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映画監督もフィーチャリングすればいいのに


パチンコ映像のぶっ飛んだ演出を見て思った。これは普通の映画監督にはできない。映画でこういうシーンをやりたいと思ったとき、"監督一人ルール"では劣化コピーを見せることになる。こういうシーンはこういうシーンが得意な人にやってもらう方がよさそうだ。

餅は餅屋。紀里谷和明監督『CASSHERN』の予告編で使われてる熱い戦闘シーンは樋口真嗣監督がコンテを切っている。その樋口真嗣監督も『ローレライ』では一部のシーンで庵野秀明監督にコンテを切ってもらっている。

コーエン、ウォシャウスキー、ルッソ的なコンビ監督式の進化系として、"ミュージカルシーンをMステスタッフに撮ってもらう"とか、"大フィニッシュをパチンコ映像やってる人に演出してもらう"とか、そういうチームでのディレクションって可能性あるとずっと思っている。マルチコアCPU。もしくは音楽では成立している"フィーチャリング"の考え方。

とっちらかるリスクもあるし、トップダウンの天皇タイプの人では無理。的確なコミュニケーションスキルがあっておねだり上手な人の方がやれる。

なんなら演技監督と映像監督を分けるってだけでもいい。俳優の演技はいいのにカット割りがダサい、映像はかっこいいのに俳優の演技が安い、みたいな二分化はもったいない(俳優の演技は監督の責任)。

日本だとゴジラシリーズをはじめとした特撮映画は、だいたい俳優の演技を撮る全体の監督と、怪獣の特撮シーンを撮る特技監督は別だ。このやり方はいわゆる"feat."に近いと思う。

もっと細かい話で言うと、映画にもテロップやロゴまわりを統括するアートディレクター/グラフィックデザイナーが単独でいてもいい。実物ベースの美術装飾さんとは微妙に職能が違うはず。演出部は"原稿"(ニューステロップの内容や書類系小道具の文章)考えるのは得意にしとくべきだけど、アートディレクションはむやみに手出さない方がいい。

映画にも専任アートディレクター/グラフィックデザイナーががいれば例えば作中のニュースシーンのテロップがしょぼかったりするのを避けられる。そういうところがしょぼいと観客は一瞬で冷める。劇中に出てくるスポーツ紙とか、最近ならチャットアプリとか、ちゃんとデザインの法則を研究してつくった方がいい。現実のプロダクトやUIがそのデザインに落ち着くまでは途方もない時間がかかってるはずなのに、さらっとした準備期間でなんとなくトレスしても観客にはバレてしまう。

ちなみに劇中の新聞や本まわりで僕が一番自然だと思ったのは『ガメラ2 レギオン襲来』です。

歴史の中で振り分けられた分業スタイルの隙間にいままで交わらなかったエキスパートをアサインすることで、全体のクオリティが飛躍的に上がる可能性って、きっとあるよねー。

また映画つくりたいですなぁ。夢の途中です。