『マチネの終わりに』第九章(14)
蒔野は、ここNYでも聴衆の心を掴んだのだと彼女は感じた。そして、コーヒーカップを皿に戻そうとして、自分の手が、目で見てはわからないほど微かに震えている音を聞いた。蒔野の演奏については、ただ、素晴らしいという言葉しか思いつかなかった。今日ここに来るまで、彼女はずっと、あの五年前の彼の記憶を大切に保管してきたのだったが、彼自身は、もうとっくに、自分の手の届かない世界へと離れていってしまっていた。彼を遠くに感じ、自分を何ら特別でない一人の聴衆に過ぎないのだと自覚した。それは彼女の