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箱根本箱で本に浸る

秋の夜長にはまだ早い晩夏。「箱根本箱」を訪れました。
箱根本箱は、本をテーマにしたインタラクティブ・メディアホテルです。
館内に充ちる本を読み耽った一夜の雑記。

■ 到着

熱気を持った空気がみちる中、箱根本箱へと向かう。
まだ太陽は真上にあるけれども、今回の旅は観光ではなく、本を読むのがメイン。
とにかく早く到着して、読みはじめたい。
建物前のドアでスタッフの方が出迎えてくれた。
「まだまだ暑いですね」「でも、山だから少し涼しいですね」
当たり障りのない天気の話をしながらも、心はドアの向こうがわ。

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数分後、本棚に囲まれた空間に居た。
入って正面には大きな窓があり、午後の日差しが差し込んでいる。思っていた以上に明るい。書庫のような閉塞感はなく、布張りの椅子が点在する空間はホテルの趣が強かった。
椅子のひとつに腰掛けて、チェックインの手続きを待つ。すぐそばには本棚があって、無意識に目が背表紙を追う。
「すべてFになる」「ハサミ男」「獄門島」「オフシーズン」「シャイニング」
おぉ、いい! 馴染みのあるタイトルだ。
ミステリやホラーのゾーンなのだろうか。並んだ本はどれも面白そうだった。

無事にチェックインの手続きが終わり、スタッフの方に連れられて館内を軽く見てまわる。
所狭しと本棚に並べられた本は、その場で読んでも部屋に持って帰ってもいい。
2階には数脚の椅子と近くにコーヒーメーカーがある。毎日コーヒーを飲む者としては嬉しい。やっぱり読書にはコーヒーだ。地下にはシアタールームもあるとのこと。
巡った先に向かう最終地点は、本日泊まる部屋。スタッフの方と一言二言交わし、静かにドアが閉まる。
ひたすら本に浸る時間が始まった瞬間だった。

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■ 客室に置かれた本棚

荷物を置いて早々に、部屋の中に据え付けられた本棚を確認する。
箱根本箱の各客室には「わたしの選書」の本棚があるのだ。
本を愛する様々な著名人が、箱根本箱で読んでもらいたいと思う本を選書した本棚。ただし、誰が、どんな本を選んだのか、は公開されていない。
他の人が泊まる客室には当然入れないので、そこに泊まらなければ出会うことができないレアリティの高い本棚なのだ。
さて、今回泊まる部屋の本棚は誰のものだろうか。
お、小説が多い。海外文学もちらほら。
選書者を見る。ん、聞いたことある名前だ。何か読みたいと思っていたはず。
頭を捻ったものの思い出せず、スマホで検索。出てきた作品名で記憶が呼び起こされる。
代表作を読みたい本にずっと入れたまま読めていない、某有名女性作家の方だった。
(ひと月以上経った今もまだ読めていない…!)

その某女性作家が選んでくれた本の中から、手軽に読めそうな短編集を選びとる。
読書のお供に、備え付けのポットでほうじ茶を淹れる。(室内にはコーヒーがなかったのだ)
読み耽ること、しばし。
カップが空になる頃、途中で本を閉じ、部屋を出ることにした。
片手には布製の手提げ袋。フロアで読みたい本を見つけたとき、運ぶために各部屋に置かれているのだ。
まだまだ、この建物には本が沢山潜んでいる。

■ 館内の本を探索

部屋を出て、見渡す限りの本棚の探索を開始する。
図書館の如く、棚によって大きなジャンル分けがなされている。
端から順に見ていく。気になる本をあれもこれもと選び取ったら、手提げ袋はあっという間に膨らんだ。
ふと、進む先の本棚から密やかな話し声が聞こえてきた。
何かと見ると、本棚に埋め込まれるように、読書スペースが設けられていた。まさに本に囲まれる空間だ。
メインフロア以外にも、客室に向かう廊下にも本棚が置かれており、隅々まで眺めるだけでも相当な時間を遣う。
見ていると、ところどころに客室に置かれた「わたしの選書」同様の本棚がある。
改めてじっくり見ていくと、到着時に眺めていた本たちは、有名な女性作家お二人の「わたしの選書」だった。ミステリ・ホラーカテゴリの本棚なのだと完全に思い込んでいた。
このお二人は著作を読んでいたのだが、攻めた選書に改めて好きになってしまった。
ただ、選書した本棚が各客室に置かれる人と、誰もが見れるフロアに置かれる人には何の差があるのだろう。
私はフロアの本棚なのに、あの人はグレードの高い客室に置かれている、なんて火種を生まないのかと無駄な心配をしてしまう。
そんなことを思いながら本棚を巡り、まずは穂村弘さんのエッセイを読むことにした。
クッションに身体をあずけ、傍らにはコーヒー。
窓から射し込む陽が傾いていく。

■ 夕食のち、読書

一冊読み切ったところで、お腹の空きを感じはじめる。
そろそろ夕食の時間だ。
箱根本箱の魅力は本だけではない。料理にも力を入れており、箱根のローカルガストロノミーを表現しているとのこと。
良い香りに誘われて、ダイニングスペースへ。
コの字型にカウンターテーブルが設えられている。「コ」の開いた側の奥にオープンキッチンがあり、調理やサーブを目の前で楽しみながら、食事ができる趣向だ。
食事はコース料理。着いた席に置かれたメニューを見ると、魚と肉のどちらもがメインとして組まれている。その他、前菜やパスタなども含んだ充実のラインナップ。どれも美味しかった。
食事に合わせてワインを飲んだので、ほどよい心地よさに包まれて部屋に帰る。
ベッドに横たわって、本棚から拾い上げてきた本を読み進める。
そのまま寝る間を惜しんで読書、とはいかず、眠気の訪れとともに夜半には就寝。
残りは明日に取っておこう。

■ 起床、読書、そして朝食

無理をせず寝たため、翌朝は早く起きられた。
これからチェックインまでが勝負。可能な限り本を読んでから去りたい。
急いで身支度を整え、荷物を掴んだら去れる状態で部屋を出る。
メインフロアの大きな窓が柔らかな朝日を取り込んでいる。他には誰もいない静かな空間。
昨夜読み終えた本を返却棚に戻し、新たな本を探す。
以前から読みたかった本があったので手に取る。
様々な名作に出てくる食事を再現した一冊。ハイジのパンが美味しそうだ。ビジュアルのセンスが見事。
ちょうど読み終えるところで、朝食の時間になった。昨夜と同じダイニングスペースへ。
朝食はディナーよりも野菜が中心のメニュー。蓮根のマリネ、ほうれん草のポタージュ、にんじんジュース。どれも滋味にあふれていた。

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■ 地下に潜むものたち

朝食後は未だ踏み入れていなかった地下へと向かう。
本に夢中になっていて訪れるのが遅くなったが、出発前にシアタールームも観てみないといけない。
エレベーターに乗って、一つ下へ。
扉が開くと、そこには本棚。なんと、ここにもたくさんの蔵書があったのだ。
文化史や言語学が並ぶ本棚で、アブサンに関する本を見つける。とても読みたい。このタイミングで出会ってしまったことにほぞを噛む。
さらに進むと、また別のジャンルの本棚が。並ぶラインナップは、「フランケン・シュタイン」や「幽霊塔」。丸尾末広氏の本もある。
まさに地下に潜むのにふさわしい。こちらも昨日気づいていれば読みたかった。
当初の目的であったシアタールームでは、いくつかの海外の短編映画をリピートで流していた。映画は愛がテーマでまとめられていたと思う。
ちょうど始まった作品を鑑賞すること、20分ほど。
迫る時間に、惜しまれつつ地下を後にした。

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■ 最後の時間

もうチェックアウトまでは少ししかない。
これから本を読み始めても、読みきれずモヤモヤして去ることになってしまう。
見渡す限りの本棚。読みたい本はたくさんある。
また来よう。他の何物にも煩わされることなく、本に沈みゆく時間は、最高の贅沢だ。
まとめていた荷物を片手に部屋から出て、すぐさまチェックアウト。
支払い時に本を一冊渡す。館内の本はどれでも買って帰ることができる。悩んだ末、記念に選び取った一冊。
この旅行記を書いている今はすっかり読み終えて、うちの本棚に並んでいる。
また訪れる気持ちを忘れないように。

■ 本のリスト

<読んだ本>
「もしもし、運命の人ですか。(角川文庫)」 著者:穂村 弘
「嘘ばっか 新釈・世界おとぎ話(講談社文庫)」 著者:佐野 洋子
「鉱物見タテ図鑑 鉱物アソビの博物学(SPACE SHOWER BOOKs)」 編・著:フジイ キョウコ
「ひと皿の小説案内 主人公たちが食べた50の食事(マール社)」 編・著:ダイナ・フリード

<買った本>
「空飛び猫(講談社文庫)」 著者:アーシュラ・K・ルグウィン

<読みたかった本>
「時鐘館の殺人(中公文庫)」 著者:今邑 彩
「人格転移の殺人(講談社文庫)」 著者:西澤 保彦
「アブサンの文化史 禁断の酒の二百年(白水社)」 著者バーナビー・コンラッド3世
その他、たくさん!

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