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連載小説 もりぐち人生劇場 高校編 第20話『ものづくり』

「準備出来たから中入ろか」

ヨシユキさんが扉を開けて声をかけてくれる。

僕たちは客席で最終確認の為に楽器を出して練習していたが、

「「「「はい」」」」

と気合いを入れるように返事をして中へと入っていく。

クソガキは今まさに人生初のレコーディングをしようとしていた。

——自分たちのCDを作る。

そんなことは有名なバンドにしか出来ないと思っていた。けど僕たちのような高校生にも挑戦することが出来る。そしてその経験が演奏力アップの近道だとスタオベのカネムラさんに教えて貰い、エンジニアであるヨシユキさんを紹介してくれた。

ヨシユキさんはスタジオの店長だった。

色々なバンドのレコーディングをしたり、ギターやベースのメンテナンスをしたり。その腕は確かで、スタオベもヨシユキさんにレコーディングしてもらったと聞いて驚いた。

あのカネムラさんも信頼を置いているエンジニア。
バンドを常に支えるスタンスから、この界隈のバンドマンはみんなヨシユキさんを頼っていた。

そして肝心のレコーディングはと言うと、順番は事前に説明して貰っていて。

ドラム(クオリ)

ベース(タツタ)

ギター(イトウ)

ボーカル(モリグチ)

といった流れで録っていく。

僕は見事にラスト。

てかこの流れはバンドレコーディングの基本で、ボーカルは必然的にラストになる。
楽器隊の演奏が完成していないとそもそもちゃんと歌う事ができないからだ。

「録るのは二曲やんね?」

「はい」

と僕は答える。

結局、僕たちはどの曲をCDに入れるかをミーティングした結果、1トラック目に僕が作った「片想い」、2トラック目にイトウが作った「僕のすべて」でいこうと言う事になった。
      
僕らとしてもこの2曲は外せない。

そして、いよいよ。

「じゃあドラムからいこか」

とヨシユキさんは言い、クオリがレコーディングブースに入る。

ヨシユキさん、イトウ、タツタ、僕の四人はその隣にある、大きなミキサーとパソコンのモニターが置いてある部屋からクオリの様子を見守る。

クオリは自分のセッティングが終わりヘッドホンを耳にかける。

そしてヨシユキさんも部屋にあるマイクから声をかける。
これがクオリのヘッドフォンに繋がっていた。

「準備オッケーですか?」

とヨシユキさんは言いクオリも。

「オッケーです」

と答える。

そして、ヨシユキさんは指示を出していく。

「はい、じゃあバスドラ(バスドラム)下さい」

クオリは。

ドン ドン ドン

とバスドラを叩く。

「はい、タムください」

ボーン ボーン ボーン

と言った感じでレコーディングブースでは各パートが音出しをして、ヨシユキさんがこっちの部屋でその音を調整する。

僕たちはヨシユキさんの作業風景を後ろから眺めていた。

細かい音の波形がモニターに現れていて、ヨシユキさんは何やらそれを確認している。僕たちには今どんな作業が行われているのかさっぱり分からない。

クオリが一通り音を出し終わると。

「オッケーじゃあさっそく一曲目からいこうか」

と、ヨシユキさんが言いついにクソガキのレコーディングは始まった。

………
……

レコーディングは長期戦だ。

クオリ、タツタ、イトウまでが終わり、もうその頃には日が暮れていた。

まぁ、これが当たり前だと思う。みんな初めてのレコーディング。悪戦苦闘していたしそんな一筋縄ではいかない。

そして僕もついにレコーディングブースに入る。

目の前にはコンデンサーマイク。
よくミュージックビデオなどで見かけるやつ。

僕はヘッドフォンを付けてマイク前に立つ。

ヤバイ、緊張する。

僕が「ふーっ」と息を吐いていると。

「じゃあオケ流すんで歌い出し確認してな」

とヨシユキさんが言い、クリック(メトロノーム)がヘッドホンから流れる

ピッ ピッ ピッ ピッ

そして、しばらくすると片想いの最初の出だしであるイトウのギターがジャーンと流れる。

つまり僕の歌い出しもここからだ。

そして本番。

——僕は歌った。

……あぁ 片想い落ちては溶ける雪のように あぁ 伝えたい叶わぬ恋だとしても〜♪

そうやってレコーディングブースで一人歌う。

みんなが見守る中、僕は歌い続けた。

イメージを作る。好きな子の事を考えて切なさやどうしようもなさを歌に乗せる。

音程やリズムが極端にズレるとやり直し。

ヨシユキさんがチェックをして一旦止めてくれる。

そしてまた歌う。

そうやって少しずつ収録していく。

その繰り返し。

少しずつ少しずつ。

けど確実に曲を作っていった。

          ◆◆◆

レコーディングが終わった。

朝からスタジオに集まり、休憩を挟みながら夜遅くまで続けた。

僕たちはへこんでいた。正直、もっと上手くいくと思っていた。

個人の課題が明らかになり、バンドとしてもまだまだだという現実を突きつけられる。

そして、ヨシユキさんと一緒に僕たちは今日収録した音源を確認する。

僕たちの曲がラジカセから流れる。

それはとても新鮮で。

それはどこか恥ずかしくて。

それはやっぱり嬉しかった。

「まぁ、これで終わりじゃないから。ここからミックスっていう作業をしていけばもっと音質もよくなっていくで」

それでも。

やっぱり悔しかった。

だから、素直に思うことを口にした。

「……僕の場合はリズムもズレてたり、音程が合ってなかったりとかで全然ダメでした」

ヨシユキさんは少し考えた後、ゆっくりとした口調で。

「例えばな、ボーカルの音程をピッチ修正っていうので綺麗に直すこともできるんよ」

「そうなんですか?」

「けど、それって偽物やん。俺は特にバンド始めたての若い子には、今の自分たちの現状を知ってほしいねん。やから、あえてそんな加工はしやん」

それがヨシユキさんの考え。
エンジニアとしての信念のようなものを感じた。

「どう、今日やってみてみんな悔しかったやろ?」

イトウもタツタもクオリもそして僕も。

みんなそれぞれに色々な感情を抱えながら、首を縦に振っていた。

「それでいいねん。技術はこれから磨いていったらいい。今はこれが自分達の現状やって受け止めることが一番大事やで」

ヨシユキさんはそう言って、ニコッと笑った。

          ◆◆◆

そして一週間後。

ネバーランドのスタッフのお姉さんにCDのジャケットを作ってもらい、ついにクソガキの1stシングル「片想い」が完成。

スタジオの棚の上には、完成したクソガキのCDが置かれていた。

僕はそれを見る度に、毎回この日の事を思い出す。

心を込めた作品が確かにここにある。

未熟だった。悔しかった。それでも最高に。

誇らしい気分だった。

つづく

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