でロボットのパントマイムをしていた芸人ですが、その成功でのし上がり、RPGエンターテイメントという株式会社を立ち上げて、今では社長業を営んでいます。
 その他にも「が〜まるちょば」さんや「to R mansion」さんは、東京2020オリンピックの開会式に参加するなど活躍しております。
 大道芸からオリンピックの開会式出演なんて、とても夢のある話です。
 そんな「のし上がり」が今の時代でもできる、というのは大きな魅力になることでしょう。

指導者になる実績
 大道芸で名が売れてくれば、その方法を教えて欲しいと言われることも増えてきます。
 その実績によって、指導者としての仕事をするという将来図も描ける仕事です。

大道芸の強み

自分の実力で勝負できる
 経験もなく、信頼もなくても始められるという利点を持つ反面、路上に出ると舐められることもあります。
 でも、そんな相手も、きちんとした芸を演じれば見直してくれるようになります。
 はじめは低く見られても、それを自分の力で払拭して認められるようになる。
 それが大道芸の強みであり、やりがいです。

はっきりとしたフィードバック
 始めたての頃は、演技も稚拙で、観客を盛り上げることができないこともあるでしょう。
 拍手が起きないこともよくあるし、演技の途中で観客がどんどん帰っていくこともあります。
 しかし、このはっきりとしたフィードバックが、演者が成長するのにとても役に立ちます。
 観客が拍手をするのか帰るのか、目の前でその答えがすぐにわかるので、すぐに改善させることができ、そしてまたすぐにフィードバックをもらうことができます。
 大道芸の場は、演者を成長させるための、とても強い現場であると言えます。

生活の安心
 大道芸の投げ銭だけでやっていくことももちろん可能ですが、働き方のラインナップとして捉えたほうがよいでしょう。
 ラインナップを持つことがリスクヘッジになります。
 クライアントからギャラを貰う仕事だけをしていると、クライアントの状況によって全てがキャンセルになることもあります。
 もちろん次の依頼が来ればよいのですが、もし来なかったとしても、その間を大道芸の活動に充てることができれば、生活の安心に繋がることと思います。
 何のイベントでもないただの路上でも、きちんとした芸を持っていれば、アルバイトをするよりも遥かに良い稼ぎになりますから、何があっても食べていける、というマインドを持てるようになります。

短時間で大きく稼げる
 時給数万円になることもよくありますし、1度のショーで10万円以上を稼ぐような腕のいいパフォーマーもいます。
 稼ぎも良いし、技術も向上するので「アルバイトをするぐらいなら大道芸」と言いたい気持ちです。
 もちろん、簡単に稼ぎを得たり、簡単にそれを継続させたりすることができる甘い世界だと言っているわけではありません。
 最初はアルバイトよりも稼ぎが少ない、ということも当然あることです。
 しかし、将来的に芸事を職業とする心積もりがあれば、投資に対してリターンの大きな大道芸活動をお奨めします。

まず始める 

 今となっては伝統芸能となっている歌舞伎にしても狂言にしても、はじめから演じる舞台があったわけではなかったはずです。
 路上から始めたパフォーマンスが、人気を得て見世物小屋を出せるようになり、そして長い歴史を経て伝統芸能へと昇格したのではないだろうか、と思うのです。
 つまり、どんな芸能も、路上が全ての発信源だと思うわけです。
 だから、大道芸を始めるにあたって、その路上活動を卑下する必要は決してありません。
 自分の踏み出したその第一歩に、ぜひ誇りを持って臨んでほしいと思います。

 大道芸を始めるにあたって、最も重要なことは「まず始める」ということです。
 いくらやり方を勉強しても演技を研究しても、路上に出てみないことにはスタートができません。
 まず始める。
 その決意をした人か、あるいはすでに始めてみた人が、この続きを読んでくれることを願っています。


コロナ禍における大道芸

 本書を作り上げるにあたって、企画から1年弱の年月がかかりました。
 その当初から、すでにコロナ禍ではありましたが、1年後の現在はすでに収束しているであろうという見通しで、本書は作られています。
 ところが現実は、大道芸人にとってそう甘いものではなかったようです。
 僕の知っている芸人仲間でも、コロナ禍でも細々と大道芸で生計を立てている人が少数ながらいましたが、やはり状況は苦しいものであるようでした。

 このコロナ禍の中で、社会のルールがどんどん変わっていっていて、それに合わせて大道芸のルールも当然変わることになります。
 少なくとも、現状は大腕を振って大道芸ができる状況ではありませんし、今後そういう状況が戻って来るかどうかも不確かに思えます。
 本書では「まず始める」ことを強く推奨していますが、それさえも実現が難しい今の世の中を心苦しく思っています。

 この教科書では、大道芸ができるようになるスキルや考え方について解説しますが、しかしそのスキルが身に付くこととコロナ禍が収まることは、全くの別問題です。
 僕がそう思っているわけではありませんが、ここで得たスキルが活かせない世の中になってしまう可能性もないわけではありません。

 そのことを踏まえた上で、それでも大道芸のことを学びたい方のために、本書は2章以降に続いています。
 これから解説する内容は、アフターコロナの大道芸では全く役に立たなくなるような内容ではありません。
 いつ、いかなるときにでも適用可能な内容を紹介しています。
 もしもコロナ禍が過ぎ去った後で、大道芸を取り巻く環境が一変してしまったとしても、本書を読んだことが役立つときがきっと来ることでしょう。
 その時々の社会の事情に合わせながら、本書の内容を適用・応用させて、次世代の大道芸を目指していっていただければと思います。

 あなたの表現したいことが、表現できるような未来を願っています。

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