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連載小説 もりぐち人生劇場 高校編 第28話『再出発』

世界は全力で夏だった。

ギラギラと太陽が降り注ぎ、蝉の鳴き声が毎年恒例のBGMのように流れ、入道雲はどこまでも誇らしげに浮かんでいた。

8月7日。
夏休み真っ只中。

高校生は日々の学校から解放され、好きなことを思う存分に楽しむ期間。ツレと遊んだり、恋人と楽しんだり、青春を謳歌する。

そんな中、僕たちクソガキはというと。

——音楽スタジオにいた。

もうほぼ毎日いるかもしれない。と言うのも、今はそんな余裕のある状況じゃなかったからだ。ティーンズ奈良県大会までもう三週間を切っている。

その中でクオリの脱退。そして新メンバーマツイの加入。

あまりにもバンドとしては慌ただしい。僕たちは何とかこの変化を受け入れ、自分たちが今できる事に集中した。

そして、スタジオの客席。

僕、ダイスケ、タツタ、マツイ。

今まで一緒だったクオリの姿はそこにはない。ここからはこの四人で活動する日々が始まるのだ。

まず新ドラマーマツイが加入して僕たちがやった事。それは、ドラムアレンジの引き継ぎだった。

つまり、ずっとクオリが叩いていたドラムの流れを全てマツイに覚えてもらう。これはなかなか大変な作業だ。

客席ではダイスケとタツタがそれぞれギターとベースを持ち、アンプを通さずに音を鳴らす。

僕も軽くメロディを口ずさみ、マツイはそれらを聴きながら、椅子に置いた雑誌をスティックで叩きながら曲を確認していく。

実際に部屋に入らなくても、こうすれば最低限の練習は出来る。お金のない高校生の僕たちにとっては有難い環境だった。

そして、曲が一通り終了する。

「ふぅ…」

マツイが一息付く。

黒のタンクトップを着ていて、まぁまぁ体格もいい。ボクシングもやっていたとかでなかなかの武闘派だ。ダイスケが気を遣ってマツイに一言。

「悪いなー覚えること多くて」

「おぅ、いいよ。クソガキの曲楽しいし」

と言った感じで、マツイはかなりクソガキの事を気に入っていた。
てか自分のバンドを辞めてこっちに来るぐらいだし。その思い切った行動力も凄い。

大会で演奏出来るのは二曲。この二曲に僕たちは「片想い」と「僕のすべて」を選んだ。ここからどれだけこの二曲のクオリティを上げられるかによって勝敗が決まる。

さぁ、練習を——

「あぁー女の子と遊びてぇー!」

うん。自分の願望に正直な男がここに一名。

タツタだ。

ちなみにタツタは割とモテる。けど、この時はたまたま彼女がいなかった。

「タッちゃん、ここは我慢や」

「もりちゃんは彼女いるからいいやん」

「俺も大会終わるまで会わんから」

ちなみに僕は「片想い」と言う曲を作っておきながら、ちゃっかり彼女を作っていた。ネバランのライブ後に、他校の女子が連絡先を渡してくれた。そこから会うようになって「じゃあ付き合おうっか」って感じ。

「片想い」のモデルのユイちゃん、すみません。

「もりちゃんあかんで!!しっかり練習しやんと!!」

「……あ、はい」

そしてダイスケは「僕のすべて」のモデルになっていたみっちゃんに告白したのだが、粉々に玉砕したという。結果、今は練習の鬼と化していた。

「マツイは彼女いてないんやろ?」

「おるで」

「ガーン…」

ダイスケの口から効果音が流れる。ガーンって。

そんなこんなで野郎四人には彼女がいたりいなかったり。
ただ今の僕たちには共通の目的がある。

——ティーンズ奈良県大会で優勝する事。

今は全力でそこに向かって走るしかない。
その瞬間、入り口の扉が開く。

「おはよー」

エンジニアのヨシユキさんが長い髪を掻き上げながら登場する。茶髪が窓からの光に照らされてより一層輝く。この人も大人の雰囲気があって普通にイケメンだな。

「「「おはようございます!」」」

僕たちはすぐさま挨拶をする。
マツイだけが「誰この人?」って感じの表情を浮かべながら、

「……おはようございます」

とぼそっと言った。

「この前は色々と相談に乗って頂いてありがとうございました!」

「ええよ。けど悪いな。ドラム紹介出来んくて」

ダイスケの言葉にヨシユキさんはどこか申し訳なさそうに言った。

「いえいえ。実は……こいつ新ドラムです」

僕はマツイの肩をポンと叩き、挨拶を促す。

「……マツイです」

「おぉーそうなんや。良かったやん!」

ヨシユキさんは安心したような表情を見せる。ホントいい人だよな。

「で、CDどうやったん?」

「実は結構売れてるんですよーホームページからも注文があって」

今度はタツタが嬉しそうに報告する。

「そうかーレコーディングして良かったな。なかなか順調やん」

そう言ってヨシユキさんは僕たちの隣の席に座る。

当時はクソガキのホームページがあった。

色々なコメントが書かれたり、CDの注文があったりと、自分達でもそれなりに注目されている事が分かった。だからこそ、ここからの新体制でどう立て直していくかが重要になってくる。

「ヨシユキさん、僕らティーンズに出場します!」

僕は真っ直ぐにヨシユキさんを見てそう言った。

「そうか」

すると、ヨシユキさんは客席にある雑誌の中から、一冊だけ取り出しテーブルに置く。そしてページをパラパラと捲りながら「あぁーこれやな」と何かを懐かしむような声で言った。

「これが去年のティーンズ」

「「「「おぉー!!!!」」」」

それを見て僕たちは、少年のように目を輝かせ思わず声を上げた。
そこにはみんなの憧れ、スタオベが載っていたからだ。

カネムラさん、ユウさん、サダオさん、ヨウイチさん。

一年前に優勝した時の勇姿が確かにそこに残されていた。
胸の奥で熱い気持ちが湧き上がってくる。

「僕らも優勝目指してるんです!」

ダイスケがそのままのテンションでヨシユキさんに宣言した。
ヨシユキさんは「ふぅ」と息を吐き、話始める。

「じゃあ、ちゃんと言うで……」

「はい」

「今のままやったらクソガキは優勝出来へん」

「え?」

それは予想外の言葉だった。

「クソガキは感情で訴えるような魅せ方は上手い。けど、肝心の演奏力は今のままやとサニーボーイやスリーマインドに負けてるわ」

「マジっすか……」

タツタが少し残念そうな表情で言った。

ていうか、みんな同じ気持ちだった。どこかで自分達はかなり出来ている方だと思っていたから。今の現在地をちゃんと知らされ、思わず勢いを削がれてしまう。

けど……このままでいいわけがない。

「……どうやったら僕ら勝てますか?」

僕は単刀直入に質問した。

「本間に優勝したいんか?」

「はい」

「じゃあ答えは簡単や」

「簡単? 何すればいいんですか?」

「真面目に練習しよう」

ヨシユキさんは微笑む。

「え、そんな事でいいんですか?」

「舐めたらあかんよ。そんな『真面目に練習する』って事が出来ないバンドマンがほとんどやで」

「そうなんですね」

そして、ヨシユキさんはゆっくりと立ち上がる。

「……毎日、スタオジオおいで。練習見てあげるから」

僕たちは一瞬言葉を失いながらも、その期待に応えように大声で。

「「「「はい!!!!」」」」

と言った。

僕たちの返事を聞いて、ヨシユキさんはそのままレコーディングブースへと入って行った。

その後ろ姿がとても頼もしく見えた。

現役のエンジニアに練習を見てもらえる。
こんなチャンスは滅多にない事だ。

そして、僕たちはお互いに目を合わせ覚悟を決める。

「絶対に優勝する!」

そんな熱い思いを胸に、クソガキの本当の夏休みが始まった。

つづく

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