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ワーグナーとバレンボイム

リヒャルト・ワーグナーは作曲家として有名だが自らオペラの台本も書き、さらに社会運動家(革命家)としても有名だ。そのワーグナーは音楽の分野で数々の革命を起こした。なかでも演劇、視覚芸術、音楽を融合させて楽劇という新しいオペラの形式を確立したことは特筆に値する。

残念ながらワーグナーは反ユダヤ主義者として知られ、実際ワーグナーの音楽はナチスに称揚されてきたため現在でもイスラエルではワーグナーの音楽作品を公式に上演することは事実上禁止されている。ちなみにヒトラーは熱狂的なワグネリアンとして知られ、ワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を初めて観た時、感動のあまり失神したという噂もあるくらいだ。余談だが、フランツ・リストの交響詩『レ・プレリュード(前奏曲)』もナチスによって積極的に利用された。

ユダヤ人に対する偏見は当時ドイツに限らずヨーロッパ全体に蔓延していた。あのヴェルサイユ条約による過酷な賠償金さえなければ「ヒトラー」はフランスを始めドイツーオーストリア以外のどの国に現れていても全然おかしくないくらいだ。だからワーグナーの音楽がナチスによって積極的に利用されなかったならば、イスラエル政府がワーグナーの作品の演奏を事実上禁止するまでのことはしなかったかもしれない。

とはいえ、ワーグナーの音楽を心から敬愛して止まないユダヤ人は世界中に多数存在する。例えばダニエル・バレンボイムというアルゼンチン出身のユダヤ人ピアニスト兼指揮者だ。彼はドイツの大指揮者だったヴィルヘルム・フルトヴェングラー(第2次世界大戦中ドイツ音楽を守るため敢えて故国を離れず、そのことでナチスとの関係を疑われたため戦後は不遇だった)を音楽の師と仰ぎ、バイロイト音楽祭でも常連だった。逆にユダヤ系の大作曲家グスタフ・マーラーの作品はレパートリーから外している。

芸術作品を作家個人の歴史から切り離して純粋にその作品自体の完成度あるいは自分自身の芸術的趣向や嗜好に基づいて評価するのは極めて難しいのだが、このバレンボイムという音楽家は敢えてそれを実践した数少ない芸術家の一人であると言えよう。

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