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【読書記録】しろいろの街の、その骨の体温の 村田沙耶香

人間の心の、書きたくない、触れたら壊れそうで書けない部分
村田沙耶香さんの文章は、それを無防備に、全身で突き付けてくる

最初に著者の本を読んだのは「コンビニ人間」だった。
極限に煮詰まった状態における人間心理のリアリティ、また、それを通して晒しあげる、人が抱えている醜さやどうしようもなさが衝撃的だった。

私はこの主人公のように強烈なスクールカーストを経験したことはない。同じ状況に置かれても、衝動をあんな形で爆発させたりはしないだろう。でも、行動に移さないでも心の内には、この主人公的な、“常識”からすれば危険な感情があって、その衝動を抑えて常識人でいる。そんな気がしている。

村田沙耶香さんは、この、私の心の中の行動に移さずこっそり棄却している部分を、純粋な結晶として取り出して文章にしてしまう。


以下ネタバレ含みます


物語は、主人公の結佳が小学生の時から始まる。
少し大人びた感性を持つ結佳は、友人に幼さを感じたり、ミーハーに開発を続ける街にうんざりしたりする。小学生のうちにも、大人びた人へはあこがれて尊敬し、幼く見える人へは見下すような風潮は存在する。格付け社会の中で結佳はいわば ”上位” の存在だと感じていた。

そんな中、純粋な言葉を投げかかる伊吹が気になるようになる。しかし同い年ながら幼い伊吹に、対等に好意を示すはずもない。結佳の好意の形は、上位者として支配することとして表された。

中学校に上がると状況は一変する

小学校の仲良し三人組の中では大人びていたにも関わらず、中学のスクールカーストの中では上位の女子にへつらわざるを得ない。更には、伊吹もそのスクールカーストの中で格付けされているようだ。

本当は自分のおもちゃなのに。
歪んだ接し方をする結佳に対し、伊吹は正直な付き合いを求める。

「ちゃんと付き合おうよ、谷沢」
伊吹の熱い指に包まれた手首が焼け落ちそうだった。私はむずかる子供のように腕を揺すった。
「そんなことできるはずないじゃん。伊吹のそういうところが、大っ嫌い」
私は伊吹をつきとばすようにして、やっとその手を振り払った。
「おれは、谷沢のそういうところが嫌い」
夜の中で、伊吹がこちらを見つめているのが見えた。

好意はあるけれど、それより遥かに自分の未熟が晒されることが怖い。その一方で欲情は募っていく。歪んだ形で爆発する。

矛盾を抱えたままの結佳の時間は止まったまま

「子供じゃないよ。おれの気持ちなのに、なんで谷沢が決めるの。ちゃんと聞こうともしてない」

何度も何度も根気強く手を差し伸べてくれる伊吹の優しさを、結佳は受け取ることができない

受け入れて、幸せになって欲しいと思ってしまう

でも、容易にそれを受け取ることはできないのだろう。それは大人びているという自分のプライドを諦めることだし、馬鹿にして関わらなかった人たちと同じ土俵で向き合うことだから

でも最後に、著者は読者に諦めのような光を差し向けてくれる

結佳は伊吹や信子に真っすぐ目を向ける。読んでいる私がこの本を通じて弱さに目を向けることのように感じた。他人と正直に向き合い、自分の評価軸をしっかり持って生きる道。それを、結佳は「美しい」という言葉で表している。

私の言葉が、光に満ちた白い世界の空気を振るわせていく。その振動で、誰かに触れること。私がずっとやってこなかったその行為を、信子ちゃんほど鮮やかにやって見せる人は他にいなかった。
 信子ちゃんこそ、この街で一番美しい存在だ。

街を肯定して明るさに目を向けたことで、しろいろの街は再び発展していく

明るさに傷つけられることを受け入れて諦めて、したたかに時間を進める

色々な人が、色々な感情や衝動を抱えたり或いはさらけ出しながら強かに生活していること。この本が届けてくれた、そんな考えを持ちながら見る世界には、醜さや美しさが溢れていると感じる。誰も醜くはなりたくないし、中々美しくもなれないらしい。

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