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表に現された世界で

「価値のあるものしか生き残れない。」

消費税やインボイスの導入で、
政府は表向きの方針としても
このようなことを感じる指針である。

実際、デービッド・アトキンソン氏も
そのようなこと言ってたし。

正確に言えば
「そんなことは言っていない」
と返されそうだけど、
現実がやっぱり
そうなってきている感じがする。

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多様な買い物ができなくなった。
一消費者としても、そう感じる。

個人経営のお店が無くなり、
チェーン展開しているお店ばかりが
目に付く。

確かに「いつものお店」
の品揃えをしているお店での
買い物はしやすい。

支払いの仕方も
多種多様・・・というか、
それぞれの決算大手企業に
統合されてきているもんだから
この数年で覚えた「それ」で決算する
大手小売店に馴染んでしまった。

旅をしても、
けっきょく馴染みのある
チェーン店で消費活動をしてしまうのは
僕の理念の無さなのだろうか?

どこへ行っても
似たような街の風景に
感じて、
あまり何処かへ行く
モチベーションが無くなってしまった。

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僕が大切にしている
「音楽」に関してはどうなんだろう?

僕が多感に過ごした10代は
「バンドブーム」と呼ばれ、
ギター、ベース、ドラムで
ロックバンドをしている人が多かった。

有象無象、魑魅魍魎だった。

たくさんの名前を付けて
勝手に活動している「バンド」を
チェックしては、
それが僕の人生に見合うものなのか
品定めしている10代だった。

僕にとって、価値ある音楽は
やっぱり一握りで、
あとは僕にとって、
クズみたいな音楽ばかりだった。

でも、僕が内心評価して、気に入って、
いつでもどこでもウォークマンで
聴いていた音楽は
決して、
大多数に評価されている音楽では
なかった。

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いろんな人が
存在できたんだと想う。

そして価値の無いものも
たくさん存在していた。

むしろ害になるものも
たくさん存在してきた。

ドラッグ、ヤクザ、乞食、
カネになることをして一儲けしようとする
理念のない人々、
戦争、そして
戦争に反対する人々・・・。

今もあまり変わらない?

ただきっと、
今ほどの経済格差は
なかったんじゃないかな?

まぁ、そもそも
天文学的に稼いでいる人と
少なくとも金銭的な分野で
お会いしたことはないんだけど。

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お金、経済的な側面は置いておいて、
音楽活動としてはどうなんだろう?

昔と比べてどうなった?

多分・・・
もっと前の時代に
僕が今の年齢になっていたら
もっとキツかったと想う。

「いい歳して
稼ぎのない音楽ばかりやって
いいかげん
定職に就いたらどうだ?」

社会の落伍者の烙印が
刻まれていたことでしょう。

う〜ん、それでも
そんな価値のない人でも、
居れたのか?
居れなかったのか?

そのタラレバの真実は
わからないね。
現実は今の一つしかないから。

でも、こんな文章力が
(出版社という大企業が創り出した
社会の規定より)
だいぶ劣った僕の言葉の垂れ流しが
インターネットを通して、
発信は出来るのだから、
昔より格段に
多様な存在が存在できる社会に
なっているのかもしれないとも想う。

そこに「経済的成功」を
「価値」と定めてしまうと、
「価値あるものしか生きていけない社会」
に辿り着こうとしている感じがする。

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僕らは生きている。

実権、外枠、ハード、インフラは
経済価値に握られているかもしれない。

それでも生きているのは「僕ら」だ!

使うお金が無くなれば、
使う必要なものを
創ればいい。

少なくとも
その根源的な「智慧」を
侵されないように在りたい。

昔の社会がどうで、
今の社会がどうであれ、
その時代を創っているのは
その時代の「今」に居る
僕たちです。

「僕」です。

創って、拓いていきましょう。

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