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平野啓一郎|小説『マチネの終わりに』後編

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平野啓一郎のロングセラー恋愛小説『マチネの終わりに』全編公開!たった三度出会った人が、誰よりも深く愛した人だった―― 天才ギタリスト・蒔野聡史、国際ジャーナリスト・小峰洋子。四十… もっと読む
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#最終章

『マチネの終わりに』最終章へ

こんにちは。 長らくお楽しみいただいてました『マチネの終わりに』も、いよいよ最終章です!…

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『マチネの終わりに』第九章(2)

 蒔野は、生まれてきた子供のか弱い健康に強く心を打たれた。  自分たちが世話をしなければ…

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『マチネの終わりに』第九章(3)

 ようやく寝ついた我が子の寝顔を見ながら、この子には、両親が真に愛し合って生まれてきたの…

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『マチネの終わりに』第九章(4)

 四月初旬には、三年弱ぶりとなるリサイタルが横浜で予定されており、決行か中止かの判断を巡…

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『マチネの終わりに』第九章(5)

 復帰リサイタルが、こうした状況であったことは、蒔野の感情を複雑に高揚させた。固より克服…

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『マチネの終わりに』第九章(6)

 ドイツの人口を半減させたとも言われるその凄惨な戦争後に、バッハの音楽が生まれた必然性を…

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『マチネの終わりに』第九章(7)

 洋子は、東日本大震災をジュネーヴで知った。すぐに日本支部のスタッフは固より、長崎の母親や東京の知人とも連絡を取ったが、直接の被害に遭った者はなかった。  洋子の母親は、震災後、二月を経た頃から足繁く東北にボランティアに通った。洋子自身は、日本語の報道に偏りを感じて、生まれて初めて匿名でブログを立ち上げ、英語、フランス語、ドイツ語の新聞やテレビのニュースの中から、有益であると思われるものを選んで翻訳していった。著作権を侵害していることは知っていたが、非常時なので、クレームが

『マチネの終わりに』第九章(8)

 普段は震災関連の記事ばかりなので、些か唐突で、一体どういう人なのだろうと話題になった。…

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『マチネの終わりに』第九章(9)

【あらすじ】蒔野(まきの)は妻の早苗から偽メールの件を告白されたが、いとしい娘が誕生した…

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『マチネの終わりに』第九章(10)

 洋子の人生も、もう随分と先へと進んでいるのだと蒔野は思った。彼女の存在が、震災後の自分…

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『マチネの終わりに』第九章(11)

 会いたいというその気持ちは、早苗と優希との生活の中で彼に罪悪感を抱かせた。彼はとりわけ…

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『マチネの終わりに』第九章(12)

 そうしてようやくCDを再生した彼女は、自分を酷く浅はかに感じた。  洋子は、自分がかつ…

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『マチネの終わりに』第九章(13)

 洋子は、自宅のしんと静まり返った部屋で化粧をしながら、その朝、鏡の中の自分を見つめてい…

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『マチネの終わりに』第九章(14)

 蒔野は、ここNYでも聴衆の心を掴んだのだと彼女は感じた。そして、コーヒーカップを皿に戻そうとして、自分の手が、目で見てはわからないほど微かに震えている音を聞いた。蒔野の演奏については、ただ、素晴らしいという言葉しか思いつかなかった。今日ここに来るまで、彼女はずっと、あの五年前の彼の記憶を大切に保管してきたのだったが、彼自身は、もうとっくに、自分の手の届かない世界へと離れていってしまっていた。彼を遠くに感じ、自分を何ら特別でない一人の聴衆に過ぎないのだと自覚した。それは彼女の