『その本は』*

その本は
個展に行くくらい好きな
絵本作家の共著書だった
大人向けアイロニックで
ユーモアある作風が好き

その本は
二人の著者が夜に交替で
物語る構成になっている
絵本作家はイラスト付き
文筆家は文字だけで語る

その本は
前半のうちはまるでネタ
軽い気持ちで読み始める
言葉遊びのような物語が
中頃までテンポよく続く

その本は
次第に奥深い世界へ誘う
物語の密度が濃さを増し
さらりとは読めなくなる
読み手に推測させ始める

その本は
ついにわたしを泣かせた
本屋併設のカフェの席で
横にビジネスマンがいて
なのにわたしを泣かせた

その本は
今わたしの本棚にもある
あると言うより「いる」
ときどき呼びかけてくる
泣きたくなったときとか

その本は
最後まで答えを言わない
でもそれが答えなのだと
思うから何度も読み返す
それが答えかもしれない

*「その本は」 又吉直樹/ヨシタケシンスケ ポプラ社(2022)