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見慣れた電柱のシミが人に見えて、いつもいい感じがしなかった。その角を曲がればもう家だ。日も暮れかかっているし、とにかく、早く家に帰りたくて早歩きをした。今朝、電柱の後ろの塀に見つけたアイアイ傘の落書きが、まだそこにあった。

角を曲がるとすぐ、道の脇の黒い塊が目に留まった。若者が地面にしゃがみ込んでいるらしい。暗くなってきたのでよく見えないが、声からして男の子だ。物騒なので静かに通り過ぎようとした。すると足音に気がついたのか、振り返った若者の中の一人が

「先生!」

と声をかけてきた。見覚えのある顔だった。そうだ彼ら、去年まで教えていた生徒たちだ。男子の割合が圧倒的に多かった、元気のいい明るいクラスだった。

「猫を買うたんよ。」

そう言う黒いダウンジャケットの腕の隙間から、白い毛玉が覗いた。
各々が抱えていて三匹いた。白に薄茶模様の猫が二匹と、トラ猫。
あまりの小ささに、わたしは思わず近寄った。

「はい、先生。」

そう言って、一人がわたしの手に一匹の猫を乗せた。
片目が潰れていた。
他の二匹も、前足の片方が短かい、顔に傷がある。
買ったというより、売りつけられたのではないかと思った。
いくらで買ったのだろうか。
決して優等生ではなかった。
中には停学処分をくらう、やんちゃ者もいた。
でも根は優しい子達だ。放っておけなかったのではないだろうか。

「かわいいなぁ。大事にし。」

そう言ってわたしは、子猫を返した。
彼らは猫を受け取ると、この世のすべての中で一番といった感じで、また腕の中に包み込んだ。黒い塊はそこに座り込んだまま、片手をあげた。

「先生、また。」

家に帰ってベランダから覗いたら、彼らは立ち上がり尻の砂をはたいているところだった。一人は、自転車の前かごに自分の上着を詰め、その中に子猫を入れた。あとの二人は黒いダウンジャケットの前を開けると胸のところに子猫を入れ、停めていたバイクに二人して跨った。そして騒音を撒き散らしながら、まだ明るい街の方へと消えていった。ノーヘルだった。



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