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ニンジャの話 その28 林間スキー

林間スキーって聞いたことがありますか? 林の中を滑り抜けていくスキーの楽しみ方です。林の中を滑るためには木を避けて滑る必要があります。立木にぶつかると大怪我する場合もあるので危険ではありますが、木立の中を滑り抜けていく快感はたまらないらしくファンも多いそうです。

この林間スキー、コーチの教え方によって上達に差が出るのだそうです。「木にぶつからないように注意して滑ってください」と教えるグループと、「滑り抜ける道を探しながら滑ってください」と教えるグループでは圧倒的に後者のグループが上達が早いそうです。木にぶつからないようにと教えられるグループは障害物である木を見て滑ります。そうすると視線は当然障害物に集中します。不思議なもので木ばかりをみていると体が木のほうに引き寄せられていくそうです。滑り抜けられる道を探して滑ってくださいというグループの視線は道に集中します。これまた不思議なものですり抜ける道に注目するとその道に体が引き寄せらるようにトレースできるそうなのです。

この話を聞いた時に私は「障害」に対する見方、考え方を改めようと思いました。障害に注目するとそのリスクばかりに視線と意識が集中します。この林にはいっぱい木があるな… と危険ばかりを感じてしまいそもそも滑ることをやめてしまいます。滑る決断をしたとしてもリスクにばかり目が行ってしまいリスク回避を行う仕事となってしまいます。これは楽しくありません。一方「道」を見つけることに集中すると、道は1本だけではなく数本あることに気が付きます。どの道を選ぶかの仕事となり、滑り抜けることはすでに与えられた命題となります。これは楽しいです。

障害はある意味人生のスパイスです。林間スキーを楽しむ人は望んでその障害があるコースに挑みそれをハイスピードですり抜けることを楽しみます。決して木を避けるためにコースに入るわけではありません。

もちろん人によってリスク耐性に差がありますし、スキルにも差があります。必ず木にぶつかることがわかっている林に分け入ることは避けるべきです。決して林間コースを滑ることだけが人生ではありません。同時に何も障害物のないなだらかなゲレンデを滑りつつけるだけでは面白くないと思う人もいるでしょう。

私は何かをやるときに「障害」はとりあえず「みない」ことにしてどのように滑り抜けるかのコースどりをイメージして取り組むことにしています。仕事のボールの話にも通じますが木にぶつかっても怪我しないとわかっていれば木を見る必要はなくなります。私と一緒に働いているメンバーにはいつも「障害物を見ない、通り抜ける道をイメージして滑る」ことを手を変え品を変え伝えることを心がけています。

さて、このような考えを持っている私が齢72歳の実の母を説得しようとするとどうなるのか。ものすごくストレスフルな経験をすることになります。

私の母は自分が納得したことに対してとても粘り強く継続することができる長所があります。また不正が嫌いで物事に真摯に取り組みます。真面目で信用できるタイプです。別の言葉で言うと「任せられる」タイプだと思います。同時に自分が納得できないこと、不安があること、自分の限界を超えることに対しては大変慎重です。粘り強く任せられるタイプの母は民泊事業に適性があります。しかし母は民泊事業の経験がありません。経験がないことに母が挑戦する際に何が起きるか。母は「木を見ながら林間スキーをするスキーヤー」になってしまいます。道を見つけて滑り抜けるイメージを持ちにくいのです。

「お母さん、最近は民泊と言って自宅を旅行者に提供するサービスが流行り始めているよ。インターネットに掲載すると世界中から予約が入るそうだよ。特に訪日外国人に人気がある見たいよ。うちはとても趣のある素晴らしい古民家だからきっと人気が出るよ。素泊まりだからお掃除するだけで手間もかからないよ。利益が上がれば家計の足しにもなるよ。」古民家で民泊をスタートすることをメリットを提案する私に対して母はこのように返します。

知らない人が泊まるの? どんな人がわからないからうちに泊めるのは難しい! 外国人? 英語話せないから、外国人を泊めるのは難しい!インターネット? そんな難しいのわからない!お客が来るんでしょ? お父さんの介護しているから、おもてなしなんてできない! ちゃんと掃除しなきゃいけないし負担が増えるから難しい。お金? そんな大変な思いまでしてまで稼ぐ必要ない!

失敗です。見事なまでに障害物、すなわち「できない理由」で返されました。そしてそれは母にとっては当たり前、自分がわからないことに対してはとても慎重なのです。メリットを伝える方法では母は納得しません。方針変更です。今度は感情に訴えます。

「僕は小さな頃からお父さん、お母さんがこの家で将来何か事業をやりたいという言葉を聞きながら大きくなった。帰国して半年住んでいる時にこの家は本当に素晴らしい資産だと心から思った。今は旅行の会社にいてこの家の価値がよくわかる。お父さんとお母さんが惚れ込んだこの家を世界の人たちに知ってほしい。それからお父さんとお母さんがいずれは事業化したいと言っていた夢を叶えたい!」

母は少しグラリときたようです。滑り抜けた後のイメージを少し伝えることができました。「そうよね、この家は本当にいい家なのよね。絶対価値があるわよね。」「いつか事業をしたいと思っていたけど私たちでは難しかったわ、でもそういう気持ちはあるわね〜」

ここで一押しです。

「お母さん、3回だけ、試してみない? もし実際にやってみてダメだったら僕も諦めるよ。試してみるのに費用もかからないよ。インターネットの登録や、外国人とのやり取りは僕が代わりにやるよ。お母さんは布団の上げ下げだけしてくれるだけでいいから。」

母はまだ躊躇しています。「3回だけ試すって言ってもその間に何かあったら嫌だしねぇ…」 そうなんです。トライアルだとはいえ、先ほど母が障害だと思っていた部分は全く解決されていなければ消えてもいません。しかし3回だけの限定トライアルするというイメージを持ってもらい滑り抜ける道に注目してもらえる方向に持っていけました。

最後はお願いです。

「お母さん、僕は今、観光の会社にいて民泊について知らないといけないんだ。元々観光出身じゃないから勉強しなければついていけないんだ。どのような仕組みかやってみないとわからない。僕の仕事を助けると思って3回だけお願い!!!」

電話口で頭を下げながら懇願する息子。「仕事で必要」と持ち出されては母も断りにくかったでしょう。「息子を助ける母」という滑り抜けた後の成功のイメージを持ってもらうことで、渋々「3回だけだからね!私は掃除しかやらないからね!後のことはみんなあなたやってよ! 嫌だったらすぐやめるからね!」と念押しされましたが、なんとか母の了承をゲットです。

実際はこれほどスムースに交渉が進んだわけではありませんが、3、4回の電話と説得、懇願の末、古民家は民泊トライアルをすることになりました。さまざまな障害物はとりあえずみなかった事にして、古民家は3回は林間コースを滑り抜けるチャンスを頂いたのです。

続く

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