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私小説「私を推してみて」



最初は軽い気持ちだった。



私はダンスや踊りを見るのが好きだった。

土佐高知「よさこい祭り」に魅入みいられた私は、だんだんと踊りへの探究心を深めていくようになり、北海道札幌「YOSAKOIソーラン祭り」を現地で見るほどになっていった。



ゲーム配信を見ることも大好きだった私は、古川未鈴というゲームアイドルを知り、でんぱ組.incのストーリーダンスにも魅了されていった。

自分たちの黒歴史を歌やダンスにするという、古傷をえぐってまでひたむきに武道館を目指す彼女たちの姿に、わたしは何度も涙を流した。



一般的なアイドルは理想の異性を演じるものだが、等身大の自分をさらけ出したアイドルグループは、後にも先にもでんぱ組.incだけかもしれない。

BPM200を超えることもある電波ソングを歌って踊る彼女たちは、私の心も躍らせた。



時は過ぎ、でんぱ組.incがアンバサダーを務める「愛踊祭」というイベントに私は注目した。

このとき初めて、「地下アイドル」というものの存在を知った。



ここまでは前フリでこれから話す事が本題となる。

本当は推していたアイドルが引退してから全てをさらけ出すつもりだった。心の整理のためにモヤモヤを晴らしたい。今はそう思っている。



アイドルファンになるキッカケは人それぞれだ。

擬似彼女を求める「ガチ恋」からアイドルを育てようとする「プロデューサー面」まで多岐にわたる。



私は前述したように、ダンスパフォーマンスを求めてアイドルオタクという門を叩くことになった。

素晴らしい踊りを披露しているアイドルグループを何組かピックアップし、彼女たちのツイッターアカウントをフォローした。



昨今のアイドル活動というのは、ライブ会場で歌って踊るパフォーマンスをするだけではない。

視聴者とインターネット上で会話するという、ライブ配信も主な活動の一つとなっている。



アイドルライブ配信といえば、AKBグループが利用する『SHOWROOM』が有名である。

一番の特徴は投げ銭イベントで、一定期間、視聴者はお気に入りの子に無料&有料アイテムを投げ入れる。一番ポイントが高かったアイドルに、番組・CM出演権やOP曲採用といった豪華特典が与えられる。



もちろん特典が豪華であれば豪華であるほど、ファン同士の競争が過熱する。ときには百万円単位の課金アイテムが一気に投げ入れられることもあった。

彼女たちのライブ配信は、いろんな表情や衣装が見れたり、チャットに反応してくれたりと、とても楽しいものであった。



そんなこんなで、地下アイドルライブを初体験したり、長距離遠征をしたりと、アイドルオタク活動を満喫していたのだが、ある時、あるデータを見て私は驚愕してしまった。

アイドルオタクの1人あたり年間消費金額が10万円だったのだ。





自分の活動を振り返ってみた。

たしかに、応援しているアイドルのお願いをすべて聞いた場合、年間10万円以上かかる計算になる。



もちろん彼女たちアイドルに悪意はない。ファンを喜ばせようとする気持ちは本物だ。悪意が少しでもあれば、熱心なファンはよこしまな心をすぐに見抜くであろう。

彼女たちは本気でファンを楽しませようといろいろと努力をしている。だから、アイドルオタクは年間10万以上のお金を惜しみなく支出するのだ。



私がアイドルオタクという道を進んだのは、本当に軽い気持ちからだった。


これまで好きな歌手やアイドルはいたが、せいぜい音楽番組をチェックしたり、CDを買う程度だった。アイドルオタクという活動も「その程度」だと思っていた。

実際は全然違っていた。



ここらで少し本筋を離れ余談を話したい。

他のアイドルオタクたちのことを悪く言うつもりはないのだが、アイドルオタクの実態を少しだけ紹介しよう。



・私が推しを支えているんだ、とアイドルグッズ浪費の言い訳してる人。
・ファンなのに運営側目線で動員数を気にする人
・アイドルオタクとはこうあるべきだと価値観を押しつける人

《厄介オタクの一例》



オタクを極めすぎたのか、本末転倒になってる人の例である。もちろん、純粋に応援している人は多数いるのだが、どこの界隈にもやっぱりおかしな人はいたりする。決まって彼らの声はとても大きい。



今からアイドルオタクになりたいという人に少しだけアドバイスをしたい。コミュニケーションが苦手な人はわざわざ「オタク仲間」を作る必要はない。

オタク仲間を作ることで、長距離遠征のときに一緒に車で乗り合いしたり、グッズやチケットを代わりに買ってきてくれたり、ライブ後に和気あいあいと飲み会開いたりいろいろとメリットはある。しかしせいぜいそのくらいだ。



ムリして仲間を作ろうとして、反りが合わずケンカしてイヤな思いをするくらいなら、ボッチでアイドルオタク活動するほうが全然いいし楽だ。

話し相手は推しがしてくれる。グッズ購入したりチェキを撮るなど課金限定ではあるけれど。



あとアイドルを応援する上で注意すべき点がある。

自分勝手にアイドルへリクエストや要望をすることは基本ご法度だ。アイドルファン、とくに男性ファンはあれやこれやとアイドルに指示したり説教したりしがちだ。



そのような行為が多いのかSNSで「やめてください」というつぶやきがたびたび流れてくる。説教や指示は禁止と明確なルールを作っているアイドル事務所もある。

つまり語源の通り、崇拝の対象であるアイドルに対し、信者であるファンが指図することは禁忌タブーということだ。



どうしてもアイドルにあれこれ指示したいのであれば、ファンではなく運営側に回るしかない。

応援するか去るか、ファンはこの二択しか選択肢はない。余談はこのくらいにして話を元に戻そう。



「ガチのアイドルオタにはなれない」

年間10万円というデータを見た瞬間に私は悟ってしまった。ライブの入場料は多くても2000円ほどで済むが、当然出費はそれだけでは済まない。



チェキ代やグッズ代、CD代を合わせれば一回のライブで5000円ほどになる。チェキを複数回撮るとなると1万円を超えることもある。

メジャーアイドルと違って地下アイドルの年間ライブ数は30~60回ほどだ。全部通うとなるとその費用はもちろん膨大なものとなる。



一番お金のかかる界隈なのだと、一年間推し活をしてようやく気づいた。こりゃヤバい沼にハマってしまったなと。



あたしは推しの存在を愛でること自体が幸せなわけで、それはそれで成立するんだからとやかく言わないでほしい。お互いがお互いを思う関係性を推しと結びたいわけじゃない。 

『推し、燃ゆ』(河出書房新社)



アイドルをテーマにしたという芥川賞受賞作品をご存知だろうか。

主人公のような、推しのアイドルを応援することで心の安らぎや幸福を得る人にとって年間10万円は安い出費だ。

「幸せはお金では買えない」と言われているけれど、お金で換算するとだいたいそのくらいなのかもしれない。



しかし私は彼らと違って擬似恋愛を求めてはいなかった。すばらしい踊りやダンスが見たくて地下アイドルを求めていたのだ。

アイドルオタクとはこうあるべきだと熱弁している人にとって、私は異端なオタクに見えていたことだろう。私自身も異質なオタクだと自認している。



アイドルオタク界隈でダンスオタクな人を他に見たことがない。

地下アイドルと呼ばれる彼女たちが、年間10万円支出するほどのダンスパフォーマンスをしているのかと自分自身に問いてみた。



数年経ち、だんだんと私は彼女たちへの関心が薄れていった。

期待はずれだった、と無責任に突き放すことはさすがに私にはできない。いくらオタク活動とはいえ人の道に外れるようなことはしたくないし、してはいけないと思った。



今の推しがアイドルを引退したら、アイドルオタク活動を完全に終わらせようと思っている。

長年応援してきたので、自分の気持ちを推しは察しているだろう。自分を知る人も、私の熱が冷めたことをすでに勘づいているかもしれない。



仮面夫婦の状態ではあるが、誰にどう思われようとも推しの最後を見届けるつもりではある。

思ってたモノとは違ってはいたけれど、「推し」という文化にふれることができて、またアイドルとアイドルオタクの実態を知ることができて楽しく有意義な数年間だった。



膨大な時間と数十万円のお金を使ってきたけれど、まったく後悔はしていない。非日常感を味わえたのだから安いものである。






(2021.10.16再編集)
(2023.05.09再々編集)

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