見出し画像

褒められることに"慣れる"のは危ない #52

褒められることが嫌いな人っていうのはいないと思います。

私の場合、仕事やイベントで誰かの役に立ったと自負しているとき、褒められると「そうでしょう、そうでしょう、私のおかげでしょう。」とすぐ調子に乗ります(笑)

でも、ビリヤードを褒められると、全然嬉しくありません。
「まだまだ褒められるほどのものじゃない」と、素直に思います。

この違いは何なんだろうとたまに思っているときに、このnoteを読みました。

褒め言葉なんて信頼できない。

苦手だった高音が前より少し歌えるようになると、
成長した自分と出会って、まだ出来るんだって実感すると満足なんて言葉は生まれなくて、もっともっともっともっとって、しがみつけるのです。

まだ成長途中なの、今の私を褒めないで。
混乱しちゃうよ。

褒め言葉に必死にバリアをはってしまう子でした。
受け入れることを許さなかった。失礼な話よね。

でもそれだけ、完璧に少しでも近づくために
ひたすら模索するの。向き合うの。

なるほど。褒められて浮かれているうちはまだまだなんだなと。

ビリヤードは真剣に取り組んでいる分、自分に足りないものや弱点も見えていて、まだまだ上があることをわかっています。

でも、褒められて喜んでいるような仕事ってのは、まだまだ井の中の蛙で、上が見えていない、もしくは見ようとしていなかったんだなと感じました。
振り返ってみると、確かにそうだった気もします。

自分が目指していた目標が低いから、予想外に褒められた時に喜んでいたのだと思います。
高い目標を掲げて、冷静な自己分析ができていれば、本当に褒められるようなことだったのかわかっていたはずです。

どんな誉め言葉に対しても「そんなことないよ、まだまだだよ」と言いすぎるのも可愛げがないので、「ありがとう」と返しつつも、冷静に自分の出来栄えを客観視することはとても重要だなと再確認できました。

周りにおだてられて、調子に乗っている人たちに感じていた違和感はこれだったのか、と。

実ほど首を垂れる稲穂かな

謙虚に前向きに頑張っていこうと思う今日この頃です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?