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素敵な靴は、素敵な場所へ連れていってくれる。 22

 それが、有美とっては、気が楽だったし, 多分拓海もそう感じているのだろう。
「で、決まったの? 今度の舞台の出演者は・・・・」
珍しく、突っ込んで聞いてくる有美に、興味を持ったのか、拓海はいつもより、少し饒舌だ。
「うーん、まだ決めてはないけど、凡そは、めどがついたね。」
「劇作家って、作品を描き上げたら、それで終わりだと思ってた。」
「大きいとこは、そうかもしれないけど、うちのような所はなんでもしないとね。」
「へぇ、それで何人ぐらい、それを受けに来たの?」
「男女合わせて、三十人くらいかな・・・・、けどさ、今回の舞台は、去年僕が書き上げた作品の中では一番の自信作なんだ、内容も、結構評判いいんだよ、それを聞きつけてなのか、ワークショップの応募も多かったんだ。」
 
 有美は、ふと拓海の目をみて、思い出した事があった、そうだ、このまっすぐ前を見たときの彼の瞳の輝き、有美へ向けた力強いような視線。
 そうだった、この輝くような瞳だった。
有美が拓海を支えようと思ったのは、あの時、そう二年前、拓海が初めて、ここへ転がるようにやって来た時、この青年はいつもこんな目をして、有美に自分の夢を語っていた。
 後から考えると、それは子供じみたものだったかもしれない、けれどあの時、有美は、確かにこの瞳を信じていたのだと確信した。
 拓海は、そこまで言うと、飲み干した缶ビールを、ぎゆぅと手で押しつぶした。 
 有美は、もうこれ以上の事は、興味がないといわんばかりに、上手くいくといいね、と言うと、食べ終えた食器を片付け出した。
 拓海は、うんと言って、冷蔵庫からもう一本ビールを取り出すと、おいしそうに飲みだす、有美が食器を洗いながら、振り返りざま再び拓海を見ると、あの視線はもうすでに失われていて、いつもの拓海に戻っていた。
 
 
 有美が7階の、大津のもとで仕事を始めて暫くしたころ、夏休みを終えた社員たちが、少しずつ戻り始めてきた。
 初めは、皆一様に、有美の存在に驚いたりしたのだが、大津から事情を聴いているのか、すぐに打ち解けた雰囲気になった。中には、以前から有美の顔見知りもいて、逆に大変だったねと憐憫の情を寄せる人もいた。
 有美自身も、時々階下に降りて、元いた自分のデスクから資料を取ったり、時には作成たファイルを依田へ送ったりしているのだが、依田は有美に対しても、送った資料に対しても
何も言わなくなった。
「あれから、ほんと、静かになったよ」
 廊下で偶然、紗季に会った時、彼女が小声でそうささやいた。
 やや無理やりな口実を付けてまで、半ば強引に、有美を「異動」させた、大津の機転の速さに、有美は今になって感嘆した。
 いずれにして、いろいろな意味を含めて、一度ぜひ大津に真意を直接聞いてみたいと有美は思った。


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今宵も、最後までお読みいただきありがとうございました。

この物語を書いていて、はじめて「ワークショップ」って言葉、勉強しました。



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