嘘つきの旅〜やり方と自信
今日でかれこれ自分が住み込みバイトを始めてから1週間が経つ。
自分の仕事は洗い場だけだ。洗い物をこなすことは難しいことではない。手順を組んで、真面目に洗うことはない。洗浄機がある以上洗浄機が殆どを洗い落としてくれる。だからこそ、多少じつな位で良いのだ。だからこそ、そこまで問題もなく、簡単に終わらせれた。寮の中も豚小屋みたいに密集して、かび臭い所ではあったが、だんだん気にならなくなった。それに、寮の人とは毎晩晩酌を行えるような関係になっていた。どうしてなのかは分からない。だが、色んな人と話ができて、色々なことを教えてもらえたり、知ることができたり、ほんの数日では経験できない面白い事を聞けたりできた。
そうしてだいたい1週間が経ったぐらいの時、自分はいつものように労働が終わってから酎ハイの缶を開けてお酒を飲む。
「おっ、飲んでるではありませんか〜。」
声をかけてきたのは千鳥さんだ。千鳥さんは七三の40代ぐらいの人だ。過去に離婚を経験しているバツ2の広島人だ。
「千鳥さん。お疲れ様です。」
千鳥さんはブラックニッカのボトルを取り出し、チタンのコップの中に注ぐ。それから、氷を6個ほど取り出して炭酸水で割る。入れ終えたらもう一度ブラックニッカを少し入れる。
「どうです?洗い場は?」
この人はタメ口で呼ぶのが申し訳ないので敬語で呼んでくる。
「まぁ、やり方を覚えたので大丈夫ですよ。」
「木野さんはとても早く作業ができてますからね。」
「とは言え、恵さんが可哀想ですけどね。」
「あの人は、今まで洗い場をやったことないなら仕方がないですよ〜。」
俺が少し、憐れむような発言に対してお酒を飲みながら陽気に返答する。
「と言うか、ここはマニュアルが無いから行けないのですよ!」
千鳥さんはかれこれ半年は行っている人。洗い場のことについても知っているし他のことも知っている。
「上の人(社員)は何もしないんですか?」
「ほいじゃけ、いけないんですよ。」
そう、この会社は誰もマニュアルで覚えたことがない。体で覚えるまで叱られるのが当たり前。自分の場合は文句を言われないよう早く片付けるが、恵さんはと言うと丁寧に行うため全てがゆっくりになる。それが通用するのは家事の時かバーでのお仕事の時だろう。たが、レストランの厨房はそうではない。ある程度の丁寧さと速さのバランスこの2つが要求される。その為、彼女は遅いため社員の人によく怒られるし毎回自分にも「ごめんなさい。」と泣きそうになりながら頭を下げる。
「気にしないで下さい。とりあえず、この洗い物の山を片付けましょう!」
と声をかけて仕事を終わらせるのがいつもの仕事だ。正直、遅いことは仕方がない。誰だって得意不得意がある。だけど会社の体制的に「マニュアル無しで」といった感じのせいで何がいいのか何が悪いのか分からなくなるから動けなくなってしまう。
「まぁ、マニュアルが無いから俺は自由に俺はやりますけどね。」
「教えたこと以外であまり変なことしないでくださいよ。」
と、お酒を飲んでその日は眠りにつく。
翌朝、朝からとても多くのお客様が来た。自分と恵さんで分担したのは自分は洗い物から来た食器を来た食器を片付ける役割、恵さんには洗いをやってもらったのだが・・・・1時間したら洗い物のピークが来て恵さんでは追いつけなさそうにアワアワしていた。うん、少し変わってもらえるといいけど・・・・聞いてみるか。
「恵さん、洗い物大丈夫ですか?」
彼女は目をぐるぐるさせながらこちらを見る。ああ。だめだな。
「変わってもらってもいいですか?」
そう言うと恵さんは泣きそうに目をうるうるさせて頭を下げる。
「お願いします!!」
「了解です。」
そう言ってだいたい1時間ぐらいで多かった洗い物を片付ける。恵さんも洗い物を適切に片付けていく。無駄がない動きだ。
「相変わらず、速いですね。」
彼女は何処か悔しそうに自分を哀れんでいるかのように吐き捨てる。
「大したことではありませんよ。」
「私なんて、足を毎日引っ張ってます。」
「いえいえ、自分ひとりですと何もできません。恵さんが片付けてくれたからなんとかなったのですよ。」
と、気にしてないアピールで明るく俺は答える。だけど、彼女はまだ落ち込んでいる。
(こういう所だと仕事以外の話は少し難しいよな)
仕事場で仕事以外のことを話すのはあまり良いことではない。例え、自分達のやることが無くても他の人はまだ働いている。その状態で自分たちだけ話せばサボっているようで印象はよくない。それに、彼女とはなんやかんや一週間一緒にいる。互いに互いのことに興味が出てくるはずだ。
「恵さん、仕事を早く終わらせて外で話をしませんか?」
俺のいきなりの提案に彼女は少し固まる。今気づいたが、彼女の目は紫色だった。髪も黒に近い紫でボブヘア。見た目もいいし、普通に真面目な子どと思うのに、どうして・・・・
「ええっと、明日仕事がありますので・・・・手短でしたら良いですよ。」
その答えに少し
「え、まぁ、良いですけど。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
俺は子どものように答えてしまう。
「お話って、何の話かな?」
今日使った濡れた食器を拭くタオルを地下の洗濯機に入れてる中、少し考える。私はひろきさんと話することは少し怖かった。
「付き合ってくださいとかかな?それだったら丁寧に断らないと・・・・後ろにいる人、怖いから呪われたりしないよね?断ったら。」
あの人の背後に時々黒いワンピースで金髪の青い目の女の子が現れる。しかも、私を見下すように見てくるのが怖いなぁ。
「多分、あの人は怒らせたりしたら罰が当たる部類たと思う。特級呪霊って最近の漫画だと言うのかな?多分、神様とかそういう類だよね?」
だから、ひろきさんとお話するのは怖い。今でも少し足取りが重いぐらい。けれど、ひろきさんはとても優しいからお話はしてみたい。私はいつも足を引っ張ってばかりなのに、眉一つ動かさないで私を褒めてくれる。だから、私はひろきさんに救われている。そんなひろきさんだから、お話してみたい。後ろの人は関係ない。あの人とお話をしてみたいから。
「うん。私もおびえていたら仕方がないもんね。」
そう言って、私は厨房に戻る。するとひろきさんは洗い場を閉めていた。
「終わりましたので、帰りましょう!」
「はい!」
やっぱり、ひろきさんの動きは早い後で教えてもらわないと。
「いや〜終わりました!終わりました!」
「終わるの、早かったですね。」
「まぁ、洗い場はやり慣れてますので。」
私達は外に歩きながら仕事のことを話す。いつものひろきさんなら早く歩くのに今日は私に合わせてくれてる。
「恵さんは、どういう経緯でここになったんですか?」
「私は、アルバイトでここに来ました。」
「今学生さんですか?」
「いいえ。23歳です。」
「あぁ、23ですか。」
少しひろきさんは気まずそうに返答している。彼も何か思い当たる所があるのかな?
「ひろきさんは何歳ですか?」
「俺は、24ですよ。」
「24なんですか?どうしてここに?」
「まぁ、日本一周のスタートダッシュでここにしたんですけど・・・・・ぶっちゃけ、お金がなかったので・・・バイトしてますね。」
「ハハハ」と彼は乾いた笑いをしながら目を泳がせる。きっと、嫌な思い出があるのかな?
「貯めてなかったんですか?」
「貯めてましたよ。貯めてたんですけど・・・変な奴らに奢ったら消し飛びましたね。」
「失礼でなければ・・・・おいくら、なくなったんですか?」
「40万ぐらい」
「・・・・心中察します。」
私より一つ年上でそんな体験をしてるなんて・・・・大変な人生を歩んでるのかな?
「なんの仕事やってたんですか?」
「飲食をやってましたね。」
「だから、あんなに洗い物とか早いんですね。」
「まぁ、ええ。」
「私も、早くできますかね?」
私は少し不安だった胸の内を明かす。
「恵さんは、遅いことが良くないと思っているんですか?」
私は彼の質問に首を傾げる。
「いけないことではありませんか?」
これは首を横に振る。
「遅くても良いんですよ。早く終わらせるやり方さえ見つければ良いんですから。」
「作業速度のことでは無いんですか?」
「はい。効率よくです。」
「効率よく?」
私は少し首を傾げた。
「今日だって恵さんは一気に片付けを4つ纏めて片付けてましたよね?」
「はい。そのほうが一気にできますので。」
「洗い物もそういった感じです。優先順位を決めて洗っていく。それだけでめちゃくちゃ速くなりますよ。あと、お湯とか水に食器をつけておけば大概取れますので、その間に汚れが少ないものを洗ったりとかすればすぐ終わります。」
飲食をやってたことがあってかひろきさんは終わらせるコツを分かっている。
「ありがとうございます。参考にさせてもらいます!!」
私が、話を終えるとパキッと音がした。
「え?」
音は駐車場近くにある森林からだ。川が近くに流れ、その奥に森がある。その森に何か立っている。
「あれ、やばいんしゃない?」
「大丈夫さ。アレはこっちを見てるだけ。」
その声とひろきさんが会話してるのを見て驚き振り向く。
「俺は霊感がないはずだけど。」
「いや、ボクと会話をしていく中で見えるようになってきたんだろう。」
「前の説明的に心象風景での話とかじゃないの?」
「心象風景の件はボクがキミに直接話すときさ。ああ言った怨霊に近いのは見えるようになったのだろう。」
「要するに怨霊が見えるようになったってことか。」
「しかも、念が強いものだけだから大概キミに襲ってくると思ったほうが良い。」
私は、黙って二人の会話を見ていた。あの幽霊・・・ひろきさんも知っているんだ。
「あと、今回は君の心象風景に語りかけてるのではなくちゃんと現在進行系で現れてるから彼女もボクのことを認識してるよ。」
二人は私を見つめる。
「恵さん、見えるんですか!?」
「はい、私はその方を見えていました。」
「ボクが見えるなんて、君は本当の霊感の持ち主なんだね。」
「本当の霊感の持ち主?」
「ボクみたいなのはとても強い霊感が無ければ視認できない。視認できると言うことはそれだけで高い霊感の持ち主だ。神主とか霊能師やったら儲かるよ。」
「あはは、アドバイスありがとうございます。考えておきますね。」
私は無理やり笑顔を作って答える。
「こいつ、性格悪いんであまり言ったことを当てにしないほうが良いですよ。」
「そうなんですか?」
「信じるか信じないかはキミ次第だよ。とは言え、面白いことに出会えたよ。移動する前に霊感が強い人間に会えた。」
彼女の言葉に少し違和感を覚える。
「移動ですか?」
それを聞いたひろきさんは「あっ!」と少し大きな声を出す。私は驚いて肩を強張らせてしまった。
「そうだ!恵さんには言ってなかったですよね!?俺、明日朝やったらもう終わりなんですよ。」
「そうだったんですか!?」
「契約で彼は2週間なんだ。」
「となると・・・・明日が丁度2週間!!」
「はい!」
それを早く言って欲しかった!なんで今になっていってるのこの人!?私はこれから1人!?
「私、一人ですか!?」
彼女がニヤッと口角を上げる。
「そうだね。一人で死に物狂いで頑張らないとだね!!」
とても嬉しそうに彼女は言い出す。
「まぁ、恵さんなら大丈夫ですよ。」
ひろきさんは、私に笑顔で話してくれる。
「ひろきさん。」
「俺の言ったことをやってみたら明日なんて一人でできますよ。」
ひろきさんの言葉が私の背中を押してくれる。
「・・・・わかりました。やってみます!!」
出来るかどうかやらないとわからないけど、やってみよう。背中を押してくれる彼の為に!!
翌日、ひろきは仕事が終わってから車を出す支度をする。
「どうだった?この2週間は?」
「とても楽しかったさ。お金も貰えるし、弁当も良かった。それに、近くの温泉も良かったよ。」
隣に座るヤタガラスにひろきは嬉しそうに応える。
「彼女はどうだった?」
「恵さんのこと?」
「ああ。あの子ボクからしたらかわいい子だったと思うよ。胸もけっこうあったしね。」
「お前はないけどな。」
「・・・・・死にたい?」
彼女は目の光をなくしてコクリと首を曲げて人形のような、というか、ホラー映画のそれみたいになってる。
「まぁ、お金も入るから許してくれよ。」
と言ってスマホの銀行アプリを見る。
「これで俺のポケットマネーはサマーフェス並みにフィーバーしてるはず!」
口座を確認しても何も増えてない。
「ん?」
俺は、気になり雇用条件の所を確認する。
「ええっと、『月末締め月末払い』・・・・嘘でしょ?」
隣でヤタガラスがゲラゲラと爆笑していた。そして、俺は隣で顔の血の気が引いていくのを感じてた。
「君のポケットマネーはサマーどころかウィンター状態じゃないか!!プッ!ハハハハハ!!」
くっ!俺としたことが、こういうミスをするのはよくない!!これから気をつけないと。
「ま、まぁ、まだ2週間近くは持つから大丈夫。それに、人間の成長も見れたしね。」
「彼女、一人でこなしてたな。」
「しかも、最後にドヤ顔さ。」
「良いじゃないか。そうやって自信を持てるようになったのは。」
アイツはクスッといつも見せないような柔らかい笑みを向けてくる。
「だな。まぁ、人間自身を持てばなんとかなるってことさ。」
そして、車の速度を上げる。
「次はどこ行くんだい?」
「長野さ。そして、山梨」
「いいね。山岳地帯を下るのは!」
そうして、今日も二人は車を走らせる。
この物語は嘘と真が混ざった物語。何処までが嘘で本当かはあなた次第。
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