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【怪異収集録SS】『こっくりさん』①

9月に発売される『怪異収集録 謎解きはあやかしとともに』の小話を書きました。
皆さんにどんな話か分かってもらえるように書きましたので、こちらを読んで面白かったら、書籍の方もよろしくお願いします。

     ◆◇◆

 二月上旬。
 まだ冬将軍が猛威を振るう厳しい寒さの中、天童探偵事務所に珍しく客が来ていた。
「つまり、君たちは呼び出した《こっくりさん》を俺になんとかしてほしいわけだ」
「はい」
 天童の言葉に神妙な面持ちで答えたのは、近所の中学校の制服を着た少女だった。
 リボンの色は赤。どうやらまだ一年生のようだ。
 頷いた少女のほかにもう二人、計三人の女生徒が二人がけのソファーに肩を寄せ合って腰掛けている。
 それに向かい合うように天童、後ろには昌磨が立っていた。
「《こっくりさん》って、あの五十音とか数字とか書いた紙に十円玉を滑らせるやつだよね?」
 昌磨の問いに少女たちは一斉に頷いた。
「よく知ってるね、昌磨」
「さすがにこれぐらいは。でも、したことはないですから、詳しいことはわかりませんよ? 何をするものなのかも……」
 眉を寄せる昌磨に天童は微笑みながら顎を撫でる。
「《こっくりさん》というのは、いわば簡易的な降霊術みたいなものかな。人の代わりに狐や狗、狸といった日本古来の霊力が高いとされる動物の霊を呼び出して、未来の事や現在の事を占ってもらうというものだ。そのため《こっくりさん》は《狐狗狸さん》と言う字が当てられることもある」
 紙にさらさらと『狐狗狸さん』と書きながら、彼はそう説明した。
「同じ系列のもので《キューピッド》《キラキラさま》《エンジェルさま》というものも存在する。――ま、基本的には同じものだよ」
「へぇ……」
 相変わらず、こういうことに関しては博識である。
 少女たちは天童の説明を聞きながら、泣きそうになっていた。
「私たち、《こっくりさん》が降霊術だって知らなくて。だから、気軽な気持ちで呼び出しちゃって……それで……」
「呼び出した《こっくりさん》に帰ってもらえなかったと?」
「……はい」
 何かにおびえたような表情で、少女たちは頷いた。
 天童は肩をすくめる。
「ま、よくある話だね」
「天童さん。呼び出した《こっくりさん》に帰ってもらえなかったら、何か困る事でもあるんですか?」
「んー。一般的には呪われるとか、狐の霊に憑かれるとか言われるよね」
 天童の言葉に反応するように、真ん中にいる女子生徒が口を開いた。
「そうなんです! 一緒に《こっくりさん》をやった友達はもう何日も学校を休んじゃってて!! ……私も《こっくりさん》をやった日から、ずっと誰かに見られているような感覚があるんです」
 続けて、その左右の女生徒も口を開く。
「私がこのことを相談した友達二人も、過呼吸になってその場で倒れちゃったんです。二人同時にですよ!? こんなことあり得ますか!?」
「学校全体が呪いにかかっているみたいで、学校中で休む人が相次いでいるみたいなんです。私も、昨日ぐらいからなんだか具合が悪くて……」
 まるで決壊したダムのように、三人は口々に訴え始める。
 よほど誰かに相談したくてたまらなかったのだろう。
 呆ける天童と昌磨に彼女たちは続けた。
「変なものを見たって子もいるんです! 学校の裏手で、両腕にびっしり目がついた女の人の霊を見たって子もいて、もしかしたら私たち《こっくりさん》じゃなくて、もっと悪いものを呼び出したんじゃないかって話になって!」
「でも、お父さんもお母さんも先生も、大人は誰も信じてくれなくて……」
「二人にも初めて言うんですけど。私、この前誰かに足を掴まれたんです。……もしかして、《こっくりさん》が私をどこかに連れて行こうとしているのかも……」
「そんな――!」
「やめてよぉ!!」
 三人は泣きそうな声を出しながら、身体を寄せ合い、震えた。
 その様子は相当おびえているように見える。
 確かにそうでなくては、こんな雑居ビルの中にある胡散臭い探偵事務所になんか、助けを求めにはこないだろう。
 彼女たちの話を聞き終わると、天童は立ち上がり、事務所の奥においてある机の引き出しを探った。
 そして、一枚の札のようなものを取り出し、彼女たちに差し出す。
「どうぞ」
「これは?」
「これは霊を封じ込めるお札だよ」
「霊を封じ込める……?」
 訝しげな顔で三人は天童を見上げた。
 昌磨も疑いの眼で天童を見つめている。
『霊を封じ込める札』なんて、文字列だけで相当胡散臭い。
 四面楚歌と言っても過言ではない状況の中、天童は余裕の笑みを見せた。
「去年、君たちが通う中学校で、今回と同じように《こっくりさん》が流行ったのは知っているかな?」
「え?」
「ほら、同じ二月の上旬頃の話だよ。今回と同じように人が沢山休んだだろう?」
「そういえば、いつも元気なお兄ちゃんが、去年の冬に学校を休んだような……」
「君のお兄さんも被害者だったんだね。……あれは《こっくりさん》が流行ったからだったんだよ」
 一人の少女の発言により、途端に天童の話に真実味が増した。
 天童は口の端を引き上げたまま続ける。
「その《こっくりさん》をなんとかしたのが、このお札なんだ。使い方は簡単、このお札を君たちが《こっくりさん》で使った机の裏に貼っておけば良い。一週間ほどでみんな元気になって帰ってくるはずだ」
「それだけ?」
「それだけ」
 天童は人の良い笑みを彼女たちに向ける。
 少女たちは疑いながらも、そのお札を受け取った。
「もし、それでよくならなかったら、もう一度ここを訪ねてくれるかな? また何か対策を考えるから」
 優しい笑みに、少女たちは少し安心したようだった。
 互いに顔を見合わせ、頷きあっている。
 しかし、真ん中の少女がとあることに気がつき、視線をさまよわせた。
「……あの、実は私たち、あまりお金を持っていなくて……」
 申し訳なさげに出した財布にはお札は入っていないようだった。三人合わせても、千円ちょっとがせいぜいだろう。
 相手は中学生だ。しかも制服を着ているところからみて、学校帰りに寄っただけだろう。お金を持っていなくても仕方がない。
「それじゃ、《こっくりさん》で使った十円玉は持っているかな?」
「あ、はい……」
 右端の少女が鞄を漁り、十円玉を差し出してくる。
 天童はそれを受け取った。
「それじゃ、今回は初回ということで、対価はこれでいいよ。その代わり、もうこんな馬鹿な遊びはやらないこと。……わかったね?」
「はい」
 申し訳なさそうに返事をして、三人の少女は帰っていった。
 その手にはお札が大切そうに握られていたので、きっと明日にでも試してみる予定なのだろう。


つづき⇒【怪異収集録SS】『こっくりさん』②

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