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疲弊してきたアメリカ人【エィミ・ツジモトに聞くアメリカ⑬】

自民党総裁選も終わり、次に日本に大きく影響を与えるのが米国大統領選挙だ。米国内の報道・政界関係者と日々、情報交換を欠かさない国際ジャーナリストのエィミー・ツジモトさんに、アメリカの今について聞くシリーズの13回目。引き続き、大統領選を中心にアメリカを読み解いていく。(約5000字)


平井 10月1日夜(米国現地時間)にCBSテレビで米国の副大統領候補のテレビ討論をやりました。共和党とのJ.D.ヴァンス上院議員(40歳)と民主党のティム・ウォルツ・ミネソタ州知事(60歳)の対決でした。事前には経験豊富なウォルツが優位に立つと見られていましたが、実際どうなりましたか。

エィミ 視聴者調査の結果は42%対41%でヴァンスが辛勝しました。

平井 意外ですね。

エィミ そうですね。ヴァンスはこれまでは品がなかったのですが、今回は落ち着いて冷静でした。それに常識的に話していました。それまでのヴァンスはトランプと一緒になって、”アタックドッグ”、「攻撃的な犬」の役割をしてきました。「ハイチの人間は猫を食べている」と言ったり。ところが、今回の落ち着いた振る舞いで、<トランプになにかが起きた時にヴァンスならば任せていい>という印象を作り出しました。狡猾ですね。
 一方で、ウォルツには一つだけミスがありました。ウォルツは中国通です。

ヴァンスがウォルツに辛勝したわけ


平井 ウォルツは中国の高校で教師として働いていたことがありますよね。

エィミ ウォルツは1989年に天安門事件が起きた時はこれまでは中国にいたと言っていたのですが、ヴァンスに突っ込まれて、香港にいたかもしれないと混乱したことを言ってしまったのです。そして、これを間違いだったと認めました。これはマイナスでしたね。
 ただ、ヴァンスも過去の経歴について嘘をついています。「ヒルビリー・エレジー」というベストセラー本をヴァンスは書いています。

平井 映画化されてアマゾンプライムにも作品がありました。途中で挫折しました。副大統領候補にならなければ観ていたかもしれませんが。。

エィミ 彼はアパラチアで生まれていると言いますが、実際はオハイオ州生まれです。つまり「ラストベルト」地帯ですね。でも、実際は両親が離婚してのち母方の祖父母に育てられたのですが、彼らがアパラチア地方の出身だったのです。でも彼の著書にはヴァンス自身が「アパラチア」の出自のように書かれているのが、不正確です。何が、重要かと言えばあまり本を読まないアメリカ人にとって、彼がアパラチアの出身だと思わせることで票が集まりますよね。そのことを踏まえた上で、先のディベートにおいてウォルツは「この点」を指摘しなかった。自身が天安門事件の際には中国にいたのか、はたまた香港にいたのではないか、とおいつめられたにもかかわらずです。くヒルビリー>とはアパラチア山脈の周辺のエリアの住民を指す言葉で、かなり辛辣な表現なんです。日本でいうと「田舎者」と軽蔑的に言うようなニュアンスです。
 その彼がここまで来られたのは海兵隊に入隊したからです。海兵隊で人間として磨きがかかっていった。実際に彼は頭が良かったと思います。海兵隊(マリーン)は、米国では兵士ではなく戦士と見られます。海兵隊の人間も自分たちのことを軍隊ではなく海兵隊として別の存在として位置づけています。

平井 日本だと陸上自衛隊の空挺団みたいなものかもしれませんが、日本で当てはまるものはありませんね。

エィミ ただ、ヴァンスは海兵隊にいたけど、「戦士」としての海兵隊ではありませんでした。マリーンの中では広報というか記者もどきのことをして、ビジネス界にも行き、出世していったんです。

平井 めちゃめちゃリヴァタリアンでファシストのピーター・ティール(ペイパル創設者)の後ろ盾もありますよね。ティールは本当に恐ろしいな。

エィミ そうして上院議員のキャリアは2年しかない。あれほどトランプを批判したのに、今やトランプ支持者だ。アメリカ人のメンタリティを上手につかみ、今回、42%の支持を得ました。そしてバンスは若い。ウォルツに比べると、常識的に静かに話した。とはいえ、信用はできない。

平井 今回のディベートではヴァンスは政策というよりは振る舞いを研究してウォルツとの対決に臨んだというところかな。

エィミ ハリスとヴァンスの共通性は、ヴァンスの妻はインド系であるということ。世界的な傾向としてインド系が進出して久しい。それはインド系の人たちの知力によるものですが、それはハリスにもヴァンスにもプラスになっています。近年、西洋においてはインド系の進出は目覚ましい者があります。イギリスだって、スナク首相はインド系でしたもの。

平井 2030年にはインド人は世界最大の民族にもなるでしょうからね。数学やITは、カースト外だし、インドの国家戦略にもなっていますね。

優しさが消えたアメリカ


エィミ この間の大統領選を通じて、あらためて私が最近のアメリカを見ていて気にしている点があるんです。

平井 なんでしょうか。

エィミ たとえば、ウォルツの息子は障碍者ですよね。このような障碍者に優しいのがアメリカ人のいいところだったのですが、それが一般では薄れてきていると感じます。以前は、たとえば私の夫がホームセンターに日曜大工の材料の板を買いに行ったりします。高齢者だから車の中に重い木材を積み込むのが大変です。するとその場にいる青年たちがさっさと手伝ってくれたものです。おじいちゃんおばあちゃんがいると本当に気持ちよく手伝ってくれました。それが以前ほど無くなっています。
 東日本大震災のトモダチ作戦に従事して被曝した海兵隊の兵士たちにもそうなんです。村人たちは彼らの歓送会をして、わが村の誇りだと言ってくれた。それが今のアメリカでは彼らは批難の対象になっています。

平井 そのような空気を体感しているということですね。どうしてアメリカはそのようになってしまったのですか。

エィミ それはアメリカ人の生活が追い込まれているからです。本当にアメリカ人の生活はピンチです。すべてにおいて。

平井 アメリカの経済状況や空気が変わったと感じたのはいつ頃ですか。

エィミ オバマ政権の末期の2017年頃でしょうか。弱者に対する目線は厳しくなっています。それがとても残念です。

平井 7年前ですか。オバマ政権後の後のトランプ政権下で悪化していった。

エィミ 今のアメリカを観てください。(パレスチナ自治区の)ガザをあれだけイスラエルがいじめても当たり前だと思うアメリカ人がたくさんいるんです。アメリカの大学生など若者たちが騒いでいるのは本当に氷山の一角です。今のアメリカの暗さがガザの問題に如実に現れています。

平井 10・7はちょうど、昨年のイスラエルによるガザ侵攻から1年です。4・1万人がガザで亡くなったとも報じられています。


DALL E3で生成

エィミ それでもまだ、瓦礫にうもれる人々の遺体は数えられていません。
 アメリカの実情の話に戻ると、アメリカと比べて日本は給料は安いと言われますが、日本では少なくともキャッシュを手に入れることができて、ハンバーガーを食べたりできます。
 ところがアメリカではそれすらできない人がたくさんいるんです。まず仕事がない。それに99セントだったフランクフルトのパックが今や4ドル以上もするのです。ホットドッグバンズも99セントだったのに、高くてそれも買えない。以前は5ドルあれば2、3日は空腹を満たせたのですが、今は一食分で終わりという事態なんです。
 アメリカの指導者に比べて、日本では石破総理は1500円に最低賃金を上げると言っている。石破なら本当にやりそうだし、アベノマスクなんて馬鹿なことは石破ならばしないでしょう。石破は底辺に対する視線を具体的に語っています。わたくしが「face to face」でインタビューしたときもそうでした。なぜ、日本のマスコミは石破の率直な意見を公表しないのでしょう。スポンサーの顔色をうかがいすぎです。いやしくも一国の総理(の容貌)にたいして「焦げたあんぱんまん」などと、揶揄するとはアメリカでは考えられないことです。

平井 日本では岸田総理も「増税メガネ」などと呼ばれていましたからねえ。メガネをかけているだけで、からかいの対象になってしまう。
 スポンサーの話でいえば、実はメディアがもっとも批判しやすい対象は政治家ですね。理由は、政治家はまず訴えても来ませんから。例外的な人物はいましたけど。それに政治家は落ちたらただの人。ほとんど政治家の基盤は脆弱です。一応、大義名分はある。国会中継みていればなにか書けるし、大手メディアがとりあえず報じるからネットニュース記者もネタも擦りやすい。つまり書き得です。特に石破などは安倍晋三や高市早苗と違って批判的なメディアの役割を認めているものだから、臆病なメディアや記者はここぞとばかりに頭に乗るでしょうね。厄介なのはワンマン企業の社長など自分でカネを自由に使える人ですね。
 石破は北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に連絡所を作ると言ったり、久々に拉致問題に取り組む姿勢も見せていますよね。これは私が注目していたポイントの一つです。石破はあらゆる団体と対話すると総裁選の記者会見で明言していたので、朝鮮とロシアとは対話するのか注視していたんです。外交も内政も話をしないとなにも始まりません。ほとんど没交渉になったとは言え、警察だって暴力団と話していますよ。結局は何もせずに批判して対話を拒否する連中はただの犬の遠吠えですね。

低調な米国大統領選

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