朴の木のふもとで

大きな樹木の下に、シャガの花が一面に咲いていました。白いひらひらとしたシャガの花弁をみて、とくんと心を射抜かれた女の子が一人ありました。

「なんて美しいのでしょう。それにとってもかわいらしいわ。私、あんな風なスカートを履いて、可憐な女の子でいたいわ。」

女の子が思わず小さな声でそう呟くと、風がぶわっと吹いて辺り一面が桜吹雪に包まれました。風が去り、気づくと女の子はとても小さくなっていました。そして女の子が体にまとっているものは、シャガの花にそっくりの可憐なワンピースなのでした。

「まあ!なんて素敵なのでしょう。私、夢を見ているのかしら。」

女の子は浮き立つ心を押さえることなく、感嘆の声をあげました。女の子はそっと右足を前に出すと、ワンピースの裾がふわふわ揺れました。

「わあ、軽いわ!」

女の子はくるくる踊るように走り始めました。シャガの花々の上を渡り渡って、苔むした斜面に来ると、花から花へと飛んで回ります。淡い紫色をしたショカツサイの花々から丸っこくて可愛らしい黄色のキンポウゲの花々へ、小さなヘビイチゴの花々から淡い紫色の顔がぴょこぴょこ飛び出たタツナミソウヘ。

そこまで来ると、女の子は再びうっとりしてしまいました。見たこともないほどの広い原っぱに、薄紫のサギゴケが一面に広がっていたのです。女の子はあんまり心を動かされたので、何も言葉が出ずに、しばらくただただ見つめていました。長い時間が経ちました。

(私、サギゴケのお布団に包まれて眠りたいわ。)

女の子がそう思った瞬間、女の子はもっと小さくなりました。いつの間にか眠っていたようで、目が覚めるとそこはサギゴケの花びらの上でした。女の子は少し喉が渇いたのを感じました。隣ではナナホシテントウがタンポポの蜜を吸っています。女の子もそれに習ってサギゴケの蜜を吸いました。この世のものとは思えないほど甘くて思わず恍惚としてしまう味でした。

また風が立ちました。女の子は風に乗り、桜の花びらと共に宙を舞いました。とても愉快な気持ちでした。穏やかで朗らかな心持ちで、いつまでも舞っていたい、と女の子は思いました。

女の子は風に乗ってさらに舞い上がり、青い空に向かって伸びる木の枝の先に止まりました。そこには柔らかい黄緑色をした新芽がありました。女の子はその新芽にくるまり、肌に風を感じ、耳をすませました。近くの川のせせらぎが聞こえます。野鳥がさえずっています。女の子はそこから道端の野花を思いました。薄紫や紫や白色をしたスミレやなんともいえない茶緑色のワラビ、おちゃめにくるんと伸びたウラジロの芽、土を突き破ったタケノコの先を思いました。

女の子は風でした。いつまでも、山々を吹き抜ける風となりました。私はずっと風だったんだ、と女の子は思いました。穏やかで満ち足りた平らかな心持ちでした。

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