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音楽クリエイターがギター演奏などを外注するときに合意しておくべきこと
はじめに
少し前、「地下アイドルに楽曲提供するときに最低限合意しておくべきこと」を書いたところ、たくさんの方に読んでいただけたので、音楽クリエイターに役に立つ記事の第2弾を書こうと思います。
近年、音楽クリエイターとして活動していると「音源について必要十分な権利を保有していること」のような表明保証を求められる場面がとても増えたと感じます。
地下アイドルのプロダクションなどに楽曲提供する際だけでなく、spotifyやApple Musicなど音楽配信のアグリゲーターや、音楽ストックサービスで作品を販売する場合も、契約書や利用規約で上記のような表明保証を求められることが多くあります。
クリエイター自身が作詞作曲からトラック制作まで全てを手掛けている場合は問題ないのですが、たとえば、ギター演奏だけは外注したという場合、権利処理について合意しておかないと「きちんと自分に権利があるといえるのかな?」と心配になることもあるのではないでしょうか?
そこで今回、音楽クリエイターが自信をもって表明保証できるように、トラック制作にあたって演奏をプレイヤー(演奏者)に外注するときに合意しておくべきことを整理しようと思います。
もちろんギターだけでなく、ベースや弦の演奏、コーラスを依頼する場合も同じです。
1.問題になる権利は?
たとえば、ギタリストにギター演奏を外注するときにどのような権利が発生するのか考えてみましょう。
「ギターの演奏なんだから、実演家の権利だけなんじゃないの?」と思われるかもしれません。
たしかに、ギタリストにスタジオに来てもらい、ギター譜通りに演奏してもらうのでしたら「実演家の権利」だけを考えれば済みます。
しかし、ギタリストがアドリブを入れてくれることは多々ありますし、場合によってはギターソロまるごと第2案的に弾いてくれて、それを採用することもあると思います。
アドリブ程度であれば微妙ですが、ギタリスト自身が16小節のギターソロを考えてくれたような場合、著作権法上は「著作者の権利」が発生します。
また、近年のトラック制作では、スタジオに来てもらってレコーディングするのではなく、ギタリストが宅録してWAVデータを送ってもらうというスタイルが多いと思います。
この場合、ギタリストが宅録したWAV音源について「レコード製作者の権利」が発生します。
このように、プレイヤーに演奏を外注する場合、厳密には、著作者の権利、実演家の権利、レコード製作者の権利がそれぞれ問題になってきます。
そこで、これらの権利をどのように処理すべきか、個別に考えてみましょう。
(これらの権利の内容がよく分からないという方は、この本を読んでみてください。)
2.著作者の権利
著作者の権利(①著作権、②著作者人格権)が発生するのは、プレイヤー自身がギターソロを考えた(創作した)ような場合に限られます。法律的には編曲の一部を行ったという解釈になります。
①著作権
もしプレイヤーがギターソロについて著作権を行使することができるとなると、クリエイターや原盤提供先のクライアントがその原盤を利用することについて、プレイヤーに異議を言われるリスクが生じます。
これは原盤の利用が阻害されてしまい、非常に不都合です。
他方、原盤に含まれるギターソロの著作権だけをJASRACに管理してもらうような制度もありませんので、プレイヤーとしても権利行使する意向はないことが通常です。
そのため、特別の理由がない限り、著作権を譲渡してもらうようにしましょう。JASRACの公表時編曲の制度を利用するためにも、編曲者に編曲の著作権を集約させておくべきですしね。
②著作者人格権
著作者人格権については、主に氏名表示権(クレジット表記)が問題になります。
ギタリストがギターソロを創作したような場合、法律的には編曲の一部を行ったことになりますが、音楽ビジネス上はこのような場合に編曲者としてクレジットすることはあまり聞きません。
音楽ビジネス上は、オーケストラやブラスなどの編成を決めて譜面(MIDI)をつくった場合には「オーケストラアレンジ」「ブラスアレンジ」のように編曲者としてクレジット表記することもありますが、即興的な演奏については編曲者とは扱わない傾向です。
ここは、法律と音楽ビジネスがズレるところですね。
そのため、通常、プレイヤーも(実演家としてのクレジットと別に)編曲者としてのクレジットまでは望んでいないのではないかと思います。
また、著作者人格権のうち同一性保持権についても、プレイヤーに行使されると原盤利用が阻害されるリスクが生じてしまいます。
ですので、プレイヤーに特段の要望がない限り、「著作者人格権は行使しない」と合意しておくようにしましょう。
著作権(著作権法27条と28条の権利を含む) → 譲渡
著作者人格権 → 行使しない
3.実演家の権利
これがプレイヤーの中心的な権利ですね。実演家の権利には、①(狭義の)実演家の著作隣接権、②実演家の報酬請求権、③実演家人格権の3つがあります。
①(狭義の)実演家の著作隣接権
実演家の著作隣接権については、著作権と同様、もしプレイヤーが権利行使できるとなると原盤の利用が大きく阻害されてしまいます。ですので、音楽ビジネス上、実演家の著作隣接権は原盤権の一部としてクライアントが保有することが想定されており、プレイヤーもそう認識していることが通常です。
ですので、実演家の著作隣接権を譲渡してもらうようにしましょう。
②実演家の報酬請求権
実演家の報酬請求権は、原盤が放送で利用された場合などにプレイヤーがCPRAから報酬分配を受けるという権利なので、プレイヤーが権利行使することが想定されていますし、プレイヤーが権利行使したからといってクライアントによる原盤の利用は阻害されません。
ですので、実演家の報酬請求権については、わざわざ譲渡してもらう必要はありません。
③実演家人格権
実演家人格権については、特に氏名表示権、つまり実演家としてのクレジット表記が問題になります。
できる限りクレジットを表記させてあげたいと思うところですが、どうしてもクライアントや利用者側の事情によってしまうので、完全に約束することはできません。
ですので、「できる限り表記されるように努力します」という程度の約束でやむを得ないと思います。
また、実際に問題になるケースは稀ですが、実演家人格権の同一性保持権についても、やはり原盤利用を阻害するリスクは否めないので、「行使しない」ということに了承してもらうのが望ましいです。
実演家の著作隣接権 → 譲渡
実演家の報酬請求権 → プレイヤーに留保
実演家人格権 → できる限りクレジット表記されるよう努力する。これを超えては人格権を行使しない。
4.レコード製作者の権利
最後にレコード製作者の権利です。プレイヤーが保有するのは、あくまで自身の演奏を収録した音源(例:ギタートラックの各パラデータ)についての権利のみですが、その音源が完パケ音源(原盤)に組み込まれる以上は、きちんと権利処理しておきたいところです。
レコード製作者の権利は、①(狭義の)レコード製作者の著作隣接権、②レコード製作者の報酬請求権の2つがあります。
①(狭義の)レコード製作者の著作隣接権
レコード製作者の著作隣接権については、著作権や実演家の著作隣接権と同様、もしプレイヤーが権利行使できるとなると原盤の利用が大きく阻害されてしまいます。他方で、プレイヤーが個々のトラックの著作隣接権を行使する意向はないのが通常なので、プレイヤーに留保する利益もないはずです。
そのため、レコード製作者の著作隣接権を譲渡してもらうようにしましょう。
②レコード製作者の報酬請求権
レコード製作者の報酬請求権についても、最終的なクライアントが権利行使することが想定されているので、譲渡してもらう必要があります。音楽ビジネス的にも、プレイヤーが個々のトラックについて報酬請求権を行使することはできず、その意向もないはずなので不都合はないと思います。
レコード製作者の著作隣接権 → 譲渡
レコード製作者の報酬請求権 → 譲渡
5.まとめ
以上の内容をまとめると、以下のようになります。
・演奏料(ギャラ)の支払いにより、納品物に関するすべての著作権法上の権利(著作権法27条と28条の各権利も含む)を譲渡していただきます。
・ただし、実演家の報酬請求権は留保していただいて結構です。
・音源の利用にあたって、できる限り実演家としてのクレジットが表記されるよう努力しますが、表記されない場合も多々あることをご了承ください。
・これを超えては著作者人格権・実演家人格権を行使しないということでお願いします。
プレイヤーには継続的に依頼することが多いので、今後のことも書いておくといいです。
・今後の演奏のご依頼についても、特別の合意がない限り、同じ権利処理でお願いします。
あとは、演奏料の金額と支払いについて
・演奏料は3万3000円(税込)、納品後にご請求書をいただければ速やかにお支払いします。
といった感じで決めておきましょう。レコーディング現場では「とっぱらい」(演奏後に現金払い)が多いですが、ここでは宅録でのWAV納品を前提にしています。
以上の内容をメールに書いて了承をもらうなどの方法で合意しておきましょう。楽曲提供の際の合意に比べるとシンプルですね。
取引先から何の説明もなしに「一切の権利を譲渡せよ」という契約を求められて困る、という話をよく聞きます。
なので、今回、「どのような権利があり、どのような理由で、どのように処理すべきなのか」を説明できるように、少し丁寧めに解説しました。
今の時代、「よく分からないけど、とりあえず権利は全て譲渡して下さい」では相手も納得いかないですし、サスティナブルじゃないですよね。
よくある質問
Q1 自分はトラックメイカーですが、ボーカリストとでユニットを組んで活動しています。この場合も今回の解説と同じ内容の合意でいいのでしょうか?
A1 権利処理に関しては、今回解説した内容と同じで問題ありません。ただ、ユニットの場合、固定額の演奏料(歌唱料)ではなく、利益分配やアーティスト印税などの方式が取られることも多いと思います。このあたりはボーカリストと相談して条件を決めましょう。
Q2 実演家の著作隣接権については「ワンチャンス主義」が適用されるので、プレイヤーがクリエイターに対して演奏の録音を許諾した以上は権利行使ができず、結果として権利処理は不要ではないですか?
A2 音楽に関しては、「ワンチャンス主義」は放送・有線放送での利用(著作権法92条2項2号イ)にしか適用がなく、レコードの増製についても実演家の許諾が必要と説明する文献もあります。また、今回の解説のとおり、著作者の権利・レコード製作者の権利も問題になるので、これらも考慮して権利処理することが望ましいです。
Q3 音楽業界では、バックミュージシャンとしてレコーディングに参加する場合にほとんど契約書は締結しませんが、業界慣習上、演奏料の支払いにより実演家の著作隣接権が原盤制作者に譲渡されていると聞いています。そうであれば、やはり権利処理は不要ではないですか?
A3 たしかに、そのように説明されることは多々ありますが、アーティストとインディーズレーベルとの訴訟でそのような理解に反する判決もあります(「BRAHMAN事件」)。特に近年では、様々な業界の企業や個人が原盤制作を行っており、「業界慣習」というのがどこまで適用されるのか分かりませんので、やはりきちんと権利処理をしておくことが望ましいです。
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