詩小説『引越物語』⑰菜摘とおうちへ帰ろう
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🩷ふうちゃんさん、いつもイラストを使わせていただきありがとうございます。
菜摘が何度もかけ直すが、兄の正雄は電話に出なかった。それは正雄が自宅にスマホを置き忘れていたからだ。最近とみに忘れ物が増えている。
未希は凪に電話し、今夜のことを頼み込んでいる。
「凪ちゃん一生のお願い!うちのアルバイトの女の子を一晩泊めてくれない?」
「みーちゃんが、凪ちゃんとか言うときは怪しいから!麻美ちゃんを泊めるのは構わないんだけど、なっちゃんが帰ってこなくて困ってるの。」
「あーごめんごめん。うちのレストランにいるのよ。代わろうか。」
「なーんだ。それならいいや。連絡して欲しかったけどね。ま、その女の子が一緒なら、なっちゃんも帰ってくるでしょ。」
菜摘は張り切って、アルバイトの麻美を我が家に連れて行った。
二人で手を繋いで歩く。
麻美は手を差し出してきた菜摘に最初こそ驚いたが、すぐにその明るさに感謝した。
まただ…。胸が痛い。
大学のゼミで、教授や同級生から何が言いたいのか分からないと嫌味ばかり言われ、バイト先でも底意地の悪い客からしょっちゅう絡まれて…。
あのおじさん、最初は優しくて結構好きだったんだけどな。
世の中甘くない。
ちくちく言葉ばかり。
なんなんだ。
夕陽が川面を照らしている。
「せっかくキラキラやのに、なんで見んが?」
「えっ?ごめんなさい。悩み事が多くて景色を見る余裕がなくて。」
「ふーん…。悩むと解決する?ストーカーとかもなくなる?」
「なくなるなんてことはないけど…。考えたって無駄だけど、頭から離れてくれないの。」
菜摘は、マリオに習ったイタリアの歌を歌ってご機嫌だった。
未希は、親の代からのレストランを18店舗まで増やし大成功している。朝ドラ効果で観光客が増えグループ全体としてはかなり好景気に沸いていた。しかし、一号店だけは厳しい経営を強いられていた。
一号店が建てられたのが25年前。あれから、周囲の環境も随分と変わってしまった。
売上が落ちた店舗があれば、必ず自分で現場に立ち、解決策を練る。それが未希のビジネス道だ。アルバイトやパートの人と同じ業務を2週間。苦楽の苦を味わってから、自分が気がついた改善案を全スタッフに提示するようにしていた。
実際にフロアで働いてみなければ、店舗側の問題点も、客の悪意も見えないからだ。
オーナーかどうかなんて、客には関係のないことだ。パートさんと同じ制服とエプロンを着ていることから、横柄な客から理不尽なことを言われることも少なくなかった。未希は、何年も働き続けてくれているスタッフみんなを不幸にしていたのではないか、もっといい環境で働いてもらわなければと思った。
パパとママの大事な一号店。
絶対なくしたくない。でも……。
マナーの悪い客が増え、働くスタッフも疲弊して、すっかり陰気な店になってしまっていた。
両親が二人だけで切り盛りしていた頃は、あんなに明るいレストランだったのに。
未希が店長を叱責し、立て直そうとすればするほど売上は落ち込んだ。
この店はもう駄目だ。
一号店は諦めよう。
パパ、ママ、こんな娘でごめんなさい。
最初で最後のつもりで、スタッフ全員とカンボジアへ行った。未希からの感謝とお詫びの旅行だった。
次回はどうなるのか‼️
前回のお話です🍽️
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