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【建築】悲しい歴史を伝える魔女裁判の犠牲者達のための記念館(ピーター・ズントー)

旅行も建築も大好きである。そんな自分にとって、交通の便が悪いところにある建築を訪れることは最高の楽しみだ。
この「魔女裁判の犠牲者達のための記念館(Steilneset Memorial)」もその一つであり、スカンジナビア半島のほぼ最北の町 Vardøにある。地図を見ただけで不便だと分かるような場所だ。


とは言えVardøには空港があるので、実は意外に簡単に訪れることが出来る。
少々難しいのは空港から町中までの移動手段であるが、これも5km程度なので歩けば問題ない。私も周りに何も無い中を歩いた。

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Vardøは島なので途中に海底トンネルがあるが、海底トンネルを歩くなんて中々出来ないことだと思えば楽しめる。

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そのVardøは北緯70度の北極圏にある人口2,000人の小さな町だ。こう書くと何だか寂しい町のようであるが、実際寂しい。ただしちゃんとホテルもスーパーマーケットもある。滞在するのには困らないだろう。


町中からメモリアルまでは徒歩数分であり、割と近い。
私が訪れたのは4月末で残雪がまだ多かった。

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さて本題である。
この施設は魔女裁判の犠牲者を弔うために2011年に完成したメモリアルである。建築家ピーター・ズントーと芸術家ルイーズ・ブルジョワ、それぞれの建物が並んでいる。(残念ながらブルジョワは2010年に亡くなった)

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かつてヨーロッパ各地で行われた魔女狩りは、17世紀にはこのノルウェー・フィンマルク県でも裁判によって多くの女性たちが魔女とされ、無実の罪で処刑されたそうだ。Vardøはその中心地であり、当時人口3,000人の寒村で、少なくとも女性77人、男性14人の計91人もの方々が犠牲になっている。
恐しいことであるが、魔女狩りは市の主導によって行われたこともあり、そうした記録が当時の公文書に残されているのだ。


ズントーの建物は、木組みの枠の中で帆布を四方から引っ張ってつくった長いサーフボードのような形状をしている。

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長さは125m。等間隔に配置された木枠の間には、処刑された91人の犠牲者と同じ数の窓がランダムな高さで並んでいる。

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もちろん中に入ることが出来る。出入口は両端にある。

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通路は黒く染められ、外とは別世界のようにも感じた。
耳を澄ますと風と波の音が聞こえるのだが、それは人の声のように、あるいは犠牲者たちが語りかけているようにも聞こえる。帆布という材料を使ったのは、そうした外部の音の伝わり方を考慮してのこともあったのだろう。

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91人それぞれの人生を象徴して、窓と電球、説明文が展示されている。350年近く前のことなのに、こうした記録が残っていることが驚き!

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対照的にルイーズ・ブルジョワのインスタレーションは、17枚の黒いガラスの箱状の建物に収められている。

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こちらはドアもなく、セミオープンな空間だ。外の音や風をそのまま感じる。

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真ん中に火の焚かれた鉄製の椅子、周りはおそらく裁判官たちを象徴しているのであろう巨大な鏡が配置されている。無実の罪で裁判を受けている人たちの恐怖や孤独さを感じさせる。

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暗くなり始めた頃に再度訪問。
夕日に照らされた姿は、昼間とはまた違った表情を見せている。

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この時期、日没は21:30頃、日の出は02:30頃で太陽は沈むが、完全に暗くなることはない。

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当然通路も昼間より暗く、橙の電球がより映えて、メモリアルとしての意味合いがさらに強まる。

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自分は霊の存在は信じないが、それでもこうした鎮魂の施設を訪問すると厳粛な気持ちになるし、当時の悲惨な状況を自分なりに想像してしまう。
今回はもちろん建築目的での訪問であったが、それでもそうした気持ちになるのは、やはり過去の理不尽な事実とズントーやブルジョワの作品がそれだけの力を持っていることの証だと思われる。



余談だが、私は諸事情でこの町に2日間滞在することになった。このメモリアルと荒々しい海以外に何もない町は、ハッキリ言って暇で退屈だった。(Vardøの皆さん、ゴメンなさい!)
なのでメモリアルにも朝昼晩と通ったが、町の中も隅々まで散歩して回った。多分誰も興味ないであろうが、Vardøについても記事にしておく。



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