見出し画像

公的支援が子どもを助け、育てる 児童養護施設出身者に聞いてみた

「児童養護施設」という場所をご存知でしょうか。もしかしたら「はじめて聞いた」という方や「名称を聞いたことはあるけれど、どういう場所なのかよく知らない」という方が多いかもしれません。

児童養護施設とは、保護者と死別したり保護者から虐待を受けたりなどさまざまな理由で保護者と一緒に暮らせない子どもたちが日常生活を送っている場所です。

今回、4歳~6歳と14歳~17歳までを児童養護施設で暮らした経歴を持つりゅうさん(29歳)にお話をうかがいました。

画像1

りゅうさんと私の出会いはTwitter。私が次のようなツイートをしたところ、快諾のお返事を寄せてくださいました。


ある日とつぜん父親が逮捕された

黒木:まずりゅうさんご自身のことについて教えていただけますか。

りゅう:親が刑務所に入っていたりして、4歳から6歳まで児童養護施設に入ったり出たりを繰り返していました。当時はけっこう施設の治安が悪くて、上級生の下級生いじめなどが当たり前にありました。未就学児の僕ですら小学生のお兄さんに嫌がらせをされたりしていました。

黒木:児童養護施設ではよくあることなのでしょうか。

りゅう:集団生活ならではの子ども同士のトラブルはどうしても発生します。児童養護施設は特にさまざまな背景を持った子がいますから、それぞれが持つ思いもさまざまです。踏んじゃいけない地雷のようなものがどこにあるか分からなかったりします。学校のように授業が終われば解散というわけでもない。でも僕はそれも含めてよかったというか今につながっていると思っています。子ども関係の仕事だということもありますし、教室長という立場でほかの社員やアルバイトの人のマネジメントをしているので、相手の気持ちを考えたり相手の視点に立って考えることを集団生活の中で身につけることができました。

黒木:児童養護施設に入ることで選択肢の少なさを感じることはありましたか。

りゅう:集団生活なので、ある程度の制限の中での選択肢しかありません。たとえばお出かけ先も自分の好きな場所が選べるわけじゃなかったりします。門限もありますし、当時はゲーム機も全員が買ってもらえるわけではありませんでした。でも児童養護施設に入っていないお子さんでも厳しいご家庭で育てられている人はいます。施設にいるということが言い訳にしやすいというか、何か自分がうまくいかなかったときなどにそのせいにしやすくて甘えちゃう部分はあるなと感じています。むしろ経済的な理由で選択肢が少ない家庭よりは全然いろんなことを体験できると思います。僕は祖母と暮らしているときは遠出なんてできなかったですし。施設にいた時の方がお出かけのイベントはたくさんありました。

児童相談所の職員さんが親身になってくれた

黒木:お話をうかがっていて、りゅうさんは児童養護施設で育ったことをハンデに思っておらず、むしろすごくポジティブに捉えているように私は感じます。何かいい出会いがあったのかなと勝手に感じていますが、これまで生きてこられて印象的な出会いはありますか。

りゅう:そうですね。児童相談所の担当の方がすごく親身になってくれました。小学2年生から中学2年生までは兄弟3人で祖母と一緒に暮らしていたのですが、中学3年生のときに再び児童養護施設に入ることになったんです。兄弟はすんなり児童養護施設に入ったのですが、僕は思春期だったのもあり入るのが嫌で、児童相談所の一時保護所(※1)から何度も抜け出していました。

※1 一時保護所:児童相談所に付設されている、保護が必要な子どもを一時的に保護するための施設。りゅうさんと兄弟は児童養護施設に入る前にここにいた。

りゅう:僕は担当職員さんのことを完全に信用してはいなかったけれど、特別反抗的な態度を取ったりしていたわけでもなかったんです。でも、どうしても嫌で何度もそこから抜け出していて。その度に「まあ気持ちは分かるけどな、でもな」と諭しながら寄り添いながら接してくれていました。それでも僕は「うん、分かった。ありがとう」と言いながらその翌日にすぐ抜け出すということを繰り返していて。

黒木:そこまでして抜け出したかったのは何か理由があったのでしょうか。

りゅう:一つは自由を奪われたくなかったということがあります。祖母と暮らしていて、口うるさい親もいなかったので門限もなく宿題をやれとも言われない環境を気に入っていました。もう一つは、なんとなくだと思います(笑)社会や大人へのプチ反抗、「家なき子な俺かっこいい」という気持ちなどがあったと思います。はじめて一時保護所に行ったときの担当職員と合わなかったというのもありますね。職員さんと言い合いをしたときに「出ていきたいなら出てけ!」と言われたのが最初の脱出でした。

黒木:合わない職員さんもいらしたんですね。

りゅう:そうですね。もう次抜け出したら児童養護施設ではなく児童自立支援施設(※2)に行かないといけなくなるというときに「このままじゃ兄弟と同じところに行けなくなるよ」と言われていて、それでも抜け出したんですよ。その人が「信じるぞ」と泣いてくれていたのに。

※2 児童自立支援施設:犯罪などの不良行為をしたりするおそれがある児童や、家庭環境等から生活指導を要する児童を入所または通所させ、必要な指導を行って自立を支援する児童福祉施設(Wikipediaより)。

りゅう:それが最後の脱出で、1年近く抜け出していました。その間は友だちの家とか、夜の街で出会った人の家とかを転々としていて、万引きしたり無賃乗車をしたり、喧嘩や揉め事に巻き込まれたりもしていました。

黒木:大変でしたね。

りゅう:結局つかまって、児童養護施設には行けない状況になったときに児童相談所の方が頑張ってくださって。「この子にとって今後の事を考えると一旦鑑別所に入って、そこで反省させた上で兄弟がいる児童養護施設に入った方が、ちゃんとした教育も受けられてちゃんとした生活を取り戻せるから」とものすごく頑張ってくれて。僕は「児童自立支援施設に行ってもいいや」と思っていたんですけど、その人が「児童自立支援施設に入って厳しい生活を送るということが子どもの非行を正せるわけではない」「我慢させるだけでなく兄弟が近くにいる環境の方が彼にとっていい」と言ってくれていました。僕はそれが嬉しいというよりかはすごく納得感があったんですよね。 

黒木:納得感、ですか。

りゅう:はい。逃亡中に出会った少年院や刑務所に入ったことがある大人たちが立派な人に戻っているかといったらそうじゃないし。 自分の親も含めてですね(笑)「確かにな」と子どもながらに感じられたというか。その人は鑑別所にも何回も面会に来てくれて、さすがにもう裏切れないなと。人として信用したというよりは、その人が仕事を全うして向き合ってくれていたっていうものを、僕のわがままで邪魔してはいけないなという気持ちになって。

黒木:わがまま、と感じられたんですね。

りゅう:児童養護施設とか役所とかって人が見えなくて組織というものにスポットを当てちゃいがちですよね。僕もなんとなく「児童相談所の人」という風に見てたんだけど、 その時からその人のことを「山下さん」という風に見れるようになりました。それがまず施設に行ってみようと思ったきっかけです。

黒木:山下さん、すごいですね…。

児童養護施設の職員さんがすごくおもしろい人だった

黒木:児童養護施設ではどうでしたか。

りゅう:児童養護施設では担当の職員さんがとてもおもしろい人でたくさん笑わせてくれたんですよ。 その人は高校に入ってすぐ中退しちゃって、 留年はダサいから嫌だなという理由で、アメリカの高校が10月スタートだったから英語もわからないのにアメリカに留学したらしくて。アメリカの高校に行って日本の大学に行って児童養護施設の職員になったという人でした。アメリカでの話もすごくおもしろくて。 日本人は武術ができると思われているから、抗争的な喧嘩があると呼び出されると。「お前頼むよ」と言われて、ちょっとそれっぽい構えをとると相手がビビッてくれるみたいな(笑)

黒木:あはは(笑)

りゅう:ちょっと非行に走りかけていた少年が好きそうなおもしろい話をたくさんしてくれていて。 「あ、おもしろいじゃん」と思えました。 英語もできないけど留年ダサいからアメリカ行ったという話も「あ、こんなこともできるんだ」と。 たまにテレビでそういう話を聞くけど身近な人でそういうチャレンジングな行動を起こしている人を見ていると、自分もなんとかなりそうだなあと思って。 いろいろやってみてダメだったらどうにかなるでしょと思えました。あと親があんなでも生きていられるっていう(笑)

親と適度な距離感があり依存関係がなかった

黒木:現在はご両親との交流はあるのでしょうか。

りゅう:あります。普通です(笑)僕は親に対してすごくフラットですね。僕は虐待とかをされたわけではないので、恨むということもなかったです。友だちとか職場でも考えが似てるなという人がいるじゃないですか。そのくらいの感覚で親とこういうところが似ているなと思うことはあります。

黒木:けっこう距離が離れていて、だけどまったくかかわりがない、というわけでもないところが大きいのでしょうか。

りゅう:適度な距離間で依存関係がなかったし、今もそうかなと思っています。

子どもを社会で育てる気風が広まってほしい

黒木:お話は変わるのですが、りゅうさんはなぜTwitterを始めたのですか

りゅう:自分と同じように児童養護施設出身の方がどういう気持ちで日々を過ごしているのかを知りたかったからです。今年7月に、自分が児童養護施設出身であるという背景と、子を持つ親でもあるという思いを込めてつぶやいたツイートの反響がすごく大きくて。

りゅう:当時、蒲田女児放置死事件が起きた直後だったのもあってか賛否両論たくさんのコメントが来ました。僕はそのニュースを知らなかったのでそれを意図したわけじゃなかったのですが。

黒木:どんな思いをこのツイートに込められたのか、もう少しお聞かせいただけますか。

りゅう:子どものことを考えるからこそ親が精神的に限界を迎えて虐待とかをしちゃう前に別の選択肢を取れる社会であってほしいという気持ちが強かったです。親が一人で頑張らなきゃいけないという社会ではなく、子どもを社会で育てていく気風が広まったらいいなと思っています。

児童養護施設の子どもたちに僕たちが持っているものを提供していきたい

黒木:りゅうさんはこの先どんな活動をしていかれるのでしょうか。

りゅう:児童養護施設の子どもたちに僕たちが持っているものを提供していきたいです。たとえば僕は子ども向けの仕事をしているので、教えられることがあるし。児童養護施設に向けての活動はボランティアになりがちだというのが現状です。企業が動くにしても、人件費などがかかるのである程度の利益がないとなかなかむずかしい。とはいえNPOやボランティア団体でやっていくのもなかなか持続性がなさそうだし。どういう形でできるのかは今は分からないですが、少しでも何か価値提供をしていって、ゆくゆくは持続的にかかわれる取り組みにつなげていきたいと思っています。

画像2

りゅうさんのお話をうかがって

りゅうさんは現在29歳。上場企業が運営する子ども向けプログラミング教室で教室長として働いています。結婚し子育て中の親でもあります。

かつてご両親が犯罪を犯し、その影響で児童養護施設に入ることになったりゅうさんにとって、児童相談所や児童養護施設での大人との出会いは大きなものでした。大人が愛を持って子どもにかかわり続けることの大きな意義をりゅうさんのお話から私は感じました。

りゅうさんは過酷ともとれる環境で生き抜いてきながらもポジティブであることを「親から直接虐待を受けたわけじゃないことも大きい」と話してくださいました。このことは、虐待をしてしまうことを恐れて子どもを施設に託した私にとって一筋の光のように感じられます。

社会には「子どもは血のつながった親が育てるのが一番」という認識を持つ人が多いと私は感じています。しかしりゅうさんのように、児童相談所や児童養護施設が介入することによってそれがいい方向に向かうこともあり、そこで素敵な大人と出会う人もいるんだなということを今回私は知りました。

もちろん、児童養護施設で子どもが幸せになるとは一概には言えません。しかしそれは親元で育つことも同じです。子どもにとって何が幸せか、正直なところケースバイケースなのだと思います。ただ、りゅうさんが教えてくれたのは、公的支援が子どもを救い、育てることがあるという実例です。

りゅうさんが「親が一人で頑張らなきゃいけないという社会ではなく、子どもを社会で育てていく気風が広まったらいい」とおっしゃっていたように、子どもの幸せのためにも、多様な選択肢が取れる寛容な社会だったらいいなと私も思います。

最後までお読みくださりありがとうございます。私の文筆活動を応援してくださる方、読んでよかったという方、また読みたいと思う方はぜひ記事下部の「気に入ったらサポート」からお気持ちをいただけますと励みになります。いただいたサポート費はよい文章を書くために使います。よろしくお願いいたします。

いただいたサポート費はよい文章を書くために使わせていただきます!