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連載小説 もりぐち人生劇場 高校編 第30話『努力の行方』

ガタン

僕は自販機からコーラを取り出す。

手にはひんやりとした感覚。

プシュッと蓋を開けて体内へと流し込み、ギラギラと降り注ぐ太陽が僕の肌を焼いた。

炭酸の爽快さが身体に染み渡り、この感じが何だかとても心地よい。

……自然と笑みが溢れる。
この瞬間、僕は今の自分の状態を知った。

そうか……

——僕は今、楽しんでる。

巨大な入道雲が青空にアクセントを加え、蝉の鳴き声はどんどん活発になり、もわっとした風は僕の体をひゅるりと通り過ぎる。

夏が世界を彩っていた。

「モミィ!」

「ん?」

「ヨシユキさん来たわ!」

「……おぉ、今行く!」

ダイスケの声が掛かり、僕は再び冷房の効いたスタジオへと駆け込む。

クリック練習を開始して三日後。
今日はヨシユキさんとの約束の日だ。

          ◆◆◆     

「よし、じゃあ練習の成果を見せてもらおか」 

ヨシユキさんは綺麗な茶色に染まった長い髪をかき上げながらそう言った。

「任せて下さい!」

「おぉ、えらい自信やな」

「はい」

ダイスケが張り切ってそう言った。けど、そう言いたくなるのも分かる。
実際に僕たちには自信があった。

「じゃあ行きます」

ダイスケはテーブルの上にクリックを置いて作動させる。

ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ

電子音が鳴り始めた。
三日前と全く同じ光景。

僕、ダイスケ、タツタ、マツイ。

僕たち四人は目を合わせ手を構える。

「ワンツースリーフォー!」

マツイの合図とともに僕たちは手拍子を始めた。

ピッ パンッ ピッ パンッ ピッ パンッ ピッ パンッ

ピッ パンッ ピッ パンッ ピッ パンッ ピッ パンッ

ピッ パンッ ピッ パンッ ピッ パンッ ピッ パンッ

ピッ パンッ ピッ パンッ ピッ パンッ ピッ パンッ

「……ストップ!」

ヨシユキさんはそう言って、手拍子を止める。
そして顎に手を置いて何かを考え始めた。

「…………」

沈黙。

「……あーどうっすか?」

僕はその間が耐えられなくなり思わず質問した。

「楽器持ってスタジオ入ろ。急いで!」

「「「「はい」」」」

なぜか急かされながら、僕たちはドタバタとスタジオに入り楽器の準備に取り掛かる。

今日入ったスタジオは一番広い部屋だ。
ヨシユキさんは全員が視界に入る場所に丸椅子を置いて腰掛ける。

それぞれがあっという間に準備を終わらせ音出し。

ジャーン

ブーン

ドン ドン ターンッ

あーあー

それぞれの音がスタジオに響き始める。
そしてみんなの準備が出来たことを確認して、ヨシユキさんは話し始めた。

「じゃあ片想いのワンコーラスやってみよ。勿論MDの録音も忘れずに」

「あのー何か演奏で意識した方がいいことってあります?」

タツタが質問する。

「何も考えやんとやってみ」

意外な答えが返ってくる。

「わかりました」

よく考えれば楽器はこの三日間全然触ってなかった。ヨシユキさんに言われた通りずっと手拍子ばかりの練習。

正直不安を隠せなかった。みんなもそう思っているだろう。
けど、そんな感情には蓋をしてまた四人で目を合わせる。

そして……演奏が始まった。

………
……

あれ?

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

何だ?

僕たちはゆっくり目を合わせる。

そして……

「「「「おぉぉぉぉぉぉー!!!!!」」」」

——雄叫びを上げた。

マイクがいらないぐらいうるさい。

「え?ヤバない?ヤバない?」

「うわー何かゾクッてなった!!」

「この感覚は凄いなぁー!!」

「音が凄い!音が凄い!!音が凄い!!!」

何だか四人ともめちゃくちゃ興奮して喋りまくる。

普段、無口なマツイもいつもの三倍口数が多かった。てか音が凄いしか言ってないけど。

「ヨシユキさん、何かもうヤバイっす!!」

僕はすっかり語彙力がなくなった状態で感情をぶつける。

ヨシユキさんは、さっきまでの険しい顔からゆっくりと柔らかい表情になり、

「うん、てか気付いてた?」

と僕たちに投げかけた。

「何がですか?」 

「これ見てみ。みんなの体の動きが一緒になってんねん」

よしゆきさんはいつの間にか、ケータイで撮影していた動画を見せてくれる。

画面が小さいけどそれでも確かに分かる。

あぁ、これは凄い……。

「マツイがスネアを叩くタイミング。実はこれがクリック練習でやったタイミングと一緒やねん。手拍子する代わりにみんなの体が沈んでるから、音も自然と揃うようになってるんよ。音圧が全然違うって分かるやろ?」

「はい、サビの一音目が特に変わりました!」

僕は興奮を抑えつつもそう言う。

「後ここからはこの感覚を忘れずに、体に何度も馴染ませていくこと。この三日でみんな分かったと思うけど、上手くなるには地道な練習を何回も繰り返すしかないねん。他にもまだまだ教えたい事があるから、次のステップに進もう」

「「「「はい!!!!」」」」

僕たちは目をキラキラと輝かせながら返事をする。
単純に練習の成果が出て、少しでも成長出来た事が嬉しかったのだ。

一つ上のステージに進んだ瞬間だった。

          ◆◆◆

高校二年の夏。

がむしゃらに練習を続けた。

それはまるで甲子園球児が毎日毎日野球と向き合うように、毎日毎日音楽と向き合った。遊ぶこともなく。サボることもなく。毎日毎日。正直、僕は今までこんなに努力した経験はない。

中学の柔道部だってここまでやってこなかった。けど、そんな僕もこうやって努力が出来ている。それは恐らく必ず優勝するという目標があった事。そしてメンバーという仲間がいた事が本当に大きかった。

毎日、スタジオがオープンする10時には集合する。たまにマツイが遅刻して何だか微妙な空気になった時もあったけど、練習している内にゲラゲラと笑いあってまた元の雰囲気に戻っていた。

ヨシユキさんは大会の対策として、新たに二つの課題を僕たちに与えた。

まずは一つ目の課題。

——ステージング。

大会はホールで行われる。ステージもネバランなどのライブハウスとは違って全然広さが違う。特に間口はライブハウスの3倍はあるとの事。つまり、いつもと同じようにステージングをしていればこじんまりとして目立つ事が出来ない。「ステージを大きく使う」それを意識して練習しなければいけなかった。

そして二つ目の課題。

——曲の表現力。

ただ演奏を上手くなるだけじゃない。演奏力のさらにもう一つ先の話。曲の世界観をどれだけ表現出来るか。ヨシユキさんいわくその答えは歌詞にあるという。

例えば歌詞に悲しい表現があると、楽器隊も音量を抑えたりして。今度は明るい歌詞になると次第に音色や音量を上げていくなどの調整。そして表現力はボーカルの僕自身にものしかかっていた。

歌を歌いながら演じるという事。二曲目「僕の全て」の演出で決定したのだが、歌いながら最後は涙を流すくらい感情を出すという事。

ある程度、演奏力が上がったからこそ僕たちはそんな課題と向き合うようになっていた。今まではこんな事なんて考えもしなかった。けど、ヨシユキさんとずっと話している内に僕たちの感性は少しずつ磨かれていった。音楽って本当に深いんだって思えるようになっていたんだ。

そんな濃厚な日が一日、また一日と過ぎ去り。

——本番前夜。

この日も何らいつもと変わらない一日。

スタジオ練習が終わった後も、みんなで客席に集まり楽器を持ってクリック練習をしたり打ち合わせをしていた。

「オッケー、これでいい感じやな」

明日のシュミュレーションが終わって、ダイスケは安堵の声を漏らす。

その瞬間。

ひゅーっ、どーん。

鼓膜に響くとても大きな音。

そのタイミングでカウンターにいたヨシユキさんが僕たちの元にやってくる。

「あぁ、確か今日って花火大会やったな。外から見えるんちゃうか!」

「マジっすか!?」

僕は声を弾ませる。

そしてまるで少年のように、クソガキは勢いよくスタジオから飛び出した。

「おぉー花火やー!!!」

「綺麗やなー!!」

ひゅーっ、どーん。

ひゅーっ、どーん。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

いつの間にか無言になる。

夜空に輝く花火。

祭りにも行かず、僕たちはすっかり自分達の家のようになっているスタジオからこの景色を眺めている。

全然、高校生らしくないのかもしれない。けど、僕たちは夢中で取り組んでいる今が楽しかったんだ。

努力した事や今までの経験全てが青春だって思える。

「よし、円陣組もや!」

ダイスケが突拍子もないことを言い出す。

「本番でもないのに?」

「その方がやる気出るやろ」

僕とダイスケがわちゃわちゃしていると、タツタが全員の手を取り、

「クソガキ、絶対に優勝するぞー!!」

とフライングをして声を張り上げる。

「「「おぉー!!!」」」

「あれ?マツイ今、声出した?」

「……出したわ」

「小さすぎて全く聞こえへん」

「うるさいなぁ!」

そんな会話をしてケラケラと笑う。

ヨシユキさんは、僕たちの様子をスタジオの中から微笑ましそうに眺めていた。

明日はいよいよ大会本番。

結果がどうなるかなんて誰にも分からない。
努力してきた事が報われるかどうかも分からない。

けど、これだけは言える。

やるべき事はやってきた。
だから後は自信を持ってやり切る。

夜空を眺めながらクソガキは「明日」という未来に期待を膨らませていた。

つづく

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