連載小説 もりぐち人生劇場 高校編 第29話『クソガキの夏休み』
「本間に優勝したいんやな?」
外から聞こえてくる蝉の鳴き声に混じりながら、ヨシユキさんの声が響く。
僕たちはそれぞれ「はい」と声に出して、自分の気持ちを再確認した。
そう、決めたんだ。絶対に大会で優勝するって。
だから僕たちは今ここにいる。だから僕たちはエンジニアであるヨシユキさんから音楽を教わる。
いつもの音楽スタジオ。時刻は朝の10時。
客席にはクソガキ4人とヨシユキさんしかいない。というのもまだ店がオープンしたばかりで全く予約も入っていなかったからだ。
これはゆっくりヨシユキさんに教えて貰える絶好のチャンスと言えるだろう。
「分かった。じゃあやっていこう」
「お願いします」
「本番で演奏する曲は?」
「レコーディングした時の二曲です」
「まぁ、そうなるよな。アップテンポとバラードか…MD持ってきた?」
「はい」
「うん、じゃあまずは自分達で聞こ」
ダイスケがヨシユキさんの隣でコミュニケーションを取り話を進めていった。自分がリーダーだからという事もあるからだろう。このバンドを引っ張っていくといった強い責任と意志を感じた。
ちなみに僕を含め残り三人のメンバーも気合いが入っている。
僕とタツタはいい感じの茶髪。そしてマツイは金髪。
三人とも太陽の光が当たるともう何かやばい。夏休みという期間は高校生を謎に覚醒させる。結果、クソガキはオタクキャラ1名、ヤンキーキャラ3名という実にヘンテコなメンバーで構成されていた。
何かダイスケごめん。
僕が心の中で謝罪をしているとダイスケは、前回のスタジオ練習MDをテーブルに置いてあるデッキに入れ再生した。
……話し声が聞こえ、軽く打ち合わせをした後に「片想い」の演奏が始まった。
………
……
…
「……自分達で何が良くないか分かる?」
曲が終わり、僕たちがしばらく押し黙っていると早速ヨシユキさんから質問される。
そう言われ、僕たちはお互いの顔を見合わせ「うーん」と頭を悩ませる。
「いや、よく分かんないっすね」
タツタは首を傾げながら。
「うーん、良くはないっすよね」
僕は眉をひそめながら。
「何でしょう……違和感はあるんですけど」
ダイスケは最近更に大きくなり始めたお腹をさすりながら。
「…………揃ってない」
マツイは殺し屋のような目を細めながら答えた。うん、その表情はやめとけ。
「「「え?」」」
僕たち三人は同時に反応する。
「そう、揃ってないねん」
「揃う?」
ヨシユキさんの言葉の後に、僕たちは首をかしげた。
「つまり音がバラバラになってるんよ。例えばサビの一音目があったとすると、ギターとベースのピッキング、ドラムのバスドラム、ハイハット。これらの音を同じタイミングで合わせる。今はそれが揃ってないから、音圧も出てないしサビにインパクトがないねん」
サビにインパクトがない。それは分かる気がするな。
「ずっと違和感があったのってそういう事やったんですね」
僕は納得した。
「前も言ったと思うけど、クソガキはパフォーマンスが派手やからある程度演奏が雑でも誤魔化せれたんよ。けど次はライブハウスじゃなくて大会やろ?演奏力もちゃんと審査されるで」
「あーそういう事なんですね」
タツタも理解できたようだ。
「それってどうやったら、揃うようになるんですか?」
ダイスケが素朴な疑問を投げかける。
「……クリックやな」
「クリック?」
ヨシユキさんは小さなクリック(メトロノーム)をテーブルの上に置いて、ボタンを押す。
ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ
電子音が鳴り始めた。
「このクリックの音の隙間に手拍子を入れるねん。見ときや」
ヨシユキさんは手拍子を始めた。
ピッ パンッ ピッ パンッ ピッ パンッ ピッ パンッ
ヨシユキさんの手拍子が、全て心地の良いタイミングで鳴り響く。
「まぁ、こんな感じや。みんなもやってみ」
そして、僕たちも挑戦する。
………
……
…
え、何これ? ムズすぎるねんけど。
全員撃沈。
「みんなバラバラやな。つまり、実際に演奏してもこうなるって事やねん。四人のリズムの取り方が違うから、楽器を使って演奏してもタイミングが合わへん。やから、まずは楽器を持たんくていいからこの手拍子のタイミングを四人で合わせよう。……はい、じゃあ以上」
そう言って、ヨシユキさんは椅子から立ち上がる。
「え? 以上ってヨシユキさん、他にやる事は?」
「ないよ」
「え?」
僕は衝撃の返答に目を丸くする。
「今日から三日間はこの手拍子を練習するんや」
「三日……」
マツイがすごーく嫌そうな声を出してる。ダイスケも流石に慌てながら言った。
「ちょっと待ってください。大会までもう時間ないんですよ!」
「せやな」
「せやなって…」
「優勝したいんやろ?それとも面白くない単調な練習やったら出来ひんのか?」
しばらく沈黙が流れる。何だか僕はそのヨシユキさんの言葉に火がつき気がつけば、
「……やります」
と言っていた。
「じゃあ、三日後にもう一回聞かせて。それまで俺は何も言わんから。あ、客席はお客さんいてなかったら自由に手拍子やっていいからな」
ヨシユキさんはそう言い残して、レコーディングブースへと入って行った。
客席に取り残されるメガネ1名、茶髪2名、金髪1名。
「……」
「……」
「……」
「……」
お互いに目を合わせ苦笑いを浮かべる。
「三日間ずっと手拍子?」
「マジで?」
「意味あんのかな?」
「……もう帰りたい」
それぞれに疑問を抱きながらもクリックの音は淡々と鳴り続ける。
クソガキ、練習漬けの夏休み。
それは決して派手でも優雅でもなく、何とも地味な事からスタートしたのだった。
つづく
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