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オープンソースとしての行政デジタルIDフレームワーク(India StackとMOSIP)

6/26にインドのiSpritと経産省,IPA,Jetro共催で日印の第3国向けのデジタルIDプラットフォーム展開に関するセミナーが行われた。このセミナーでは実際にインドのIDを含む行政インフラIndia Stackを構築したiSpritのコアメンバーも参加しており、詳細な構造を学ぶことができる良い機会だった。現在インドはこのIDアーキテクチャーをオープンソース化してMOSIPと名付け、海外展開を進めようとしている。今回はIndia Stackの詳細を振り返るとともに今後デジタルID基盤の展開がどんな世界につながる可能性を秘めているか論じてみたい。

India Stack(インディアスタック)とは

India StackはインドにおけるデジタルID基盤の総称である。これは3つのレイヤーに分かれており、①個人をデジタル上で特定するIDレイヤー、②電子的な決済手段を提供するペイメントレイヤー、③自己のデータ管理を可能にするデータレイヤーの3つに分けられる。
①はデジタルID、e-KYC、電子署名を、②は共通決済インターフェース、決済データ交換基盤、IDをベースとした決済サービスを、③は自己データへのアクセス管理機能、データ保存、銀行口座データの統合管理機能などを司る。

インドのID普及割合は銀行口座保有者の割合と正の相関になっており、口座を保有できることが1つのID普及のドライバーになったと考えられる。2008年時点では人口の4%程度しかIDを持っていなかったのが2018年には10億人以上がIDを保有するようになった。

①銀行口座を持つことにより給付などが受けられるようになり、②取引を繰り返すことでデータが蓄積され、③データを活用することで信用が形成され、さらにユーザーが増えるといったポジティブサイクルが生じているとされている。

共通決済基盤(UPI)の提供によりモバイルペイメントが急速に普及し、現在では4割がUPIベースで行われるようになった。Google Pay, WhatsApp Pay, PaytmなどのモバイルサービスはUPIのSDKをベースに提供されている。

UPI経由の取引が一気に拡大しているのが下記のグラフからも明らかとなっている。

企業がユーザーデータから利益を得ていることが問題なのではなく、ユーザーが自分のデータから利益を得られないことが問題であるとしている。このため、銀行口座とデジタルIDの紐付けや、データ接続を個人に管理できる環境を提供することで、ユーザーが自分のデータを適切に活かして企業からメリットを得やすくしている。

上記のようなデジタルインフラストラクチャーが整備されたことにより、国民への直接給付や健康保険、教育、融資の提供、税制の見直しなどが実現した。今回のコロナ下でも個人向け給付が手続から2時間で提供できたと語られていた。

MOSIPとは

MOSIPとはIndia Stackのコアテクノロジーを海外展開するためにオープンソース化したプラットフォームである。このオープンソースを活用することで他国においても素早くデジタルIDインフラを整備し、その上に様々な行政サービスを構築可能にすることを目的としており、非営利の取組となっている。日本は他国の導入先開拓とMOSIPを利用したシステム構築の面で日本企業の協力を行うべくインド政府と連携していく予定であり、今回のセミナーも参画を検討する企業向けに行われた。

特に途上国などでスクラッチでデジタルIDシステムを構築するケースを念頭にその課題解決のソリューションとなることを目指している。

デジタルIDシステムを構築する際に課題となるのは、①ベンダーロックインによる技術制約、②プライバシーの確保、③行政間の相互運用性、④他国が積み上げてきた知恵へのアクセス、⑤国際的に共通するIDへのニーズなどがある。MOSIPはIDシステムをデジタルサービスの基礎となるビルディングブロックとして提供する。

特にIndia StackのIDレイヤーの技術を海外向けに標準化し、スケーラビリティ、セキュリティ、確実性、拡張性などを確保している。

以下の通りID登録のプロセスも確立されており、導入オペレーションも整理されている。ID登録に必要な各機能がモジュール化されている。

これらを支える技術スタックとしても国際的にオープンな基準に則ったものになっており、ベンダーロックを避け、データのやりとりやシステムの統合がしやすくなっている。

アフリカ各国を中心にアジア、南アメリカからも問い合わせがきており、拡大の可能性がある。

年末に向けてフルバージョンのMOSIPが開発されていくスケジュールとなっている。

さらに2.0では相互運用性やタブレット向けのアプリなど周辺の技術拡張が検討されている。

オープンソースのIDシステムがもたらす未来とは

例えばMOSIPをデジタルIDシステムに導入する国が増えれば技術的な基盤が共通化するため、相互運用性が確保され、クロスボーダーでの国家間の居住移転手続や行政サービスへのアクセスがしやすくなる可能性がある。実際にエストニアはIDシステムを含むX-roadを中心とする行政のデジタル基盤をフィンランドと相互運用可能にしたことによってエストニア人がフィンランドの医療サービスにアクセスしやすくなったという。このようにデジタルIDシステムの相互運用性が拡大すればグローバルなモビリティのハードルをさらに下げることにつながる。セミナーでは、MOSIPはeIDASというヨーロッパのIDサービスの標準とも相互運用性を確保するため、今後アダプターなども開発していくというコメントがあった。このような取組が進めば将来的には世界中のデジタルID体系が相互運用可能になり、よりモビリティが高まり、市民が行政サービスで国を選ぶことがより容易になる時代になっていくかもしれない。
MOSIP自体がオープンソースであるからこそ各国がそれを元に自国にローカライズもできるが、基本構造が共通化していることで相互運用性のメリットも得られる。一方で担当者が述べていたのはセキュリティなどを担保するためには開発者のレベルが重要だということだ。MOSIPはあくまでオープンにソースコードを提供するだけであり、実装は行わない。このため、パートナーとなる希望する国への開発・運用事業者が必要なのだ。ぜひ日本の企業でも関心のある人はまずはGithubにアクセスしてみて欲しい。


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