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「存在価値」だけで生きていけたなら

相変わらず
マスクをして働く店員さんに
憐れみを感じる。

マスクをして
顔を隠すのは
関係性の拒絶と感じてしまうのは
本能なのか、習慣なのかは
よくわからないけど。

風邪をひいていて、
もしくは何らかの病いを患っていて
本来は、家で大人しくしていることが
最適なんだけど
そういうわけにもいかないので、
マスクして外出。
マスクの下の顔は
かろうじてお部屋の中です。

という感じがする。

******

そしてもし、
僕が何らかのお店で
従業員として働くなら、
きっとマスクをしておいた方が
楽だろうな。

なんて想った。

業務に従う一員になるのが
「従業員」だ。

お客様と個人的な関係を
結ぶわけでもないし、
与えられた業務に従って
身体を動かし、
従った対価として
賃金を得る。

*******

僕は最初に「憐れむ」
と言ったけど、
決して他人事ではない。

今はそういった「従業員」になることを
拒絶しているが、
そうもいかなくなる経済状況に陥ることは
誰よりも可能性としてある。

「可能性」というより、
一般的な見方からすると、
「働けよ!」と言われる年収です。

それでも
お金に従わされるのが嫌で、
いわゆる「ちゃんとした大人」から
ドロップアウトして、
「情けない」とされてきた
親の財産の脛をかじることを受け入れ、
「収入」に依って仕事を選ばず、
「自分の人生に必要」と
信じることに決めたことを
している暮らし。

どんどんそちら
「憐れな従業員」に
ならざる得なくなる。

そんな日へ、
一刻一刻と追い詰められている
実感があります。

******

多くの人が
そうやって、
マスクして、「従業員」をやって、
現実を誇り持って生きているとは
想います。

僕も誇り持って生きているんだから、
同じくらい
皆さんの人生を尊重できます。

ならば、
どうして誇りも奪われ、
憐れに「従業員」を
しなくてはならない立場に
いる人が生まれるのか・・・。

もし本当に
そんな人がいるとしたら、
なぜ、
そんな人がいない世の中に
できないのか?

******

僕は、
僕以外の人の人生を
本当に知ることはできない。

僕は、
僕の人生の本質を
どこまでも探ることができる。

それは「僕」のことだから。

「僕自身」を探ることは
一番身近な意識なので
一番本当は簡単なはずだ。

それを「難しい」と
言ってしまう。

「難しい」と言ったら、
一番身近な意識のことなので
「難しい現実」が
出来上がってしまう。

******

他人のことはわからない。

唯、僕は「僕」を通して
感じることが出来る。

正直な感覚を
知覚することが出来る。

様々な、選び取った
アイデンティティというフィルターにも
自覚して知覚する。

******

僕にとって、
「憐れな人」「誇り持った人」
「辛く見える人」「楽しく見える人」
様々な人がいる。

僕自身が
憐れで、辛い人生にならないように
憐れで、辛い人生を知覚する。

もうあそこには
立ち入らないように。

そんな時もあった。

そこに居れた時もあった。

それは「経験する」という
好奇心があったから。

もうあそこには戻らない。

僕が戻ることはない。

それだったら
「乞食」という
新しい経験を選ぶと想う。

で、
食を乞う、金銭を乞うくらいだったら
自分で賄える、
田畑や、人間関係を
構築していこうと想う。

そんな「社会」を創る
一員になれたらと想う。

******

そして
それに関係があるような、ないような。
なんだけど、
僕はやっぱり、
音を奏で、詩を唄い、
いつでもどこでも踊っていられる人で
存在していたいと想う。

それが僕にとっての
理想の社会にいる一員の活動になると
想っているから。

******

今、僕は
違法か合法か知らんけど、
親の財産で、
様々な強要される支払いは
賄えている。

だから、
CD売ったり、ダウンロードしてもらったり、
サブスクのファンクラブを作ったり、
有料noteにしたりして
小銭を稼いだり、
恵んでもらう必要が、
本当は、ない。

なんとかマネタイズするための
ブランディングデザインに
労力を注がなくてもいいのだ。

僕にデザイナーとかプランナーとかの
仕事をする資質はない!
弱い。

******

さぁ、
次の作品創りに移ろう。

こんな僕でも、
一応、プランというか、
ビジョンはある。

今は、
「マネタイズ」とか「認知度」を上げるとか、
そんな悩みパワーに相殺されないようにして、
全力で、
持っている曲や詩をカタチにしよう。

いつか、もしかしたら、
レジ打ちや、ごみ収集の仕事を
マスクして、せざるを得ない状況に
陥った時、
乞食をせざるを得なくなった時、
これらの詩を、
「財」に出来ればいいな。
と想っている。

何らかの従業員になって、
もしくは今後「個人事業主」
と呼ばれるかもしれないけど、
社会の仕組みに従って、
その時代に従うスキルを
磨かざるを得なくなった時、
少しでも、
「僕の人生でしかならないこと」で
身を立てられたらいいな。

なんて想い描いているから。

どこぞの興味ない
「商品管理」のスキルを
身につける時間使うくらいなら
少しでも自分の人生に
労力を注げるように。

そして、
こんな「音楽」に
経済的価値が付かなくなって来た今、
「存在価値」だけで
生きていける世の中になれば・・・

と、漠然と想い描いています。

******

何度も言いますが、
マスクして従業員している皆さんを
さげずんだり、見下したり、
否定しているわけではありません。

人生にも、時代にも、
様々なステージ、段階があるものだと
思っています。

上がるとか、下がるとかでもありません。

共に生きている。

そして、共に僕らは
変化している。

それぞれの「詩」を響かせて、
響かせ合って、
「今」という流れに乗った舟。

舵を切っていけたらと
願っています。


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