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奨励会を辞めたときの話 後編

どうも、ひらおです。

この記事は後編です。

前編、中編をまだお読みでない方はこちら↓から先にお読みください。

今年の夏。

「お久しぶりです!!!お元気ですか?
小倉門下の山本です」

山本くんから突然のDMが届いた。

その日会った奨励会時代の仲間が、俺が麻雀プロになったことを知っており、情報を得て早速連絡してくれたらしい。

「またお会いしてお話できたら嬉しいです。
山本博志 」

どうしよう、どうしよう。
好きな子から初めて連絡をもらったかのごとく、俺は動揺していた。

嬉しいけど怖いような。
会いたいけどやめておきたいような。

以下ちょっと気持ち悪いことを書くので注意されたし。

奨励会を辞めてから――
俺は時々、奨励会のページを開いては、山本くんの成績をチェックしていた。

正直に言うんだけど、彼が勝っていても嬉しくなかった。
むしろ負けていたり、惜しくも昇段を逃したりしていると安心した。

ああ、山本くんでも厳しいんだなぁ。
そんなふうに思いたかったのかもしれない。

だが彼は、おそらくは想像を絶する努力を重ね、昇っていった。
そして遂に、棋士の座を勝ち取った。

俺はというと、心を病み、普通の生活もままならなくなっていた。

人生は皆違い、それぞれの良さがある。
ナンバーワンにならなくても、特別なオンリーワン。

そうかもしれない。
でも少し、くだらないことを考えたりした。
なんで山本くんと俺の人生はこんなに違うのかな。

遥か山頂で陽の光を浴びている彼と、
逆噴射して地中に潜ってしまった自分。

一瞬でもお互いの人生が交差して、将棋盤を挟んだことが奇跡に感じられた。
もう二度と交わることはないだろう。

少しずつ、俺が自分の人生を取り戻していく中で、
山本くんのことを純粋に応援できるようになった。

山本くんの本(『三間飛車新時代』。小倉先生との共著)を買った。
ちなみに彼女とのデート中に本屋で買った(笑)

山本くんのnoteも全部読んだ。
彼は文才があり、とても面白いのでぜひ読んでみてほしい。
(↓山本くんのnote)

 

山本くんが指した将棋の棋譜も追える範囲で追ったし、
NHK杯に山本くんが出たときはちゃんと録画して観た。

ちょっと行き過ぎててキモいなと思ったそこのあなた。
最近は「推し」という便利な言葉があります。
山本くんは俺の推しなんです。セーフです。ええ。

でも、山本くんのTwitter(X)はフォローできなかった。
フォローしたら、彼に存在がばれてしまう。山本くんを煩わせるわけにはいかない。

片想いだった。

もしいつか、最高位やMリーガーになれたら。何十年後かわからないけど、いつかなれたら。
そのときは山本くんにまた連絡できるかもしれないな。

お久しぶりです、お元気ですか。


「またお会いしてお話できたら嬉しいです。
山本博志 」

それがまさか、こんな形で山本くんが連絡してくれるなんて。

「もちろん、迷惑じゃなければお会いしてお話できたら嬉しいです」

俺はどうにか返信を送り、近く会うことになった。

当日。

出かけるまではとても緊張していたのだが、
会ってみると意外と普通に話すことができた。
初デートの感想かよ

それだけ山本くんが以前と変わらずに接してくれたということだと思う。

一軒目で、お互いのこれまでの話をした。

「棋士になったらバラ色の人生が待っていると思ってたけどそんなことないね」

山本くんはそう言って笑った。
当然だが、棋士になっても戦いは続く。
眩しく見える世界で、彼は彼の苦しみと闘っていた。

人生には、本人にしかわからない痛みがある。
地中にいても、山頂にいても、それは同じなんだ。

甘いものが食べたいと山本くんが言い出し、二軒目はカフェに行った。

「『駅ビルに外れなし』って格言があるんですよ」

たどり着いたカフェはかなりロックな場所だった。
彼が青春時代によく来た場所だと言う。

お酒が入った山本くんは曲に合わせてリズムを刻んだり恋バナをしたりしてくれた。

普通、こういうときは俺も一緒に飲んで酔うものなんだろうが、あいにく俺は酒が飲めない。
コーラも飲めないし酒も飲めないし我ながら面倒なやつだ。

そのうち、将棋の話になった。
山本くんの家で最後に指した将棋の話だ。

彼はその将棋をよく覚えていた。

「確かあのときはこういう形で…なるほどこうやって打開できるんだと思って…」

11年前の将棋を苦もなく語る山本くんを見て、俺は心底すごいと思った。

どんな将棋だったか。どんな読みでどんな手を指したか。

俺もそれは覚えている。
頑張れば全部再現できるんじゃないかと思うくらい、鮮明に覚えている。

でもそれは俺の棋士としての時間がそこで止まっているからだ。

山本くんは違う。あれからもずっと将棋を指し続けている。

もっと心が震える勝負、感情を揺さぶられる勝負。そんなのいくらでもあったはずだ。

それなのに、あの日短い持ち時間で指したただ一局の非公式戦のことを覚えてくれている。

嬉しかった。酒を飲まなくても、俺も何かに酔っているようだった。

「今でもこうやって話せるんだから、やっぱりあのとき将棋を指しておいて良かったよ」
山本くんが言った。

俺はたぶん少し変な人間だから。
群れに置いていかれた渡り鳥のように、あちこちをふらふらと飛ぶような人生を送っている。

だが、あの日の将棋が会話を紡いでくれたように、指した一手一手はきっとどこかへ連れて行ってくれる。

たどり着く島の居心地はわからないけれど。
人生に投了はないのだから、
希望を持って生きていけたらいいよね。

おしまい

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