掌編小説「亡失の三畳」
○月25日
息苦しい。
気がつくと私は、畳三つ分の部屋の中にいた。机、棚、洗面台、トイレ、そしてついたてがある。これはどうやら用を足す時に隠すためのものらしい。あまりにも息苦しかったので、外に出るため扉を開けようとした。しかし開かない。小さな窓と頑丈なドア。説明したこれらが私の世界だった。
なぜここにいるのか、私は全く覚えていない。
なろう小説の人気ジャンル、異世界転生というのを聞いたことがあるが、ここはその一つなのだろうか。いやまさか。フィクションの世界が現実に発生するなんて馬鹿げてる。
体を弄ってみる。財布は?スマホは?鍵は?これじゃ外で食べ物を買いに行けないじゃないか。あ、外に出られないんだった。焦ってしまった自分を少し恥じる。しかしパソコンだけでなくテレビもないとは。仕方ないので耳を傾けることにした。ここがどこか手がかりが見つかるかもしれない。車の音はもとより、小鳥のさえずりさえ聞こえてこなかった。静寂の部屋の中、私はどうなるのか。一体何をされるというのか。
○月26日
朝昼夕に三回食事が提供されることがわかった。運動と入浴が定期的に行なわれることも知った。日付も教えてもらった。人としての生活は最低限保障されているようだ。簡単な軽作業ができると聞いた。明日から参加する予定だ。部屋にいても何もすることがなかったからとてもありがたい。
○月27日
久しぶりの労働でとても疲れた。書く気力が0なので今日はここまで。
○月28日
三日坊主にならなかった自分を褒めたい。しかし書くことはない。昨日とほぼ同じだからだ。記憶を残すために始めた日記だが、今のところは大丈夫だ。
○月29日
今日作業は休みだった。自由時間の全てをごろごろすることに費やした。疲れた体を癒やすためだ。昼寝しないつもりだったが少々寝てしまった。夜眠れるといいのだが。
○月30日
休みだった。もしかして昨日が土曜日、今日は日曜日ということなのか。明日はお医者さんが私を診察するらしい。健康診断ということなのだが本当だろうか。どちらにせよ私の記憶について少し聞いてみようと思っている。できるなら私の記憶を取り戻したい。
△月1日
診断結果は異常なしだった。記憶について問いただしたのだが、医者は何も答えてくれなかった。異常なし?ここにいることが私にとって異常なのだが。薬を飲むように言われた。異常なしなら飲む必要はないはずだが。しかし逆らったところで状況が好転することはなさそうだ。大人しく従うことにした。
△月2日
薬のせいだろうか。吐き気がする。頭がぼーっとして作業に身が入らなかった。
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▢月13日
いつもと同じ人に呼ばれたが、いつもと違う雰囲気だった。部屋を出て、なんとなく振り返って部屋を見た。
狭い三畳の空間に私がなぜいたのか。数ヶ月間過ごしたが、結局何もわからなかった。誰も何も教えてくれなかった。
知らない部屋に通された。壁の中心に立派な仏壇が置かれていた。
この生活は本日でおしまいらしい。ようやく開放されるのか。今日の日記をきょうかい室と呼ばれる部屋で書いている。お菓子が振る舞われた。とても美味しかった。
さて明日から何をしよう。まずは記憶を取り戻すために旅に出ようかな。もしかしたら私を知る人に出会うかもしれない。久しぶりの外の世界。楽しみだなぁ。
完
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