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SNS に興味がなかった55歳の僕が1年間に53本の記事を毎週投稿して思ったこと

#番外篇

note は僕の試みだったので、
すべての手の内を明かしたいと思います。
いつもは600~800字程度で書いていますが、
今回は文字数制限のリミッターを外し、
1年間53本の記事の投稿を終えて感じたこと、

なぜ、note を始めたのか理由を書いていきたい。
書きたいことがいっぱいで長文になりますが、
最後までお付き合いいただければうれしいです。


1.note は僕の実験だった


▪️アナログ人間の SNS へのアプローチ

自由だからこそ制約をつけないと、
何も書くことができないと思った。
本当の自由は不自由なものである。

SNS は否定しないが興味がない。
つながることが煩わしくて踏み出せない。
つながるならリアルの方が安心するし、
ネットだけのつながりに不安を覚える。
つながることよりも少し距離を置いて

孤独でいる心地よさがちょうどいい。
その中で note を使って発信することが
今の僕の適正な世間との距離感になっている。

それはたぶんこれからも変わらないと思う。

note を始めるにあたりやらないことを決めた。
つまり、やればいいとされることをしなかった。
それでは SNS のメリットもなく、
何のために note をするの? という矛盾。
とがったことをやろうという意図はないが、
極端なことをやってみようかなという感じ。

歳をとると「やってみる」ことに腰が重くなり、
面倒なことに関わりたくない気持ちが強くなる。
ポジティブな人間でもマメな人間でもないので
みんなやっているからがしんどくなったりする。

そんな中で僕が始めた試みをお話したい。

▪️ 「天声人語」みたいなコラムを

一介の無名ライターが最も得意とする
1 つのテーマ(ネタ)で勝負できるか。
誰かと競うわけではないけれど、
書きたいことがたくさんあって
好きなことだけを好きなだけ書いてみる。
人に負けない語れる好きがあって
文章スキルのみを生かして表現してみる。
そのサンプルを考えたとき、
たどり着いたのが新聞の 1 面コラムだった。
「天声人語」みたいなものを継続して書きたい。

SNS と対極のオールドメディアのコラムを
そのまま note で書いてみたらどうだろう。
令和の時代に note でやることではないのだが、
アナログ人間の僕が SNS をやる理由にはなる。
当初は厳格に文字数を制限しようとしたが、

紙媒体ではないので600~800字程度に設定。
書き手も読み手もお互いが負担にならない量と、
週一の習慣を定着させて 1 テーマで走ってみる。
不自由ではない自由を楽しむ。
そんな実験だった。

もう少し具体的に。
30年以上も前になるが、
朝日新聞テレビ欄の右上の細長いスペースに
サントリー「山崎」の広告が掲載されていた。
「なにも足さない。なにも引かない。」の
コピーライターが書いたコラム調の広告だ。
日曜日の朝にのんびりと読む300字の世界。

「閑休自在」「悠々自滴」「異口同飲」という
意味深で粋なタイトルで繰り広げられる世界は、
季節の歳時記的な多岐にわたるテーマに沿って
書き手の思い入れ、こだわり、知性、教養、
うんちく、洒落、センス、ノスタルジー …… 。
そんな要素が散りばめられているのだが、
商品広告なので読みもので終わらせない。
広告として成立させるために最後の数行は
商品であるウイスキー「山崎」を愛飲する
愉しみと喜びに見事に落とし込む。
プロの書き手の技の結晶である。

閑休自在 悠々自滴 異口同飲

深いのだ。
とにかく、深いのだ。
20代には絶対に書けない。
30代はどうか。いやいや、まだまだ。
40代はどうだ。うわー、一生ムリだ。
さすがに、50代になれば書けるかも。
そんな淡い期待を抱いて55歳になった。
もうこれは知識や才能や努力ではない。
その人が人生をどう生きてきたかである。
日々、何を見て、何を思い、何を考え、
何を感じ、何を問い、何を積み重ねてきたか。
歩んできた人生が凝縮されたような文章だ。
だから、同じようには書けない。
めざしたところで超えられない。
結局、歩んできた人生の範囲でしか書けない。
書けないけれど、書かないわけにはいかない。

熟成したウイスキーを愛飲する喜びを
年季の入った虎への愛と想いに変換し、
昇華させることで愉しみと喜びを
「虎党の嗜み」に落とし込む。

ただし、書き手には知性も教養も知識もないので
中身があるわけでもなく僕なりのそれなりの文章。
エセ知性? まやかしの教養? で
役に立たないことをマジメにマメに書き尽くす。
マジメでアホちゃうか的な新庄みたいな文章?!
野球には真剣にストイックに向き合うが、
観客に魅せることを楽しむことを忘れない。
書くことには真剣にストイックに向き合うが、
同世代の読者に共感してもらうことを忘れない。
その根底にはプロでありたいという思い。

note の記事が多く読まれるのは
タメになる、役に立つ、学びがあるから。
それならば、タメにならない、役に立たない、
どうでもいい記事を書いてみるという試み。
うまく説明できないけれど、
「真摯に遊ぶ」「ひたむきに楽しむ」
そんな要素を含んだコラム。
言うは易し行うが難し。
言うが易し書くが難し。である。
めざすことも続けることも大事なことだが、
身の丈を知ってあきらめる勇気と潔さも必要だ。
「山崎」の広告のような知性あふれる文章を
いつの日か書いてみたいと思っていたので
理想に近づくためのチャレンジだった。

▪️やるべきことをやらない

note という創作を楽しもうという場で、
note の趣旨と相反することをやっている。

・自己紹介をしない。
・とりあえず始めない。
・思いつきで書かない。
・他人の記事を読まない。
・フォローしない。
・スキをつけない。
・つながらない。

なぜ、やらないのか。
note をやる意味があるのか。

僕は SNS というものをやったことがない。
連絡手段として LINE を使っているだけだ。
なので、使いこなすまでには至っておらず、

note もそんなツールのひとつになっている。
X (Twitter)と Instagram と Facebook 、
その違いがよくわかっていないし、

やったことがないから理解もない。
理解する気がないので活用することもない。
理解がないのでルールやセオリーがわからない。
マナーとしてフォローやフォロバはすべきか。
そんなルールに縛られる不自由なら何もしない。
フォローに頼らず記事の内容と筆力だけで、
どれだけ自分の想いを伝えられるかという試み。
つながる必要もないし、つながりたくもないし、
つぶやきたくもない。勝手にやっとけ。
いわば、SNS を SNS として機能させない。
なんのこっちゃ何をやっているかわからん。

ただ、書きたいことはあふれるほどある。
僕の記事は Z 世代には読まれていないので
安心して昔はよかったノスタルジー全開の
昭和の匂いが立ちこめるような懐かしい話を
しつこいくらい全力で書くことにした。

他人の記事を読まないのは
読むと流されて影響されてしまうから。
読んでもらうための努力は惜しまないが、
最初からつながることを考えていないので
自己完結して自分の世界に没頭する。
誰にも気を使いたくないラクしたい。
投げっぱなしのジャーマンのような
書きっぱなしの放置プレー。

2.note をやろうと思ったきっかけ


▪️「虎党失格」には元ネタがある

18年ぶりに優勝した2003年に遡る。
優勝を記念して一ファンとしてカタチに残し、
ライターとして実績になるような本にしたい。

2003年
阪神タイガース

優勝メモリアルフォトブック
みたいなものをつくろうと思った。

タイトルは

虎党の呟き

2003.09.15 
VICTORY STORY
Tigers column A to Z

もくじ

今、思うと、30代で若かったし、
フリーランスになったばかりなので
アニマル浜口ばりに気合いが入り、
ちょうど、ヤル気とポジティブが
不自然に空回りしていた時期だ。

▪️コンセプトは虎党目線

優勝の記憶をカタチに残す手もとに残す
「一ファンに一冊」のビジュアルブック。

「A」から「Z」までをキーワードに
ファンの想いを代弁し、ファンが共感する、
26本のコラムを写真とともに表現。
便乗する類似の関連本(虎本)と差別化し、

メディア目線ではない独自の虎党目線で
番記者ではないが素人でもない、
あえて、中途半端な立ち位置とスタンスで
野球オタクのコピーライターとして書いてみた。
コピーライターからライターに転身するために
名刺がわりのカタチとなるものが必要だった。

企画書と原稿と束見本サンプルをつくり、
表紙デザインも含め、完成原稿を持って
大阪と東京の出版社27社に持ち込んだ。
そのほとんどはアポなし飛び込み営業で、

担当者不在、受付で門前払いに遭いながらも
直接、原稿を手渡し、プレゼンできたのは11社。
そのうち、5社からの結果を待ったがダメだった。
「迷惑なヤツだな」と思われても対応してくれて
出版社まで紹介してくれてありがたい話である。
若さと勢いとノリで熱意が通じたというヤツだ。
でも、それだけで叶うほど現実は甘くない。
結局、出版は断念するしかなかった。
今の時代なら完全にアウトな行動だが、
当時は昭和の名残もあって時代が許してくれた。

▪️20年越しのリベンジ企画で再挑戦

2003年の1年間だけ追いかけてダメなら
20年間 追いかけてみるのはどうだろう?
いくら虎好き物好きでも全試合はムリなので
優勝記念日の9月15日の定点観測はどうか?
1年に1日だけ追いかけて観戦記を書いてみる。
次の優勝は20年くらい先なので漠然と20年。
30年でも40年でも年に一度ならできそうだ。
2003年を起点に次の優勝までを定点観測して
優勝のタイミングで出版を考えてみよう。
スタイルは「時空間野球紀行」みたいな感じ。
「欧州フットボール紀行」的な野球版。

球場周辺の写真を撮ってネタを集め、
20年が30年40年になればクロニクルになる。
と、思って定点観測(現地取材)を続けたが、
時間の経過とともにモチベーションは下がり

次第に飽きてくる。アイデアもなくなる。
なんとなく惰性で続けている感じになる。
遠征も年に一度の普通の観戦旅行になる。
コロナ禍でまとまった時間ができたこと、
給付金の10万で MacBook Air を買い、
2021年に優勝しそうになったことで

企画を練り直して一気に原稿を仕上げた。

タイトルは

9月15日の阪神タイガース
ー超極私的虎党論ー

表紙

▪️コンセプトは虎党の嗜み

「タイガース愛」を再確認するための
虎党のための阪神タイガースの「嗜み方」。
「楽しみ」→「愉しみ」→「嗜み」に
昇華させると「愛」は深く本物になる。

十人十色の虎党人生を歩んできたファンが、
一人ひとりのそれぞれの人生を重ね合わせ、
阪神タイガースとともに人生を振り返る

虎党必読の時空間野球紀行(クロニクル)。

好き × ライターの証しを残し、
情熱もまだ残っていたので態勢を立て直し、
出版社への売り込みを始めたものの、
コロナ禍で以前のようにはいかなかった。

過去の空気を読まない行動(営業)を反省して
企画原稿を募集しているところをネットで探し、
お伺いを立てるように常識の範囲内で応募するも
そんなユルいアプローチでは相手にしてもらえず
誰にも原稿を読んでもらうことができなかった。
あきらめてはないが情熱もエネルギーも失せて
もうどうでもよくなってくる。

そこで note である。

アラフィフの僕には SNS は面倒だったが、
重い腰を上げてやってみようと考えを変えた。
やるからには、なんとなくや、とりあえずでは
始められないのがアラフィフ世代の性である。
いやいや、個人による人によるものだろうけど。
本編の20年分の定点観戦記がベースになり、
本編と2部構成で箸休め的に書いていたコラムの
「虎党失格」をそのまま note のタイトルにして
さらに、旬のネタを拾って再編集しながら
小出しにして書いていったという感じである。

3.note で何を書いて表現するのか


 ▪️やらないことをベースに書き始める

型通りに最初に自己紹介するのではなく、
書き手のことを少しずつ知ってもらえるように
本文の内容を通して経歴や性格、趣味趣向、
パーソナリティーは時間をかけて見せていく。

誰も何も知らないのに突然「どこのどいつが」
プロフィールを語っても伝わらないと思った。
記事のストックがあっても書きたいことが

たくさんあって話がとっちらかっていたので、
あえて、制約をたくさんつけてネタを整理し、
文体、スタイル、トーン&マナー、
いつどのタイミングで投稿するか、
年間スケジュールを大まかに決めて
2か月の準備期間を経て用意周到に始めた。

1月にこっそりひっそり静かに始める。
2月に身近な人にそれとなく知らせる。
4月のシーズン開幕前にDMはがきをつくり、
年賀状を送っている友人や知人に案内する。
アラフィフ世代の時代遅れのアナログ戦略。

書くことよりも苦労したことがある。
ご多分にもれず、始める苦労である。
note って、なんやねんから始まり、
アカウント登録、ID設定、アイコン、
ヘッダー画像、プロフィール作成、
パスワードの設定や入力などなど、
お約束のつまずくポイントが目白押し。
何事もスムーズにできたためしがなく、
なんやかやとやっているうちにできた。
できなくはないが意外と簡単ではない事実。
「抑えたくてウズウズしていた」岩崎じゃないが
書きたくて書きたくてウズウズしていた。
始めるハードルが高いのは書くことじゃない。
ハードルは何かと面倒な SNS だったりする。
アラフィフ世代(僕にとって)のあるあるだ。

▪️やることは決めごとをたくさんつくる

自由に書くための不自由なので
逆に細かい条件縛り(決めごと)で
がんじがらめにして YES か NO か
絞り込むことで書きやすくする。

・無料記事にする。
・クリエイター名は本名にする。

・自己紹介は全編を通し断片的に継続的にする。
・書き手の顔や背景が見えるように意識する。
・50代から同世代以上をターゲットにする。
・タグのワードは試行錯誤して5個に固定する。
・日曜日の朝の10時に週1回投稿して更新する。
・記事のスタイルは新聞の1面コラムを踏襲する。
・15段の新聞広告のボディコピーみたいに書く。

・なるべく旬のネタをテーマにして投稿する。
・タイトルは1行に収まるように16字にする。
・デバイスを意識して1行は22字までにする。
・3分で読めるように600〜800字程度。
・どこから読んでも一話完結で構成する。
・記事に集中してもらうためリンクを貼らない。
・リンクや写真説明が必要ない記事に仕上げる。
・写真はすべて自分で撮影したものを使用する。
・写真は見出し画像だけにする。
 ※ 2023/08/20投稿の#34のみ2点使用。
・仕事と完全に切り離し仕事にリンクさせない。
・仕事ではないが仕事と思って書く。
・記事のクオリティーを最重視する。

・シーズンの開幕前にDMはがきを発送する。
・名刺をつくってリアルに対面営業する。

▪️タイトルの「虎党失格」のロジック

なぜ、虎党失格なのか? 

「お前はホンマにファンなんか?」

・虎党の行動や振る舞いをツッこんでもらう。

・虎がメインだが虎以外のことも書いていく。
・虎党や野球ファン以外の間口と興味軸の拡大。

・虎をまったく書かない記事でも成立させる。
・野球をまったく書かない記事でも成立させる。
・G党も意識して楽しんでもらえる内容にする。
・同世代に共感してもらえるように意識する。

・新しい読者を開拓し取り込むために工夫する。
・虎の話が消えて本当に虎党失格になっても可。
・言葉に流動性を持たせて解釈の幅を広げる。

何を持って本当のファンと定義するか?
どういったスタンスで書けばいいのか?
自身の目線、立ち位置、ポジション探し。
ガチファンから にわかファンまでの
虎党グラデーションのどこに立つのか。
カメレオンのように変幻自在に変えてみる。

虎への愛のカタチは人それぞれだが、
手間ひまを惜しまず時間もお金も虎に捧げる
そんな人たちこそが虎党の鏡に値する。と、
僕は勝手に思っている。リスペクトする。

応援団に入ってファンクラブに入って
年間シートを買ってグッズを身に纏って
イベントやパレードに積極的に参加して
グッズを買うために徹夜で並ぶ人たち。

or

「将来は阪神の応援だけで飯を食う」と
幼い頃に作文を書いて本当にスキメシを実現し、
デイリースポーツの記者として長く活躍された
「松とら屋本舗」の松下雄一郎さんのような人。

熱烈なアルゼンチンのサポーターが
仕事を辞めて家財道具を売ってW杯に行くような
人生を賭けたぶっ飛んだ熱量に近いものがある。
残念ながら僕はそこまで肝が据わっていない。
「パレードで直接 感謝を伝えたい」人ではなく、
「パレードはテレビで見よう」と思ってしまう。
その違い。なので、僕は虎党失格。

▪️書くことは普遍的なアナログ作業

ドリフか、ひょうきん族か、
作り込んだドリフのコントか、
たけしとさんまのアドリブか、
記事のスタイルをお笑いにたとえてみる。
なんか、古いたとえになってしまったが。
ドリフのコントのように緻密に計算しながら
表現としてのアドリブ感覚は残しておきたい。
両者のいいとこどりはできないか?

今、改めて考えてみると、
ドリフは毎週ライブでやっていて
ひょうきん族は収録していたので
どっちが新しい笑いの手法なのかわからない。
時代の流れでひょうきん族が主流になったが、
中学生になった僕はドリフのコントに飽きて
ひょうきん族の笑いが新鮮だった。
でも、どっちがおもしろいかの答えはない。
笑いの超一流はいつもどっちもおもしろい。
あるのは、流行という時代のトレンド。
その後、トレンドだったひょうきん族は
加トちゃんケンちゃんに負けてしまう。

ん? なんか似てないかい。
僕がやろうと試みようとしている
SNS と 新聞のような関係ではないか?
新聞表現を note でやってみること。
時代は SNS ではあるけれど、
表現の方法として書くことは
鉛筆で書こうが、スマホで書こうが、
紙に書こうが、ネット上に書こうが、
永遠に変わることがない普遍的なもの。
新聞はなくなってしまうかもしれないが、
紙媒体や印刷物のよさもあるはず。
CD はなくなるかもしれないが、
レコードの人気が復活している。
アナログにも分があるかもしれない。

新しいことと古いことを同時にやっていた
ドリフとひょうきん族は時代の趨勢で
共存することはなかったが、
両者の「おもしろい」は昔も今もおもしろい。
SNS と 新聞に置き換えてみると、
文章を書くという本質は永遠に変わらないし、
内容と中身のクオリティーで勝負すればいい。
と、割り切れば、SNS にこだわることもない。
デジタルネイティブの Z 世代とは違い、
アラフィフ世代は比較して答えが出せる。
完全否定は簡単だが吟味できる目利きがある。
変わることに対して抗う姿勢は持っていたい。

4.note を1年間 続けて思ったこと

 
▪️note に出会わなければ原稿は読まれない

こう書くと身もふたもない。

1年間で 3685ビュー  286スキ
※ 2023年1月1日〜12月31日

note を始めたから多くの人に読んでもらえた。
ビューやスキ、フォローの数の多寡ではない。

誰にも読んでもらえなかった者にとって、
僕にとってはたった一人でもたくさんなのだ。
読んでもらえないことはツラかったし、
読んでもらえる環境をつくれなかった。

今までは好きなことを気ままに書いて、

たまにコンペに応募して運よく世に出て
初めて読んでもらえる限定的なものだった。
書きためた原稿を持っていても意味がない。
紙媒体にこだわっていても仕方がない。
出版しようとチャレンジしたけれど叶わない。
note に投稿することで視界がクリアになった。
それで十分満足でそれ以上でも以下でもないと
遅ればせながら気づいたからこそ、
ハードルが高かった SNS にチャレンジできた。
僕にとっては大きな一歩で、それが正解だった。

▪️読み手を意識して読み手に感謝する

ビューやスキの数は意識せず、
気にしないようにしていたけれど、
始めてみて気づいたことがある。

毎日、少しずつ必ず増えているのだ。
意識しないわけにはいかなくなった。

決まった日時に毎週投稿しているから?
内容に満足してもらっているから?
決して多いとはいえない友人知人のおかげ?

このネタのときに多いのはなぜ?
このネタのときに少ないのはなぜ?
発信するタイミングによるのか?
見出し写真によって影響するのか?
タイトルやワードの選択も影響するのか?

読んでいただける理由はわからないけれど、
レスポンスがあればその理由を深く考える。
基本的に常に考えて書いているのだけれど、
今まで以上により考えて書くようになった。
それは書き手にとってプラスにしかならない。
継続することですべてが好循環になる。

ものを書くというプロではあるけれど、
無名のニッチな自己満足の記事に対して
どうして読んでいただけているのだろうか。 
長く読んでもらえなかった者にとっての不思議。
SNS だから多くの人に読んでもらえる事実。
今さらだけど当たり前のことなのだが、

読んでいただいていることに
日々、感謝しかない。

初投稿の3時間後にスキをつけてくれた方の
記事の内容よりもどんな人が書いているのか、
どこに興味を持って読んでくれたのか気になり、
深く考えながら記事を拝見しました。

実験なのでスキもフォローもしなかった
(できなかった)ので申しわけない気持ちに
なりましたが、とてもうれしかったです。
この場を借りてお伝えしたいと思います。
毎回、投稿日に、いの一番につけてくれる
スキがモチベーションになって励みになり、
投稿を継続する大きな力になっています。
コメントも書いていただいて
すぐにお返事させていただきました。
いつも読んでくれてコメントもくれて
関心を持ってくれると期待に応えたくなる。

記事に対してのレスポンスには誠実でありたい。

5.note で来年以降 書いてみたいこと


▪️100歳になったときに何を書いているか

僕の強みは何か。
55歳という年齢。

ただの年齢だけど、
歳を重ねるごとに追い風になると思っている。
18歳のとき、「コピーライターになる」と、
ほとばしる熱量だけで日記に殴り書きしたが、

内容は本当にそれだけだった。 
なぜなら、18年しか生きていないから
書けるはずがないし、書けるものもない。
だから、未来のことはたくさん書いた。
今と違って夢があって希望もあった。
頑張れば頑張った分だけ報われた
健全でいい時代だった。

こんなことをやりたい。
あんなこともやりたい。
こんなふうに生きたい。
こんな人間になりたい。

自分なりの人生設計図。
実現したこともある。
実現しなかったこともある。
ペンの強い筆圧が想いの強さ。
書き続けたことが今につながる。

10代や20代で凄いものを書く人もいる。
でも、僕には才能がなく今に至っているわけで
若い頃は薄っぺらいそれなりのことしか書けず、
そうかといって、50歳を過ぎた今だから
中身があることを書けるわけではないけれど、

明日は今日よりも書けると信じて書いている。
未来を書くことは若い頃よりも少なくなるが、
過去をたくさん書けることも年長者の強みだ。
100歳まで生きると生きたことが素材になる。
何歳まで生きているかわからないけれど、
45年後にどんなことを書いているか楽しみだ。

若い頃よりも今よりも人生経験を重ねているから
繰り返して書き続けることで上積みされる。
だから、書くことが楽しくなる。
希望がある。

▪️ためにならないムダなことを書く

記事の作成は料理と同じ。
料理人が市場で食材を仕込むように
僕は球場に行き、周辺を歩き、街に出る。

感性を研ぎ澄まし、アンテナを張りまくり、
できるならば、ノムさんや古田さんのように
キャッチャーのような深い洞察力を駆使して

「虎党失格」フィルターを通しネタを仕込む。
フィルターは何枚あっても何枚重ねてもいい。
重ねる枚数が多いほど唯一無二の視点になる。
アウトプットは料理の最後の盛り付けである。

書くことが好きで書くことが少しだけ得意で
書くことを生業にしているのでもしかしたら
それがアドバンテージになっているかもだが、
世のため、人のため、誰かのため、
役に立つようなことは何も書かないし、
そもそも、書けるだけの資質も器もない。
虎が好きという気持ちしかなくて
他人にとってどうでもいい

「ためにならないムダなようなこと」を
非効率でタイパも悪くコストもムダに多いけれど、
マジメにマメに丁寧に書いていきたいと思うので

それに3分間だけ付き合ってもらえたらうれしい。
虎が好きで本が好きで紙媒体や印刷物が好きな
昭和生まれの超アナログ人間の些細な夢は
手ざわりのある本という形にして残したい。
その思いは昔も今もこれからもずっと同じ。

そんなこだわりを持つのもいいけれど、
頑なにならず柔軟になることも必要になる。
岡田監督の18年前とは違うアプローチが
38年ぶりの日本一という結果につながった。
変わること、変わらないことのさじ加減。
譲れる、譲れない、こだわりのさじ加減。
頑なであることは悪ではないし、敵ではない。

キャッシュレス全盛の時代ではあるけれど、
新 NISA が始まって時代は投資の流れだが、
手もとにはいくばくかの現金は必要である。
有事の際には生活が成り立たなくなる。
急ぎすぎる極端な二択がアウトなのだ。
みんながやっているから何も考えずに
流されるようにやるのがいちばん危険。

正義ではなく「5カウント」なら許される世界。
5秒というのは立ち止まって考える「間」だ。
野球とともに幼い頃からプロレスが好きで
「プロレスを語ることは今の時代を語ること」
ではないけれど、50歳を過ぎた今だからこそ、
プロレスから学んだこともあるんだなと笑える。
勉強しなければならない時期に勉強もせず、
野球とプロレスに明け暮れたから今がある。
といっても、何の自慢にもならないけれど、
好きなことに向き合えた時間はしあわせだった。
戻りたくても戻れない過去に後悔はなく、
勉強よりも優先したといえば聞こえはいいが、
勉強しなかった過去に対する未来の言いわけ。
人生にはムダなことなんてひとつもない。

話はそれすぎてしまったが、
バランスを見極めて SNS と向き合いたい。
変わらない現状維持は後退だとは思わない。
現状維持することが大変なことなのだから。

セオリーを勝手に無視して自己満足で
1年間 note をやってみたという長いお話でした。
思いも本音も手の内もすべて明かしましたので、
もう一度 # 1 から読んで「そうだったのか」と、
思っていただけるとライター冥利に尽きますが、
お忙しい年末年始をお過ごしと思いますので、
# 54 からでもいいのでお付き合いをよろしく。
「A.R.E  GOES ON」
虎の来季のスローガンのように
2024年も愚直に同じスタンスで継続します。

今年最後の虎党の呟き😊

お腹いっぱいしあわせいっぱいの日本一でした。

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