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『水戸黄門外伝』 快風丸疾風録

水戸光圀の青年時代に思いを馳せるきっかけを与えてもらった仕事にありがとう!彼の母は紀伊雑賀衆の海賊の血を引いているとその親の名前から、本来まびかれるはずだった運命は家臣の三木之次(仁兵衛)の情けで命がつながった。刀の試し切りに辻斬りもした荒れた少年時代ののちの話となる。なぜ光圀は蝦夷を目指したのか、そこに血の繋がりがあるのか?

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寛文六年(1666年)、
水戸28万石二代目藩主 水戸光国(39歳)


史実にある快風丸、蝦夷地探検から遡ること20年前、
笠原水道を完成させ、小石川邸を彰考館とした、

その時期、すでに一艘の大船建造を果たしていた。

新奇な南蛮風俗、異国好きな光国のもとには外国から訪れた者、
亡命してきた者など多くの異国人たちが集まり匿われていた。
北の抑えである水戸藩、

小石川の彰考館には当時、長崎出島に匹敵するほどのコスモポリタンな場所が出現していた。

そして、蝦夷地探検、陸奥のさらに北にある蝦夷の検分、
さらにそこは、源義経が逃げ延びたとされる伝説。
この物語は、若く血気盛んな30代の水戸光国が蝦夷へ向かって旅をする異国冒険譚になる。

船の名は海進丸。

そして、ポルトガル人船長と紀伊雑賀衆の娘のあいだに生まれた男まさりな混血の娘、快風丸。

陸奥の海岸線から、蝦夷へ、非道を行う松前商人
そして、蝦夷人(シュメレンクル)と義経の謎は、

ヤング!水戸黄門の冒険のはじまり!

だが時はすでに、シャクシャインの戦いまであと3年、、、
そして、この旅を終えて、

則天武后の作った『圀』に名を改め水戸光圀となる。その意味は八方を照らす光。


〈登場人物〉
源 光国
常陸国水戸藩二代目藩主、39歳。
10年前に志した『大日本史』編纂が明暦の大火や藩主になったことで遅々として進まず業を煮やす。
新奇、好き者、破天荒、暴れん坊の血はいまだ沸々と流れる。
紀伊雑賀衆鈴木家 谷重則の娘 久子を母にもち、義経に共感する似た境遇の育ち。
朱子学に傾倒し尊皇思想を持つのは自然の成り行き。
朱舜水先生には子龍と呼ばれる。


快風丸
紀伊雑賀衆海軍の娘とポルトガル人船長のあいだに生まれた男まさりな娘。17歳
子供の頃から仕込まれた操船技術とじいちゃん孫市のつくった鉄砲の腕は徳川の鉄砲隊にひけをとらない。
名は、かさね(重音)


朱舜水
清朝に追われた明朝朱子学の先生、65歳。光国の招きでベトナムから日本に亡命してきた
彰考館で光国たちに朱子学や世界の出来事を教えながら、暮らしている。

安井春海
江戸幕府碁方、安井算哲の子28歳。数学、暦法、天文暦学、垂加神道、土御門神道、囲碁棋士。
通称 助左衛門、日本の暦を宣明暦から授時歴に改暦しようと考えている。
囲碁の打ち方に天文の法則をあてはめる。後の渋川春海。


鈴木宗与
後の水戸藩藩医、穂積甫庵、22歳。父の助手をしながら、草本漢方妙薬調合を学んでいる。蘭学医学にも興味を示し、彰考館にやってくる。


芭蕉(はせお)
若き日の松尾芭蕉 22歳 。
伊賀国上野の侍大将進藤新七郎良清の嗣子・主計 良忠につかえともに俳諧の道に入る。
寛文6年(1666年)に良忠が歿するとともに仕官を退く。

弁慶(ベン)
快風丸とともにやってきたポルトガル船の元船員、褐色の肌の大男。27歳
腕っ節は強く、心優しい頼りになる航海士。


得馬(エルマ)
快風丸とともにやってきたポルトガル船の元船員、30歳。
褐色の肌の小男。 手先が器用で、料理が上手。弁慶(ベン)の昔からの友人。

九郎(クロウ)
快風丸を追って、紀伊雑賀からやってきた人語を解する、陽気なカラス。忍者がらす。

覚兵衛
10歳。後の儒学者 安積澹泊 そして渥美格之進。
祖父の代からの水戸藩士の家系、朱舜水の門下生、儒学を学ぶ

介三郎
26歳。讃岐国出身、15歳で僧侶となるも仏教以外の諸学問に通じ、仏教に疑問を抱く、のちに『大日本史』の編纂に関わる。
佐々宗淳、京都臨済宗妙心寺の僧侶。


尋子(泰姫)
光国の正妻。前関白近衛信尋の次女・尋子(泰姫)。後陽成天皇の孫。

お弥智
光国の側室。親量院、高松藩士玉井氏の娘、お弥智。


鶴丸(頼常)
高松藩士玉井氏の娘、お弥智との間に出来た子、15歳、
高松藩主松平頼重へ養子に出された。

智代(ちよ)
高松藩士玉井氏の娘、お弥智との間に出来た子、10歳。
父の血を引くおてんば娘。快風丸を姉のように慕う。

安積希斎(恵吉)
37歳、覚兵衛の父。詩文を良くし、儒学を講じる。儒者。通称、介之丞

円空
35歳、津軽藩弘前城下を追われ、青森を経て松前に渡る。この年、北海道を巡り多数の仏像を彫る。

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『水戸黄門外伝』
快風丸疾風録

あらすじ

寛文六年(1666年)、水戸28万石二代目藩主 水戸光国(39歳)。
水戸藩小石川邸彰考館では朱舜水先生を招き儒学、朱子学、世界の情勢の学び舎、
そして遅々として進まぬ『大日本史』編纂のための史局として、
さまざまな人々が活発に出入りしていた。
新奇な南蛮風俗、異国好きな光国のもとには外国から訪れた者、
亡命してきた者など多くの異国人たちが集まり
長崎出島に匹敵するほどのコスモポリタンな場所が出現していた。
朱舜水とともに彰考館に持ち込まれた南蛮と西洋の文化、
地球儀、世界図、そしてポルトガル人が描いた日本図。
子龍(チャイロン)、朱舜水は光国をこう呼ぶ、親しみを込めて。
『礼楽』
儒学の根底にはこの思想がある。
礼儀を重んじながら、無礼講の楽しみを知る。
ここ彰考館にはその気風が流れている。
世界地図を前に光国はなにか思いついたらしい。

「子龍、楽しそうじゃな」
「船だ。船が、船が欲しい。
風のような速さで大海原を四方へ八方へ駆け巡る船だ。
朱先生、ありがとうございます。
恵吉、恵吉はおらぬか!船がいるのだ!」

4年前に笠原水道を完成させ藩の財政がまだ上向きに持ち直すかの矢先、
『大日本史』の編纂など、金遣いの荒い若殿様と思われている光国に、
帆船の建造をよしとする風は吹かず。
光国は思案する。
「たとえ、建造を始めるとしても、人集めからはじめると3年はかかる。
だが、すぐ欲しい。いま、欲しい」
若き日の光国の行動力には歯止めはきかない。
「わしは、高松へ、兄上に会いにゆく」

船が
欲しい。

ーーー

高松へ。


兄、高松藩主 松平頼重をお忍びでおとずれ造船をめぐる情報を仕入れる。

「熊野へまいるぞ」

共の恵吉こと、覚兵衛の父である安積希斎は光国の少年時代からの付き合い、

殿のきまぐれにどこ吹く風の受け答えも堂に入って
「何年ぶりでしょうな、久しく詣でませんな」
と、切り返す。

そのやりとりを楽しげに見やる朱舜水。

「紀伊雑賀へ寄り道するぞ」

さすがの恵吉もこれには二の句が継げずに目を白黒。

「折角の忍び旅じゃ、寄り道もまた楽し、はっはっは!」
兄、頼重と光国の生母の遠縁である紀伊雑賀の鈴木家は、
雑賀水軍、鉄砲衆を率いる雑賀孫一の流れ。

闊達に歩みを速める光国と朱先生をあわてて追いかける恵吉。
今回の旅の目的は紀伊雑賀を訪れること。

「手頃な船が欲しい」

村の長、遠縁の孫市に光国。

「風のように駆け抜け、何処までも行ける船」
「ご覧に入れましょうぞ」

孫市の案内で入江をゆく
何十艘もの古くからの船が丁寧に手入れをされて碇泊している。

「こちらは戦舟、戦がのうなって久しく、いまや漕ぎ手も集まりません
戦のない世の幸せなことでございます」

孫市の話に相槌をうちながら興味深そうに船に乗って、飛び移ったり。

「八艘飛びはたいへんだな」
と、子供のようにはしゃいでいる。

「ちょっとお待ちを」
そういって孫市はすこしさきの浜のひからびた小魚を突っつくカラスのところへ行くと
なにやら話しかけている。

カラスはひと鳴きすると山の方へ飛んで行った。


寄り道、
紀伊雑賀。

カラス。

八咫烏。
快風丸

ーーー


カラスと話す孫市を遠くから笑って見ている朱舜水、

「熊野の守り神は八咫烏でしたのう、ここまで来るとカラスも人語を解すのも不思議はござらん、安積殿」

すると、

山の奥から孫市と瓜二つの老人と少年らしきものがやってきてなにやら話している。

カラスがとんできて少年のあたまにとまろうとするが身をかわす、笑いながらまるで兄弟のように追っかけっこをしている。

「船がほしいんだって?なにがしたいんだい?」

気安く話しかける少年、これこれとたしなめようとする恵吉を制する朱舜水。

「地図にないものを見にゆきたい、風のように速く走る船で」

「船はいいぞう、四方八方好きなところへゆける、風の向くまま気の向くまま」

「おまえは船を動かせるのか?」

たずねる光国のひとみの奥をじっとみつめる少年、とても永い一瞬。

「ついておいでよ、おいらの船みせてやる、おれ快風丸。あんた殿様ってきいたけど本当は海賊だね大昔の」

堰を切ったように笑い出す光国と快風丸。
小舟を浜から押し出す快風丸、乗り込む光国と一行。あわてておいかける孫市と老人。
二艘の小舟が入江の奥へ入って行く。
カラスが櫓を漕ぐ快風丸のスレスレをかすめる。

「久郎!得馬と武蔵につたえて」

応えるカラス、風をつかまえて高く上り入江の奥の森へ飛んで行く。

「あいつ、久郎。おれの弟」

入江のその奥、一見森のように見える枝垂れた枝の間を行く。

「ここ、ふせて」

小舟をこするようにしてすすめる。

「いいよ、もうすぎた」

そして一行は入江の奥にある断崖に囲まれた奥入江いっぱいに浮かぶ巨大な船を目にする。

「これがおいらのナウ、パパの国のことばで船、ナウ。」

「南蛮船、それも砲台が片側に二門」

恵吉は先のことを思いもう冷や汗をかいている。

「古いが丁寧に生かされておる、美しい船じゃ」

と、朱舜水。


奥入江。

南蛮船。

黒い顔。

得馬と武蔵。

ーーー

光国のひとみが輝いている。
「どうだい、スッゲーだろう」
快風丸は指笛をならし共を呼ぶ。

「武蔵!得馬!はしごをおろして!大丈夫、いい人たちだよ!」

南中する日差しの下で黒い顔がのぞいたかと思うとはしごが投げられた。
なんで、南蛮船がここに、、
ききたい気持ちをおさえて恵吉ははしごをよじ登る。
光国は笑顔のまま終始無言。

褐色の肌の水夫、大きいのと小さいの、武蔵と得馬。
孫市が口をひらく。
20年前の嵐の日に流れ着いた南蛮船、ポルトガル船、壊血病で船員のほとんどは手当の甲斐なく息絶えたが、
サムとエルマーそして若い航海士が一命をとりとめた。

村の衆で奥入江へ船を移動させ、さてどうしたものかと考えあぐねていたが。
まあ、ここなら知られることもないし村で3人の世話をすることにしていた。
気持ちのよい若者たち、
西洋のいろいろな技術も教えてもらう。
そして、村の娘とポルトガル人の若い航海士の間に娘が生まれる。

それが快風丸。
「えっ、おなごか?快風丸!」

ひとり気づかなかった恵吉をからかう光国と朱舜水。

「おいら、ここで生まれて、じっちゃんとみんなで暮らしてるんだ」

父母の話はそのままに、

「動くのか、この船は」

「オッケーだよ!」

「誰がうごかせるのか?」

「おれとじっちゃんと武蔵と得馬!」

「まじで?」

「まかせろ!」

カラスが鳴く

「あ、久郎も」

「それは、すごい!」

一同大笑いである。


20年前。

難破船。

海進丸。
嵐と、

引き潮の晩に、

ーーー

「快風丸殿、この南蛮船をわが水戸藩に譲ってはいただけぬか」

単刀直入に恵吉が切り出す。
「やらねえ、だけど使えばいい。
この船、海進丸はパパから受け継いだおれの生まれた家だ、
でもこの世でおおっぴらに動かせるわけもねえ。だけどおれは走らせたい。
お殿様は、船がほしい、まずは船に乗ってみたい。
それでいいんじゃねえ。目的はいっしょだ、」

光国は快風丸をじっとみつめうれしそうに微笑んだ。

「嵐と」
「引き潮の晩に」

光国が、快風丸が符牒のように言葉を交わすと大笑いする。
意味が分からずとり残される恵吉であるが、

誰にも見つからず沿岸を水戸藩の領海まで航行するには嵐に乗じて、
という説明をうけて納得する。

「そうときまれば支度をはじめるぜ!
提督はじっちゃんにナウ(船)の中案内してもらうといい」
そういって飛び出してゆく快風丸。

懸け樋から水を、村から食料と酒を、鶏、子ネズミ、

「何だこれはネズミをどうするんだ」
「こいつら久郎の食事だよ」

たった二日間の手早い出発支度に恵吉も感心していた。
が、天候の方はまだ崩れる兆候を見せない。

一行は熊野に詣でることにした。
紀伊雑賀衆が祀る熊野三山古くは出雲の流れである。
そして、江戸徳川家へも繋がっている。

航海の無事を密かに祈って帰る道すがら、久郎が熊野のカラスをひきつれて空を覆う。

その空にちりめん皺の幾筋かの雲が空にかかっている。
快風丸がめざとくそれをみつける。

「来るね、嵐が。それもスッゲーのが」

こころはやる熊野の帰り道である。


準備万端。
熊野詣で。

まだ、潮が高いな
いってくるぜ、
じっちゃん

ーーー


翌未明には、風が吹き始め様相は一転し生暖かい突風が次第に強くなってきた。

出港準備が始まった。

奥入江を塞いでいるしなだれた大木の枝を村人たちが払う。

この十余年、海進丸を守ってきた木々だ。

口々になにかの祈りを唱えながら枝を払う。

船体を繋留している葛の縄を切り離す。

船がきしみゆらっと大きく揺れ始める。

快風丸は舳先から入江の口を目測している。

「まだ、潮が高いな」


風はさらに強まり、豪雨と突風が船体と森をゆさぶる。

奥入江に入ってくる波を快風丸は見ている。

見慣れぬ異国の雨具を着た光国がそのうしろに立つ。


「殿様、あ、提督、あの波の形がもうすぐ変わる。そしたら出発だよ」

「頼んだぞ」

振り返った快風丸の目がうれしそうだ。

「ほら!」


崖のひさしの下で見守る孫市と村人に快風丸は合図を送る。

「いってくるぜ、じっちゃん」

飛ぶように操舵室に戻り武蔵と得馬に指示を出す

「アンカーを上げろー!出発するよ!」

ゆっくりと巨大な南蛮船は引き潮にのって動き始める。
入江の口をゆっくり、ゆっくり傾けながら抜けてゆく、
ゆらっと大きく傾く船体、入江に巻いた風が吹き付ける。

「よーし、これからすっげーゆれるから気をつけて」

いい終わる前にそれははじまった。

「提督、ちょっとのあいだ舵をおねがい。何があってもこのままで」

はじめて操舵輪を手にする光国、緊張の面持ち。
操舵室を飛び出す快風丸、
マストに猿のように軽々とよじ登り、得馬と共に小さな帆をくりだす。
縄を滑らし止める武蔵。
帆は強風を受け張り裂けんばかりにはらむ、

その瞬間船体は大きく傾く。


ゆらっと
大きく傾く船体
大揺れする
操舵室、

ーーー

光国は緊張したまま操舵輪をにぎっていた

「提督、交代します」

その瞬間、大きく息を吐く光国

「ゆっくり教えてもらおう、操舵術を」
「おもしろいだろ」
「いまはそれどころではなかったな」

大揺れする操舵室の中で明るい笑い声が響く。
船旅に慣れている朱舜水は船室で横臥し書を読みながらうたた寝をし、
武蔵と得馬は操舵室で大波を乗り越えるたびに奇声を発しげらげら笑い。
久郎は羅針盤のまわりでなにかしゃべっている。

「恵吉さん、船室ですわってたほうが楽だよ」
「いや、拙者はここで」

といいながら仁王立ちをしていたがそう長くは持たなかった。

「気持ち悪かったら後ろの窓か、外でね(笑)」
「提督は、大丈夫ですか」
「なんの、馬と変わらぬ」

後部の窓から顔を出した恵吉は、
巨大な波が次から次につづきその山谷をこの船が乗り越えているのを初めて知る。

「うおーうおーなんだこれはー!」

顔面蒼白でもどってきた恵吉に

「大丈夫ですよこの船は、地球の裏側から来た船だ。こんなへなちょこな嵐なんて屁でもねえ」

この南蛮船をこんな子供が嵐の海に乗り出し堂々と操っている。
痛快だ、愉快だ。
光国は楽しくて仕方がなかった。

仕舞には笑いがこみあげてくる。
快風丸がふと気づくと光国は甲板に出て、なにか叫んでいる。

嵐の大波の山谷を行くちいさな小舟の甲板で、
波をかぶる、さらわれたかに見える。

大丈夫、笑ってる。

何か漢詩の一節を詠っているらしいが快風丸にはその意味はわからなかった。
その時、武蔵と得馬が飛び出してゆく、とてつもない大きな波をみつけたらしい。

光国を操舵室に促し、帆を巻き上げ始めた。


巨大な波が次から次に

明るい笑い声が響く
ハリアップ!
サム!
エルマー!

ーーー

ふたりじゃだめか、船体が波に吸い込まれるように傾いてゆく。

「ハリアップ!」

帆に遊びをつくった隙に突風が吹き付ける、波がくずれ甲板を洗う。
縄にしがみついた武蔵と、マストにしがみついた得馬が見えた。
光国は操舵室に、全身ずぶぬれだ。
快風丸は窓からあの大波の規模と速さを判断する。

「もういい!縄を切って流せ、はやく戻れ、
提督、みんなに伝えて、これから大きな波をかぶる、流されないように体をどこかに固定するように」

大波を真横に受けたら転覆だ、舵を切り回頭する、船体が倒れんばかりに傾く、右舷は波の壁がそそり立つ。

「ハリアップ! サム!、エルマー!」

快風丸は瞬きをせずに目を見開き衝撃に備える、

「パパ、かあさま、守って!」

戻ってきた武蔵、得馬。その時、山が崩れる。
坂道を下るような角度になった海進丸を覆い隠すように山のような波が包みくだける。
海水の塊が操舵室へ船室へ容赦なく流れ込む。

久郎のことが気にかかったが意識が遠くなる方が先だった。

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遠くに声がする、怒号のような大勢の。
船底へ向かう梯子の下で、光国は目を覚ます。
海水に浸った体は冷えきっている。
ゆっくりときしむ、ゆっくりとゆれる、船底からはしごをのぼる。
甲板は霧に包まれている、波もなくただ浮いている。
帆が裂け縄がもつれている。
昼なのか、夜なのかもわからない霧の中に海進丸は漂っている。
遠くに声がする、目をこらして舷側から声のする方向を見つめる。
次第に近くなってくる怒号、その意味を理解する。


「戦だ」

斑な霧の所々に炎が蠢く、振り返ると船のいたるところに青白い炎。


「鬼火」

琵琶の音がする。
船が見えた、何百もの船が二手に分かれ戦っている。
赤い旗、白い旗。


霧、鬼火
戦だ

赤い旗、     白い旗。

ーーー

風を切る矢の音、反射的に身構え伏せる。
不思議なことに矢は甲板をすりぬけていく。
が、生々しい重い音を響かせ一本の矢が光国の傍らに着く。
船首の甲板にひとりの武装した若武者がいる。


「なんだこれは、大きな船だな」


光国は襟を正し太刀を据え、ゆっくりと若武者へ体をひらく。
互いの顔が伺える距離まで近づく


〈この太平の世に何者が海戦など、、、さもなくば、これは夢か、黄泉の国か〉


対峙して獣のようだった若武者の緊張がなぜか解かれた、毛頭光国には戦う気配などなかった、ただ、この時代遅れの鎧をつけた若武者が何者なのかに興味があった。


「私は、源光国、常陸国水戸藩藩主」


礼を尽くし堂々とした名乗りをあげた。
若武者の緊張がさらに解かれてゆくが、それよりも動じない若武者が不可解であった。


「源九郎義経、ここ壇ノ浦で合戦の最中ここにいた」


光国は若武者の名乗りをどう信じてよいのか、
やはりあの嵐でわれわれは死んでしまったのではないのか、


「九郎殿、不思議なこともある。実は私とこの船も同じように嵐の最中にここに来た。
この霧の中で声がした、見れば海戦。矢が飛んでくるが幻のように当たらずにすり抜けた、
これは、不思議と思っていたら、たん!とこの矢が甲板に。
そして九郎殿があらわれた次第」


「私も、一艘、二艘と船を飛び越えていたさなかにここに。
なんと不思議でござるな」


「なんと不思議でござるな」


ふたりしてひとしきり笑った。


「九郎どの、実はですな、、、」


光国は切り出した、光国にとって義経は伝説、昔話の英雄。
たとえ、夢の中でも聞いてみたいことは山ほどある。
半時ほどふたりは屈託なく思うが侭に500年の時をこえた話をした。


「なるほど、言い伝えとは微妙に異なりますな。しかし兄上のいかにも、、」


と言葉を詰まらしたそのとき
霧の中から再び合戦の声が聞こえた。

若武者
私は、源光国 源九郎義経
義経様、
ご武運運を、
光国様、
またいつか

ーーー

またいつか、


「光国殿、楽しいときであった。過去であろうと未来であろうと大事なものは、、」


「いま」


光国が応えふたりは意気投合し、笑った。

「義経様、ご武運運を」


ふたりは互いの脇差しを交換する。


「光国様、またいつか」


そういって
舷側から見下ろし


「まさに真下におる」


うれしそうに義経は光国を見やると、えいやとばかりに軽々と飛んだ。
かけより見下ろす光国には霧しか見えない。
雷光、雷鳴、一瞬にして海進丸は嵐の中に投げ出される。


「殿さまー」


快風丸の声がした。


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海の不思議、時の不思議。
霧の中、壇ノ浦の合戦を見、九郎義経と言葉を交わした。
夢ではなかった、光国の手には三鱗に紅葉と鹿の蒔絵柄の古風な脇差があった。

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船は、海進丸は大きな損傷もなく嵐のなかを進んだ。
翌朝、台風一過の晴れ晴れしい青空が広がり風に乗りさらに北へ向かって追い風に乗り快走する。
朱舜水と得馬は船尾から洋式の釣り竿で釣り糸を垂らしている。
光国、恵吉は快風丸が羅針盤と六分儀を使い現在位置を割り出すのを、
興味深く見ている。

〈ここで、光国一行は南海の小島へたどりつく、または日本近海をうろつく南蛮船/海賊に遭遇、するやも知れぬが、、〉
「悪くない、いい線行ってるぜ」

とつぶやくと、
マストに猿のようによじのぼりあれよあれよという間にてっぺんへ、

「提督。のぼっておいでよあれは富士山だよ、でっけー山だー」

光国も猿のように、恵吉も若干猿のようにマストにのぼり富士を眺めた。
海進丸は嵐にのって1日半で伊豆沖に、さらに東から遠回りをして翌未明には、
常陸那珂、鹿島沖に到着する。

羅針盤                           六分儀

ーーー

「快風丸とこの船、海進丸は命の恩人。
嵐の中、私と瞬水先生そして恵吉を勇敢に救助し水戸まで送り届けてくれたのだ。
客人としてもてなすように、さらに海進丸は期限付きで我が藩が借受け、
その間、快風丸と得馬、武蔵の三名を航海術教師として召し抱える」

水戸藩城内は大騒ぎである。

光国は、安井春海、鈴木宗与、恵吉と覚兵衛を筆頭に才覚の秀でた若者たちを集め快風丸に教授させた。
ここに水戸藩海塾がはじまる。

なかでも後の渋川春海こと安井春海は、
暦学、数学、天文学に秀で実戦としての航海術を理解し瞬く間に頭角をあらわす。


この頃、江戸の港沖に南蛮船の出没が記録されているが、それらはすべて海進丸のしわざである。

光国は、鹿島の小さな岩陰の入江に桟橋を設え海進丸を碇泊させた。
藩の沿岸を航行するときは水戸の旗を掲げ、殿様が召し捕った南蛮船との噂に人々は満足した。
また、武蔵、得馬による外国語とさまざまな技術が水戸藩に伝授される。

そして、一年後。
早春

海進丸は光国と水戸藩海塾の塾生たちを乗せ出奔する。
蝦夷地見聞を目的として、
冒険のはじまりである。

光国の胸中には、源九郎義経伝説の真偽を確かめるというもうひとつの目的があった。
シャクシャインとの出会い。
北方の民との交流。
それは、大日本史編纂への大きなきっかけとなる旅のはじまり。

〈つづく〉

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