奨励会を辞めたときの話 前編
奨励会を辞めてから、もうすぐ11年になる。
どうも、ひらおです。
普段は麻雀プロをしています。
今回はまじめ系の記事ということで、心を整えて書こうとしているのだが、
さっきからしゃっくりが止まらなくて全く落ち着かない。
しかも、隣で寝てる娘を起こさないようにしなきゃいけないので必死に噛み殺しているのだ。辛い。
うーん、もういいや!
勢いで書く!ひっくひっく。
気を取り直して…。
俺は今麻雀プロなのだが、元々は将棋のプロになりたくて、
その養成機関である「奨励会」というところに所属していた。
今回はそこを辞めるときの話。
言い換えれば、夢をひとつ諦めたときの話だ。
その話をするには、まず、「将棋のプロ」の世界について軽く説明しなければなるまい。
以下、プロの世界に詳しい人は少し読み飛ばしてもらって構わない。
『様々なプロの世界の違い』
世の中には、いろいろな「プロ」が存在している。
プロ野球選手、プロボウラー、プロレスラー、プロゴルファー。
囲碁や将棋のプロ棋士、麻雀プロ。
もちろん、「プロ○○」という言い方をしなくても、Jリーガーはサッカーのプロだし、ピアニストはピアノのプロだ。
様々なプロがそれぞれの世界で活躍している。
ただ、同じ「プロ」でも、その実態は業界ごとに全く異なる。
『麻雀プロの世界』
俺は麻雀プロだが、
この業界はプロになるのはそんなに難しくない。
指定団体の試験を受けて合格すればプロを名乗ることができる。
ただし、プロになっただけでは収入は保証されないので、
プロという立場を活かして仕事を得るか、別の収入源を確保する必要がある。
『将棋のプロ棋士の世界』
対照的に、将棋のプロ棋士は、プロになってさえしまえば基本的に生活は安泰である。
将棋連盟から基本給が支給され、そこに対局料や賞金等が加わるので、食いっぱぐれることはない。
だが、プロになるのは非常に難しい。
「奨励会」というプロ棋士養成機関の厳しい競争を勝ち抜く必要があるからだ。
奨励会のシステムについて文章で書くと長くなるので、図にしてみた(見にくくてごめん!)。
一応、プロ編入試験など例外的な道もあるが、希少な例であるため今回は割愛させていただく。
奨励会を抜けて、プロになれるのはおよそ1割。
ほとんどの人が年齢制限の壁に阻まれて辞めていく。
休憩はない。
勝ち続ければ上がっていくし、負けが込めば落ちていく。
年齢制限のある中では、停滞も負けに含まれる。
そして麻雀のように、負けた原因を運に求めることはできない。
負けるときはいつだって、自分が弱いから負けるのだ。
辛いという人もいる。
面白いという人もいる。
俺は(勝負事の)メンタルだけはそこそこ強いので、面白いと思っていたかな。
でも将棋の世界で、俺ははっきり言って落ちこぼれだった。
奨励会の試験は、2回落ちて、もう最後と決めた3回目でようやく受かった。
入会後もなかなか勝てなかった。
6級で入会して、最高到達点は5級。
ピラミッドの図を見てもらえれば、棋士までの遠さがよくわかると思う。
そもそも俺が奨励会に入ったのは中3だったが、これはこの世界ではかなり遅いほうだ。
プロになって活躍するような天才たちの多くは、10歳くらいから奨励会に入る。
負けて、勝って、勝って負けて負けて。
それを繰り返しているうちに、対局する相手が若くなっていく。
自分が相対的に老けていく。
そしてますます勝てなくなる。
普通なら、結構早くから絶望したりしそうだが、俺はずっと希望を見ていた。
どうせスタートラインに立ったときから皆より遅れていることはわかっているのだ。
それなら、年齢とか才能とか、勝負以外のことに敏感になるのは無駄だ。
そのほうが強いと思った。
なにせ、この道は憧れの棋士へと続いている。
どんなに遠くても、自分自身の力のみで進むことができる。
それはとても幸せなことだった。
楽しかった。
メンタリティは勝ちそうなこと考えてるのにあれだけ勝てなかったのは、
よっぽど才能や努力が足りなかったんだな。
そんな鈍感で楽観派な俺も、ついに進退を決めるときが来る。
ある日の奨励会で俺は負け、6級に落ちた。
ずっと落ちそうなのを持ちこたえていたのだが、ついに粘りきれなかった。
帰りの電車で、こんなことを考えた。
もしここから俺がプロになれるとしたら、その道のりはどんなものになるんだろう。
普通に考えたら、無理かもしれない。
でも…たとえば何かの間違いで、羽生さんがこの状況に放り込まれたら、どうなんだろう。
プロになれるかな?絶対なれるな。ほとんど負けずに、あっという間に勝ち上がっていくだろう。
それがあと1年後、2年後だとしても、年齢制限なんてものともせず勝ち上がるだろう。
つまり、もし…俺が「プロになる人」だとしたら、今5級にいるか、6級にいるかなんて大して変わらないんじゃないか。
強ければ、強くなれば上がっていく。
目の前の星なんて、そんなに関係はない。
強くなろう。よし。
そして俺は吹っ切れて、将棋のことだけに集中した。
次からいきなり5連勝した。
6連勝だと昇級なのだが、次は残念ながら負け、でもまた3連勝した。8勝1敗。
昇級規定には、『9勝3敗以上』というのがある。
つまり8勝1敗の現状では、次からの3つのうち、1つでも勝てば昇級だ。
5級に戻っても、落ちこぼれであることに変わりはない。
でも、また上を目指すこと。プロになる夢を続けること。
そのために、勝つことが必要だった。
あとひとつ勝てば。
俺はそこからの3局に3連敗した。
昇級はまた見えなくなった。
気持ちの切れる音がした。
すると止まらなかった。
4連敗、5連敗…とうとう8連敗で降級点を取った。
強い者は、対局を重ねれば現状に関係なく上がっていく。
それは真実だ。
だが、弱い者は、いくら対局しても落ちるだけだ。それもまた真実だ。
俺は弱い者なんだな。
俺は奨励会を辞めた。
師匠と親に許可を取って、奨励会幹事の先生に連絡した。
『今までありがとうございました』
その言葉は多少空虚な響きがあったが、後悔は何もなかった。
全てに納得していたし、感謝していた。
真剣に将棋が指せる舞台がなくなることだけが残念だった。
それから少しして、連絡をくれた人がいた。
長くなってきたので急遽前後編に分けます!ごめんね。
次週に続くのじゃ!
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