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行政組織でIT人材を採用し、チームを作る方法

経済産業省では行政サービスのデジタル化を進めるために2018年から民間企業で活躍してきたIT人材を採用してきた。

現状では行政機関でIT人材を採用するには様々なハードルがあり、多くの組織がなかなか上手くいっていないのではないかと考える。そして民間のIT人材を採用したとしてもその人たちが活躍できる場を作れるかが、本当にその人材が入ることによってデジタル化を加速できるかのポイントとなる。つまり採用から組織内でのチームづくりまでをトータルでできないと意味がない。今後の行政デジタル化の加速においても民間出身のIT人材の登用が更に重要になると考えることから、今回は経産省の取組から得られた学びを共有したい。

なぜ行政組織における民間IT人材の採用が重要なのか

 まず前提としてこの点について簡単に話しておきたい。一番大きい理由は、行政機関の中にITスキルを持っている人がいないが故に、多くの行政デジタルサービスの開発が上手くいっていないという事実だ。
 行政側にITの知識を持つ人材がいないためにITベンダーに対して、どのようなサービスを開発したいのか正確に伝えられず、意図したものと違うものができてしまうということが起きている。またITベンダーに委託するのは非常にコミュニケーションコストが高い。なぜならベンダーは1から行政事務の内容を理解せねばならず、その学習に時間がかかるだけでなく、それをどのようにITサービスの機能として落とし込まなければいけないかをITリテラシーのない行政職員とのコミュニケーションの中で理解しなければいけない。このコミュニケーションギャップを解消するには行政の業務を理解してITベンダーと会話できるトランスレーターが必要なのだ。
 このようなトランスレーターが内部にいれば、サービス開発のナレッジは行政組織内に蓄積され、再現性も高まる。ITベンダーではなく、行政組織内部にITサービス開発の能力を育てていくことが非常に重要なのだ。その際に①行政職員のITリテラシーを高めるか②外部のIT人材を採用してその人に行政実務を学んでもらうのかの2つの選択肢がある場合、②の方が時間的な即効性が高いからIT人材を採用するのだ。また、実はそのようなIT人材と一緒に仕事を進めることで行政職員のITリテラシーの高まりも期待でき、①も副次的に実現できる。
 そしてこれをさらにもう一歩進める場合には、ITベンダーとのコミュニケーションが必要ない状況を作り出す、つまり行政組織内部で企画から開発・運用までできるようにしてしまうことだ。内製化できれば、中のIT人材が行政デジタルサービスの開発ナレッジを蓄積し、行政職員とのコミュニケーションコストを最小化していくことが可能になる。ただ、この段階に進むためには人的投資や組織化するためのリソースも大きくなり、内製化のために時間がかかるといったことにもなりかねない。
 海外で行政デジタル化を進める行政組織である英国のGDS、米国のUSDSや18F、シンガポールのGovTechなどはいずれも既に内製化のフェーズまで進めている。

民間IT人材採用方法

・プロのリクルーティングサービスを利用
 まず良い人材が欲しいのであれば、欲しい人材が登録するようなサービスを利用しなければリーチできない。よく自分の行政機関のホームページで人材募集をしているケースがあるが、それをI引く手数あまたのIT人材が見る確率はどれだけあるだろうか。きちんと採用したい人材プールがあるところに採用情報を出さなければ届かない。
 民間のリクルーティングサービスの多くは採用者の給与の●割を成功報酬としているケースが多いが、このようなサービスだと行政の場合、予算が大きくなりすぎる。このため、採用プラットフォーム利用料が定額のサービスを利用した方がいい。海外ではLinkedinが使われるケースが多い。経済産業省ではビズリーチを活用した。

・ジョブディスクリプションの明確化
 
IT人材といってもスキルは様々である。エンジニアにきて欲しいのか、プロジェクトマネージャーに来てもらいたいのか、データサイエンティストに来て欲しいのか、スキルによって様々な人材がいる。どんな職種があるのか知りたければ、IT企業のリクルーティングサイトを見てみれば良いだろう。その際にその職種の人に組織の中でどういった役割を期待しているのかまで明確に書いてあるはずだ。例えばグーグルのエジニアリング・テクノロジーの採用サイトを見てみて欲しい。

 ここに書いたるだけでも20の職種がある。そしてそれぞれの求人にはどんなスキルが求められているのか、どんな業務が期待されているのかが文書化されている。業務をきちんと定義しなければそれに合ったは採用できない。
 経済産業省の場合は①サービス開発を内製化するチームを立ち上げるほどリソースがない、②早く様々なプロジェクトを立ち上げたい、③行政職員と開発ベンダーのコミュニケーションギャップを埋めたいといった状況から、「行政職員のニーズを聴きながら、システムの要件を落とし、委託先のベンダーの開発をコントロールし、運用フェーズまで見るプロダクトマネージャー」を「デジタル化推進マネージャー」という形で募集した。
 ジョブディスクリプションの作成に当たっては必ず元民間のIT人材として活躍していた人をメンバーに入れることが重要である。特にスキル面でどのような資格や経験が求められるのかはある程度シニアで複数のプロジェクトを回した人材の知見が必要となる。経済産業省の場合はCIO補佐官と呼ばれるシニアポジションの人材が募集のスキル設定に携わっている。

勤務条件

・給与水準
 
デジタルトランスフォーメーションが叫ばれている中で民間企業でもIT人材は取り合いの状況になっている。実力のあるプロダクトマネージャーであれば、年収1000万円超えは当たり前である。通常の公務員の採用年収をベースに募集しても絶対に良い人は捕まらない。
 経済産業省では専門職非常勤とすることにより、週5で働いた場合に年収800万円ー1000万円となる形で設定している。これでもまだ業界の水準に比べると低いのだが、我々の掲げる行政のデジタル化というミッションへの共感、新しいフィールドへのチャレンジなどへの関心から応募していただいている。
 我々としては、国のプロダクトを開発したことでその人のトラックレコードに残り、次の職場での採用の評価として報われる形にしていきたいと考えている。「経産省のデジタル化推進マネージャーをやったなら、実力はあるね。」となり、採用時のプラスになることが目標だ。

・勤務形態・働き方
 経済産業省の場合は基本週5での採用を目標としているが、場合によっては週2-3でもOKとしている。実力がある人であれば週2−3であっても入ってもらいたいのでその機会を損失したくないからだ。
 非常勤であるため、年度毎の契約更新になるが、基本は3−5年の勤務としている。これは5年以上採用する場合、常勤職員として公務員の給与体系に合わせなければいけなくなってしまうからというのが1つの理由だ。もう1つの理由は、プロジェクト単位で成果を意識しながら働いてもらうためだ。IT人材の場合、プロジェクト単位で転職を繰り返すことも多いため、このような働き方は理解が得られやすい。
 職場環境はコロナ下でもあり、当然リモートワークが基本となっている。デスクもフリーアドレスだ。ITツールについても様々活用しており、IT人材の人が働きやすい環境をなるべく取り入れるようにしているが、これは後ほど述べたい。

採用プロセス

・書類選考
 
応募があった人材の履歴書をまずはチェックするが、その際に重要なのはこれも行政職員だけではなく、IT人材の職員にも一緒に見てもらうことだ。ITスキルの評価は行政職員では難しいため、行政職員、IT人材双方の視点から人材を評価していくことが重要となる。特にチェックすべきは自分たちが頼もうとしているプロジェクトに似たようなプロジェクトをこれまでに経験しているか、それに必要なスキルを持っているか、どの程度の規模のチームで働いてきたのか、などだ。なるべくこれらの条件がジョブディスクリプションに近い人材を採用することが重要である。基本情報プロジェクト室のメンバー皆が履歴書を見て、評価し、複数の職員から面接に進めるべきという判断があった職員には次の面接のオファーを送る。

・面接
 
面接は経産省の場合、3回の面接を行っている。まず1回目はどちらかといえばカジュアルな形でデジタル化推進マネージャー2名と応募者1名で面談してもらう。その中で経産省側のカルチャーや期待されている内容を知ってもらうとともに、これまでの経験などについて語ってもらい、お互いの理解を深める形である。ここで相手がズレを感じるようであれば、採用後も一緒に働いていくことが難しいからだ。
 2次面接ではCIO補佐官がもう少し応募者のスキル面を掘り下げるとともに、責任を持ってプロジェクトを回せるかといった視点から面談する。実際に働く際にスキルが伴っているかをこれまで様々な人材と働いてきた補佐官の視点からチェックしてもらう。
 3次面接は室長が面談する。採用責任者として、再度我々のチームが目指しているビジョンやミッションを語るとともに採用条件を示し、一緒に働いていけるかの意思確認を行っていく。応募者のこの仕事に対するモチベーションなどを再度確認するとともに、他のIT企業からもオファーが来ている応募者もいるので、経産省で提供できる機会やメリットを売り込む場として位置付けている。
 重要なのは面接は採用側と応募者の「対話の場」であるということだ。応募者だけではなく、採用側である行政側もその人のキャリアにとってこの職場で働くことがプラスになるのか判断できる情報をきちんと提供していくというところだ。この姿勢がないと、入った後に「こんなはずではなかった」となり、お互いにとって不幸な結果となる。対話を通じてギャップを埋めていくのが面接である。

採用後のチームづくり

・カルチャーづくり
 まず原則として行政人材とIT人材は対等でフラットな関係を構築することが重要だ。行政職員は行政事務については知見があるかもしれないが、ITの知識はない。一方で新しく入ったIT人材はITの専門スキルは持っているが、行政事務については知識がない。お互いの専門性を尊重し、ともに協力しながら良いサービスを作っていこうというカルチャーがなければIT人材のスキルが発揮されない。
 また、新しいことにチャレンジすることを許容し、経験から学んでいくカルチャーが重要である。これまでの行政の前例主義を超えたところにより効率的かつ、ユーザーのニーズにあったサービスはある。なるべくIT人材の人がアイディアが実現できるように行政職員も組織内ルールを変えることに協力する姿勢が求められる。加えて完璧なサービスはなく、常に改善していくべきものだという認識も共有しなければいけない。行政の無謬主義や完璧主義を廃し、サービスを開発していく中でより良くしていくという姿勢が必要となる。
 そもそもIT部門やIT企業で働いていた場合、現在の行政組織のカルチャーは非常にギャップが大きい。IT人材の心理的安全性を確保する上でも上記のようなカルチャーを育てていくことが非常に重要だ。

・組織づくり
 
経済産業省の場合は情報プロジェクト室でデジタル化推進マネージャーを一括して採用し、プロジェクトを抱える各部局に派遣する形を取っている。これは採用を一括して行うことで採用ナレッジを蓄積し、良い人材を確実に取れるようにするためだけでなく、デジタル化推進マネージャー間の繋がりを生み出し、サービス開発における学習を共有できるようにするためだ。
 行政組織のシステム開発で特有な問題にぶち当たった時に毎回1から自分で解決策を考えるのは大変だ。その際に違うプロジェクトを担当していたとしても似た問題に対して既に対応した経験があるマネージャーに聞くことができれば、問題解決のスピードは早まる。
 また、開発しているプロダクトの中には全てのプロジェクトで共通に利用するようなサービスもあるため、その場合はマネージャー間が有機的に繋がっており、情報を共有できる形が欠かせない。こういった組織体制を通じて、情報プロジェクト室を中心としたITガバナンスを強化するとともに、サービス開発におけるスタンダードを築いていくことができる。

・環境づくり
 
業務においては物理的な場所に制約を受けないようになるべくITツールを活用するようにしている。例えばSlackでその日の体調、業務内容、業務の終了時間などを共有するほか、気になったITに関するニュースなどを共有したりしている。加えてTorelloというサービスで各プロジェクトの進捗状況をみんなが確認できるようにするほか、週1で全員でミーティングを行い、懸念事項や今後の進め方の方針を共有する。ITベンダーとのやりとりについても基本はBacklogというサービスでコミュニケーションする形を取り、メールでのやり取りで重要な確認が落ちてしまうようなことがない形を取っている。
 情報プロジェクト室ではGovtech Conferenceというイベントを独自で開催するだけでなく、Code for Japan Summitなどの外部のシビックテックのコミュニティイベントにも参加している。これは我々の取組のPRの意味だけでなく、デジタル化マネージャーも含めたチームビルディングの役割も果たしている。今年はコロナ禍でできなかったが、昨年の夏は合宿も行った。これは情報プロジェクト室がこれからどこを目指していくのか、新しくメンバーとなった職員にも共有するとともに、お互いの人物像を理解するために行った。こうした形でオンライン・オフラインの両方で自分がチームに所属していることを実感でき、自分は一人ではないという環境を生み出すことが重要だ。

最後に

行政組織のIT人材採用でありがちなのは、IT人材にこれはあなたの仕事だからと全て任せてしまって、行政職員は何も助けの手を差し伸べないといったことだ。これだと内部にIT人材を抱えたとしてもベンダーに丸投げしているのと構造が全く変わらない。チームとして働くということはそれぞれの役割を尊重しながら、同じ目標に向かって協力しながら走っていくということだ。現在情報プロジェクト室で行動規範として掲げているのは以下の5つだ。

1.セルフスターターであること(自立的に判断して行動する)
2.フラットな立場で議論し、関係者を巻き込むこと
3.情報をシェアし、助けあうこと
4.失敗を恐れずチャレンジすること
5.ワクワクする仕事をすること

こうしたカルチャーを行政職員も持たなければいけない。つまりIT人材を行政組織のルールにフィットさせるのではなく、彼らが働きやすいように行政職員も変わらなければいけないということだ。それを理解した上で民間のIT人材を採用しなければ結局はお互いにとって不幸なことになるだろう。


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