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乳がんについて


はじめに

 女性が気になる「がん」として乳がんと卵巣がんがあります[1]。乳がん患者の約1割は、父母、祖父母から遺伝すると言われています。10人に1人という割合が多いかどうかは、周囲を観察してみてください。参考資料[7]には、日本では遺伝性の乳がんは40人に1人程度、遺伝性の卵巣がんは10人に1人程度と記載されています。男性の場合、遺伝が原因となるのは前立腺がんであり、私の周りでは義理の兄2人が手術を受けました。

乳がんはなぜ発生するのか[1]

 乳がんの発生原因は、遺伝子、女性ホルモン、生活習慣などです。以下に、それぞれの原因について詳述します。

遺伝子起因

 「がん(悪性腫瘍)について」に書いた通り、がんは細胞内の壊れたDNA(デオキシリボ核酸)を修復するためのタンパク質が異常になることで発生します。BRCA(ビーアールシーエー)タンパク質は、DNAに生じた変化を修復するタンパク質です[2]。BRCA1またはBRCA2遺伝子に変異が生じると、DNAの修復がうまくできず、がんが発生しやすくなります。乳がんでは、このタンパク質に関連する遺伝子異常が原因とされています[2]。親がBRCA遺伝子に異常を持っている場合、その異常は子(男性を含む)に50%の確率で遺伝します[3]。男性の場合、前立腺がんのリスクが高まります。遺伝子異常(病的バリアント)を持っている方が85歳までにがんに罹患するリスクを[6]から引用して示します。乳がん、卵巣がんに対するBRCA1のバリアントのリスクはそれぞれ72.5%と65.6%です。

遺伝子に病的バリアントをもつ方が85歳までがんに罹患するリスク[6]

女性ホルモン起因

 エストロゲンが分泌されている期間が長ければ長いほど、乳がんを発症するリスクは高まると言われています。例えば、次のような方が該当すると参考資料[1]に記載されています。

  • 初潮が早い人、閉経が遅い人

  • 出産や授乳の経験がない人

  • 出産数が少ない人

  • 授乳期間が短い人

  • 長期の女性ホルモン剤を使用している人

 エストロゲンは、約6~7割の乳がん細胞に含まれる「ホルモン受容体」を活性化させる働きを持つため、エストロゲンの量が多いと乳がん細胞が増殖しやすくなります。

生活習慣起因

  過剰な脂質摂取、飲酒、喫煙、夜間勤務や夜型の生活の生活習慣が影響すると言われています。

治療薬

 ホルモン治療薬は、エストロゲンの量、またはエストロゲン受容体の発現を減少させます。
 PARP阻害薬は、異常なBRCA1またはBRCA2を持つ細胞を標的にし、塩基除去修復を妨げてがん化を止めます。
 分子標的薬のトラスツズマブは、がん細胞の表面にあるHER2という受容体(HER2タンパク質)に結合して、がん細胞の増殖を阻止する抗体治療薬です[8]。

ホルモン療法(内分泌療法)[10]

 ホルモン療法には、作用の異なる3つの方法があります。

  • 乳がん細胞内のエストロゲン受容体とエストロゲンが結び付くのを邪魔する方法

  • 体内のエストロゲンの量を減らす方法

  • エストロゲン受容体の発現を減少させる方法

 例えば、タモキシフェン(商品名 ノルバデックス)、トレミフェン(商品名 フェアストン)などの抗エストロゲン薬は、乳がん細胞内のエストロゲン受容体とエストロゲンが結び付くのを邪魔して、がん細胞死を誘導します。

 LH-RHアゴニスト:ゴセレリン(商品名 ゾラデックス)、リュープロレリン(商品名 リュープリン)は、下垂体を過剰に刺激します。過剰に刺激された下垂体は、性腺刺激ホルモンを出さなくなるため、卵巣でエストロゲンが生成されなくなります。最終的には閉経前の患者さんのエストロゲンの分泌を減らします。

PRAP阻害薬[4]

 参考資料[4]に記載があるように、PARP阻害薬には武田薬品のセジューラ、アストラゼネカのリムパーザがあります。これらの薬は保険適用されています。オラパリブ(商品名:リムパーザ[5])は2018年に卵巣がんに対して承認され、乳がんにも有用性が認められています。そのほか、PARP阻害薬には、BRCA変異に伴う機能不全で相同組換え修復欠損に至る前立腺がんなどへの有用性も考えられています。PARP阻害薬の副作用としては、消化器症状、全身症状、骨髄抑制、間質性肺炎などが挙げられます。

分子標的薬

 例えばトラスツズマブ[8,9]は、乳がん細胞中のHER2受容体に取り付き、HER2受容体に作用物質が結合するのをブロックします。その結果、細胞に増殖命令が出なくなるのです。トラスツズマブが結合することで、免疫細胞もがん細胞を認識しやすくなり、攻撃を始めます。こうして、がん細胞は生き残ることができなくなります。トラスツズマブが使われるのは、HER2受容体が強陽性の方に限られ、治療対象になる乳がんの人の20%ぐらいと言われています。
 トラスツズマブは、これまでの抗がん剤に見られたような副作用はほとんどありません。しかし、投与後数時間から24時間以内に、多くの患者さんに発熱と悪寒が見られます。最初は40%ぐらいの患者さんに起こりますが、2回目以降は5%以下と、ごく少なくなります。なぜ発熱や悪寒が起こるのか、その原因はまだわかっていません。費用が高い点が課題です。抗がん剤は半年で20万円~30万円ですが、それに比べると高価で1年間に70万~80万円もします。(この費用は保険診療の場合の3割負担費用です。高額医療補助がある場合は減額されると思われます)

 おわりに

 遺伝子異常は親から子への遺伝や、紫外線や放射線被ばく、化学物質の吸収、加齢、喫煙、ウイルス感染などが原因とされています。乳がん、卵巣がん、前立腺がん以外にもBRCA1またはBRCA2の異常が他のがんの原因となることがあります。PARP阻害薬や分子標的薬は、副作用が小さいものの高価であるため、治療法の選択には医師と相談することが重要です。本記事は特定の薬の良否を紹介するものではありません。実際の治療に関しては医師とご相談の上、進めてください。

参考資料

[1]乳がんになりやすい人|遺伝や身長、乳房の大きさは関係ある? - 人間ドックなび (docknet.jp)
[2]BRCA遺伝子の変化とは|代表的な遺伝子の変化|おしえて がんゲノム医療|中外製薬 (gan-genome.jp)
[3]BRCA遺伝子について | 遺伝性乳がん | 乳がん.jp (nyugan.jp)
[4]https://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/drugdic/article/5af8edbba3220394758b456c.html

[5]リムパーザ錠100mg - 添付文書 | MEDLEY(メドレー)
[6]10万人以上を対象としたBRCA1/2遺伝子の14がん種を横断的解析|国立がん研究センター (ncc.go.jp)
[7]総論1.遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)の概要 | 遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)診療ガイドライン 2021年版 (johboc.jp)   BRCA1/2遺伝子、その他専門家向け総論
[8]分子標的薬(トラスツズマブ〔抗HER2ヒト化モノクローナル抗体〕) - 解説(効能効果・副作用・薬理作用など) | MEDLEY(メドレー)
[9]分子標的治療薬とは | 乳がんについて (tokyo-breast-clinic.jp)
[10]Q16 乳がん治療に使われる薬剤にはどのようなものがありますか | ガイドライン目次 | 患者さんのための乳がん診療ガイドライン2023年版 (xsrv.jp)




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