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ピアニストでも男性と女性で演奏の傾向が違う?

クラシックを聴いていると特にピアノの楽曲で、男性と女性の演奏の傾向が違うと感じることがよくある。

男性ピアニストは、ひとつひとつの音を明確に粒立って演奏する人が多いように感じる。例えば、クリスチャン・ツィメルマン、グレン・グールド、マウリツィオ・ポリーニなどのピアニストだ。

これに対して、女性ピアニストは流れるような濃淡のある情熱的な演奏をする傾向にあり、男性ピアニストのように「ひとつひとつの音を明確に鳴らしているな」と感じさせる人はあまりいないように思う。昔ではマルタ・アルゲリッチ、最近だとカティア・ブニアティシヴィリの演奏を聴いているとそう感じる。

私はこれまで、こういった演奏の違いを、男女のステレオタイプに漠然と当てはめて納得していたところがあった。

つまり、男性はなんでも理詰めで物事を捉え、あらゆるものを明快にしたいという志向があるから、音像を明確化するような演奏を好み、女性は感情的で情動的な傾向にあるから、ピアノでもそのような演奏をするのだと。

このような思い込みに一石を投じてくれたのが、書籍『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(河出書房新社)である。

この書籍によると、ピアノの鍵盤というのはもともと男性の手のサイズに合わせて作られているらしい。

性差とは無関係なはずの製品が、男性向けの汎用品のように設計されることで、女性たちは不利益を被っている。女性の平均的な手の幅は7~8インチ[約17.8~20.3センチ]で、(中略)標準的な鍵盤の1オクターブの幅は7.4インチ[約18.8センチ]であり、ある研究では、成人の女性ピアニストの87%は、この鍵盤では不利になることが明らかになった。(前掲書、181ページ)
標準的なピアノ鍵盤のせいで、女性は(中略)健康上の影響も受けている。1980年代から90年代にかけて、楽器の演奏家を対象に行われた一連の研究によって、女性の音楽家は仕事に関連するケガが「不釣り合いなほど多い」ことや、そのなかでも鍵盤楽器の演奏家たちが「最もリスクが高い」ことが明らかになった。さらに複数の研究によって、女性ピアニストは男性ピアニストにくらべて、疼痛やケガのリスクが約50%も高いことがわかった。また、ある研究では反復運動過多損傷(RSI)を発症している人は、男性ピアニストでは47%であるのに対し、女性ピアニストでは78%にのぼった。(前掲書、182ページ)

つまり、女性にとっては鍵盤のサイズがやや大きめな作りになっており、手のサイズに合っていないということだ(先に触れたアルゲリッチもプロのピアニストの中では比較的手が小さい方である)。
そうなると当然、ひとつひとつの音を明快に鳴らすのが男性に比べて困難で、鍵盤の上を流れるような情動的な奏法にならざるを得ないのではないだろうか。
これに関連して「幅の狭い鍵盤のピアノがあれば、手が小さい人でも無理なく演奏ができるようになるのではないか」と考えたのがカナダのピアニスト、クリストファー・ドニソンだ。

クリストファー・ドニソンが、スタインウェイのコンサート用グランドピアノで、「もう何千回となく弾いてきた」、ショパンのバラード第1番ト短調のコーダ[最終部分]を練習していたときだった。彼はふと思った。僕の手が小さすぎるんじゃなくて、鍵盤のサイズが大きすぎるのだとしたら? その発想が、手が小さい人のための新しい鍵盤づくりへとつながった。ドニソンが設計した7/8DS規格鍵盤は、本人いわく、彼の演奏を一変させた。(中略)多くの研究でも、従来の鍵盤を使用することによって生じる職業上および健康上の損害は、7/8DS規格鍵盤の使用によって解決できることが明らかになり、ドニソンの経験に対する裏付けとなった。ところが、ピアノの世界には不思議なことに(ここにも性差別が潜んでいることにピンとこなければの話だが)、この鍵盤の導入に躊躇する人たちがいるらしい。(前掲書、182~183ページ)

幅の狭い鍵盤のピアノは、残念ながら現代ではあまり流通していないし、普及もしていない。演奏や練習の際に、このような幅の狭い鍵盤のピアノも選択できるようになれば、どの奏者も無理なく自分の思い通りにピアノで弾けるようになり、先に述べたような男女の演奏傾向の差異を無くすことができるかもしれない。

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