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雲を見る時、頭に浮かぶ曲

雲を見るのが習慣になった
雲は曲線だけで構成され、そこに直線はない
網膜剥離の手術の影響で、術後、左目で見ると、直線は歪んで見えるようになった
そうなると今度は、直線を見て歪みを探すようになった

何度確認したところで、直線の歪みは元に戻らない
それを確認するたびに、網膜剥離ではないと診断した最初の医者を思い出し、それで手術が遅れ、黄斑まで剥離が及んだことを悔やむ
あの時どうするべきだったのかということを、何度も何度も頭の中で反芻する
それはいつしか瘡蓋を掻くようにやめられないことになっていた

あの時どうするべきだったのかと考えることを、自分の意思ではやめられないと自覚したので、今度は最初から直線がないものを探すようになった
家には街路樹が一面を覆う窓がある
植物に直線はない
直線があるのは、人が作った造形物だけだ
しばらくの間、その窓辺に座り、ずっと街路樹を見ていた
あの時どうすべきだったのかという思いから、自分の頭が解放されていった

以来、直線のないものを探すようになった
行き着いたのは雲だ
雲が出ると、ベランダでずっと雲を眺めることが多くなった
雲は形を変え続け、その形は見ている自分が解釈できる
穴が二つ空いているように見えたら、それを目だと見てしまう
一度、目だと認識すると、犬に見えたり猫に見えたり人に見えたりする
すると、勝手に物語が浮かんできて、それが雲の流れと共に展開する
それは自分にとって、元に戻ることはない左目のことを完全に忘れて楽しめる唯一の時間となった
そんな時、自然に頭に浮かぶ曲がある
SherbetsのGranthamだ

この曲は戦闘機から緊急脱出装置によって射出される瞬間を歌った曲だ
古今東西、いろんなことが歌にされてきたが、ここまで限定された瞬間を歌った曲は世界に一つしかない
脱出用のレバーを引いて、空が捲れる瞬間、何を想い、何を見るのか?
それを歌った曲である
こんな詩を書こうと思った時点で充分にイカれているが、このイカれた詩を世にも美しい曲に仕上げるのがSherbetsの面々である

そんな、人が創った最高の芸術作品を頭に思い浮かべながら、地球が創る最高の芸術作品である雲を眺める時間を経験すると、高層ビルから夜景を見ながら食事するというようなことがバカらしく感じてくる
そんなことにお金を使わなくても、そんなことにお金を使えないことを引け目に感じなくても、素晴らしいものは既にあり、ただ気づかないだけなのだ
自分の感じることを信じて、ただそれに従えばいい

でも、ここに行き着くにはいろんな回り道をしないといけない
Grant hamはこんな一節で終わる

`ようこそここへ やっと会えたね` 
`いろんなこと しでかしてきたね`

失敗もあっていい
Granthamを聴くと、そんな気持ちになれる


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