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【短編小説】成長、或いは

それは確か、十一、いや、十二歳のときだったか。

毎日が憂鬱だ。瞳から入ってきた景色は気持ちというフィルターを通っていつも暗い。話しかけてくるものもおらず、こちらから話しかける気もないので、そこだけは楽であった。人付き合いというものは、今も昔もエネルギー効率が悪い。言葉を発するだけで体も心もいつもの三倍ほど稼働させなければ、外面を良くすることも、体裁を保つこともままならない。

そもそも生きている意味もわからないままに、生まれてこの方何も考えずに生きている。死なないために生きているだけ。しがらみは何も無いが、流石に懸念はある。

このまま生きていてもいいのだろうか。

学校ではいい思いはしていない。むしろ悪い思いしかしていない。あれがいじめなのかはわからないけれど、いじめと断定すると後々面倒なことになる。正直自分にとってはどっちでもどうでもいい話だ。

まだ信号は赤のままだ。信号が長いのか、自分の思考が早くて時間を誤認しているのか、もしくは信号を渡り損ねたか。いずれにしても待つしかない。

この先、自分はどう生きていくのだろうか。一年後の自分すら想像できないというのに、十五歳を超え、二十歳を超え、成人する自分なんて夢のまた夢。どんな大人になりたいか、なんていう願望も展望もない。

あるのはこの身一つと、今こうして動いている卑屈で陰湿な思考のみ。

溜め息を吐くと、信号は青に変わっていた。

今日もいつもと変わらない。風呂、夕飯、歯磨き、処方薬。帰宅後のいつものルーティン。空いた時間に眺めるテレビ。バラエティの面白さは、今はわからなくなってしまったけれど、それでも絵が動いている様は飽きることはない。止まっているよりはマシ、というものだ。

昨日と同じようにパジャマに着替えて川の字の布団に入る。橙色の豆電球が、シーリングライトの中で淡く光っている。垂れた紐がゆっくりと揺れて、まるで催眠術をかけるような軌道を描く。そんなことをせずとも、寝ようと思えば寝られるのだから、お節介な紐だと思った。

目を開けると、そこは自分の部屋だった。いや、正確には自分の部屋ではない。そもそも自分の部屋はないのだ。だから川の字で寝るしか無いというのに。

そこで認識、いや、自覚する。これは夢だ。起きないはずのことが起きている。寝っ転がっていたはずの体が起きていて、自分の存在しない部屋で立ち尽くしているのだ。それに、夢特有の感覚があった。まるで小さい画面でホームビデオを見ているような感覚。そもそも明晰夢でない限り、自由に動くこともままならない。夢の中の自分の赴くままに同じ視点で同じ感情を享受するしかできないのだ。

夢の中ではよくある話だと思うが、現実の実家とはかけ離れているにもかかわらず、夢の中の世界ではそれが実家と認識している、というよくある現象。これを自分で勝手に「夢の世界での実家」という現象で呼んでいる。

知らないはずなのに見知った部屋でひとりポツンと佇んでいたが、家族を探しに部屋を出る。知らない家だが勝手知ったる調子で廊下に出て階段を降りる。

なんとなく、ドラマで見るような、それでいて新築のようなあまり生活感のない、傷も汚れも無い空間。記憶から形成された夢であり、細かいところは気にしない性格も相まって生まれた家のように思える。その調子でリビングまでやってきた。

そこには、椅子に座りテーブルを囲んでいる家族がいた。母と父と姉。そもそも実家は一軒家ではなくボロアパートのはずで、家族団らんでリビングに全員集合しているという状態は普通ではないはずなのだが、それでも、それでもまだ違和感はなかった。

なぜか全員顔が見えない。のっぺらぼうというわけではない。みんな俯いていた。外からは雨の音が聞こえる。どんよりとした空気。気持ちというフィルターを通していなくても、目の前の景色は暗かった。

母が、何かを話している音がする。夢の中ではっきりと聞こえないその音は、それでも確かに震えていた。意味は汲み取れない。言葉としてすら判断できないほどに曖昧な音だ。何かを訴えているのか。それとも唱えているのか。それすらもわからない。

わからなければ聞くしか無い。階段の前から一歩を踏み出す。が。

足が重い。体も重い。空気も重い。この空間の何もかもが重く感じる。踏み出そうとした足が、そもそも上がらない。だるいとか疲れたとかそういった類の重さではない。確実に何かに阻まれている。まるで干渉させまいとしているかのように。

確かに家族とここで団らんする必要はない。ないが、必要なことだけしかやらないというのが人生というわけでもない。不必要も必要だ。そもそもリビングに来て家族がいるのであれば、話しかけるのが、近づくのが普通の流れではないか。そう思いながら、思い思いに重い足を一歩踏み出した。

声をかけようとする。だがこれも、阻まれる。声が出ない。家族に一言声をかけるだけでも、この世界は課題を課してくる。困った夢である。

もう一歩目を踏み出し始め、心に気持ちを貯める。心配と確認。どうしてこちらに目もくれないのか。どうして俯いているのか。どうして何も話してくれないのか。そんな気持ちを心に貯める。

そして、二歩目を踏んだとき、声が出た。

「どうしたの?」

大きな声で、それでいて心配と確認を込めて、怒りの語気ではなく、平常心で。

だが。

誰もこちらに気づかない。ここまでしているのに。距離だって近い。もう1メートルもない。それであんな音量で声を発したというのに。俯いたまま、何かを発している。ただ、先ほどと違ったのは、母の言葉が聞こえたのだ。言葉としてしっかりと。

「ごめんね」

母は何に謝っているのか。誰に謝っているのか。検討はつかない。ただただごめんねと、言葉を発し続けていた。顔は見えないが、その言葉から、なにか悲しい感情だけは読み取れた。

とてつもなく意図のわからない夢だ。いや、夢自体に意図はないと思うが、これを見ている理由はあるのではないか。そう思えてきた。今まで見てきた夢の中で明らかに異質なのだ。

だが、まだわからない。何を伝えようとしているのか。どんな因果でこんな夢を見ているのか。わからない。

家族に近づくのはやめよう。少なくとも、自分は何かによって阻まれている。話しかけることも、たどり着くことも。

諦めて、階段のほうを向く。すんなり体が動いた。やはり、戻る分には問題はないらしい。言葉のような何かを発する家族を背に、自分の部屋ではない自分の部屋へ戻っていった。

部屋のドアを開ける。特に閉めた覚えもないが、閉まっていたから開けた。多分今の居場所がここしか無いから。自分が自由にいられるのは、この部屋しかないから。それに、一人には、独りには慣れている。さほど問題はない。家族が血のつながった他人になるだけだ。ただの同居人。それだけだ。

だが、一人にはならなかった。いや、なれなかった。部屋には既に、何者かがいたからだ。黒い影。顔は見えない。身長は自分よりも高いのか低いのかわからない。まるで騙し絵のように認識が曖昧になる。見上げることも見下す事もできないので、まっすぐ睨みつけるしかない。夢の中では曲がりなりにも自分の部屋のはずだ。それを知らないやつに許可なく入られるのは、夢だとしても心象は良くない。黒い影が、振り向いた気がした。

「やぁ」

「誰だ?」

そんな気安い関係のはずがない。こんな黒い影は知り合いにいない。いたとしたら忘れるはずもない。この状況を考えるのであれば、見た目通り黒幕は目の前の影なのだ。他に見当たらないし思い当たらない。

そこで、自分が言葉を何にも阻まれることなく発することができたことに気づく。やはり家族への接触が制限されていたと見ていいだろう。体も問題なく動く。力強く床を踏みしめて、不審者に思いっきり殴りかかろうとする。

「あれは僕のせいではないよ」

ピタリと体を止める。あれとは?思い当たるのは一つ。家族に近づけなかったこと。干渉できなかったことだ。

どこかで見ていたのか。しかし、見ず知らずの不審者の言うことなど聞く耳を持っても仕方ない。止めていた腕を振り切る。だが、拳は空を切った。そして体も空を切った。目の前にいた影を抜けて、通り抜けて、それが当然だといった有り様で、立ち尽くすしかなかった。いや、相手は影なのだ。通り抜けて当然ではないか。

「勘違いをしているね」

「え?」

振り返る。影はいつの間にか、形を保っていた。それは、死神と言われたらイメージできる、骸骨の仮面を被り、鎌を持ち、黒いローブに身を包んでいた。こいつは今なんと言った?勘違い?何の話だ。

「僕が透けたのではない、君が透けたんだ」

理解が追いつかない。死神と思われる相手の顔を凝視する。何を言っているんだ。透けるのであれば死神の方ではないのか。こっちが透ける理由なんて。ない。はず。

「薄々気づいたようだね」

なぜ家族への干渉が阻まれたのか。いや、あれは阻まれたのではない。そもそも干渉ができないから。死神と思われるやつがなぜ透けたのか。いや、死神が透けたのではなく、自分が透けているのであれば。自分の掌を、見た。

「君は死んだんだ、もうこの世にはいないんだよ」

透けていた。手のひらも、体も、半透明だった。死神の話は本当だった。死んでいるから透けている。死んでいるから干渉ができない。言葉も届かない。姿も見えない。物音もしない。母が発していた言葉の意味も、家族の暗い光景の理由も、すべてが、理解できてしまった。

押し寄せる「死」の事実。死んでしまったという現実。やりたかったこと、したかったこと、心残り、後悔、いろんなものが信号無視したトラックのように心にぶつかってくる。もう家族と話せない。彼女もできない。新しいゲームもできない。そんな諸々が突き刺さった心。

「そっか」

悲しいとは思う。辛いとも思う。悔しいとも思う。心臓が冷たくなる感覚がある。それでも。

「それじゃあ、しょうがない、か」

しょうがない、で片付けた。片付けられてしまった。悲しい思いが津波のように押し寄せるはずなのに、涙を流すはずなのに、涙は流れず、むしろ肩の荷が降りた清々しい気持ち。仕方のないことなのだ。そうなってしまったら、どうなっても戻れないのだから。潔く、諦めたほうが、いい。

そこで目が覚めた。いつもの天井。川の字の真ん中の布団。橙色の豆電球。変わりのない、いつもの目覚め。

正直なところ、夢は夢なのだ。どんな夢を見ようと、どんなことが起ころうと、どんなことを言われようと、所詮は夢でしかない。気にすることはない。が、生を諦めてしまえるのだなと、我ながら冷ややかなやつだと自分を評価した。


何度目の春が過ぎただろうか。

毎日が退屈だ。メガネのレンズと瞳を通って入ってきた景色は気持ちというフィルターを通っても変わらない。気の良い知り合いは多い。話が合うので、付き合いは楽であった。人付き合いというものは、そこまで気張らなくてもいい。言葉も特に考えて発することがないので、正直頭も心も稼働させていないが、意味が通れば問題ない。

未だに生きている意味もわからないままに、生まれてこの方何も考えずに生きている。死なないために生きているだけ。しがらみは多分無い。懸念は、ある。

このまま生きていてもいいのだろうか。

勉強は順調だが、将来のことは考えていない。何になりたいとか、何をしたいとか、この歳になっても思い至らない。生きられるだけの給料をもらって生きることくらいしか思いつかない。

信号はもう青だ。向こう側で待つ人混みとこちら側で待つ人混みは、埋め尽くしていてもぶつかることはない。横断歩道はまるで集団行動だと思う。

この先、自分はどう生きていくのだろうか。一年後の自分すら想像できないというのに、三十五歳を超え、五十歳を超え、高齢化する自分なんて夢のまた夢。どんな余生を過ごしたいか、なんていう願望も展望も希望ない。

あるのはこの身一つと、今こうして動いている軽率で貧弱な思考のみ。

溜め息を吐くと、信号を渡りきっていた。

今日もいつもと変わらない。風呂、夕飯、歯磨き、処方薬。帰宅後のいつものルーティン。空いた時間に眺める動画。テレビの面白さは、今はわからなくなってしまったけれど、それでも絵が動いている様は飽きることはない。止まっているよりはマシ、というものだ。

昨日と同じようにパジャマに着替えて一人のベッドに入る。真っ暗な部屋の中で、携帯の明かりが淡く光っている。寝ようと思っても、いつまでもつけてしまう明かり。明日が来るのが、今日も嫌だった。

目を開けると、そこは自分の部屋だった。いや、正確には自分の部屋ではない。窓の外から察するにここは二階である。そもそも自分の部屋は二階ではないのだ。

そこで自覚、いや、想起する。これは夢だ。あのときの夢だ。何年も前に見た、同じ夢なのだ。寝っ転がっていたはず体が起きていて、自分の存在しない部屋で立ち尽くしているのだ。今回も、自由に動くこともままならない。夢の中の自分の赴くままに同じ視点で同じ感情を享受するしかできないのだ。

前回と同じ視点、同じ間取り、同じ目線。そう、目線が同じなのだ。高さが変わっていない。これはもしかしたら、心の成長具合を表しているのかもしれない。あの頃から、何も変わっていない。そんな警告にも似た何かを感じる。

夢ではよくある話だと思うが、一度見たことのある夢をもう一度見ることがある。同じ内容、同じ展開で。流石に何かを訴えかけているのはわかるが、それを汲み取ることは、今のところ難しい。

見たことのある知らない部屋で独りポツンと佇んでいたが、家族を探しに部屋を出る。一度見た景色を何食わぬ調子で廊下に出て階段を降りる。

クラフト系ゲームで初めて作った家のような、オシャレさのかけらもない無難すぎる空間。余計なところにリソースを割きたくない魂胆が見え見えの構造のように思える。そんな事を考えているうちに、リビングについていた。

そこには、椅子に座りテーブルを囲んでいる家族がいた。母と父と、独り立ちした姉。そもそも実家は一軒家ではなくボロアパートのはずで、家族団らんでリビングに全員集合しているという状態は普通ではないはずなのだが、それでも、それでもまだ違和感はなかった。

やはり全員顔が見えない。のっぺらぼうというわけではない。みんな俯いていた。外からは、しとしとと雨の音が聞こえる。どんよりとした空気。目の前の景色は、今まで見たものの中で一番暗かった。

母が、何かを呟いている音がする。夢の中ではっきりと聞こえないその音は、それでも確かに、空気を震わしていた。意味も意図も汲み取れない。言葉としてすら判断できないほどに曖昧な音だ。何かを訴えているのか。それとも唱えているのか。それすらもわからない。

わからなければ聞くしか無い。階段の前から一歩を踏み出す。が。

またしても足が重い。体も重い。空気も重い。この空間の何もかもが重く感じる。踏み出そうとした足が、そもそも上がらない。だるいとか疲れたとかそういった類の重さではない。確実に何かに阻まれている。まるで干渉させまいとしているかのように。

同じ夢だとしても、展開は変わらないのか。だとすれば、この脳は、この心は、この細胞は、自我としての自分に何を見せようとしているのか。わからない。わからないが、思い思いに重い足を一歩踏み出した。

声を発しようとする。が、やはり今回も阻まれる。一回目に出ないのは織り込み済みだ。前回と同じであれば、二回目に声が出せるはずだ。ここが異世界や並行世界のような現実でなければ、同じはずなのだ。

そして、二歩目を踏んだとき、声が出た。

「どうしたの?」

大きな声で、現状を打破するための糸口として。手を差し伸べる気持ちで。

だが。

誰もこちらに気づかない。こちらには目もくれず、ただただ俯いている。匂いは流石にわからないが、空気感は、伝わってくる。

「ごめんね」

母が言葉を発した。同じように、同じ言葉を。その言葉はまたしても、自分の心には届かない。こちらから干渉できないように、あちらからも干渉できない。それが心であっても。

とてつもなく意図のわからない夢だ。流石に二度目となれば、意図も理由も、意味だってあるのだろう。そうでなければそれこそ意味がない。

だが、まだわからない。何を伝えようとしているのか。どんな因果でこんな夢を見ているのか。わからない。

今回も家族に近づけなかった。まるでタイム・パラドックスを止める強制力かのように、強く阻まれたのだ。

諦めて、階段のほうを向く。すんなり体が動いた。死神なら、何かを知っているのではないか。そう思い、言葉のような何かを発する家族を背に、自分の部屋ではない自分の部屋へ戻っていった。

部屋のドアを開ける。謎の影がいた。前回と、あの時と同じように。

当たることはない。それはわかっている。でも、何かに当たらないと気がすまない。意味も意図もわからない夢を見せられて、展開も変えられずに、それなのに当然のようにそこにいる死神が気に食わなかった。

「やぁ」

「誰だ?」

これは明晰夢ではない。だから歯がゆい。自我と視点は別物なのだ。なのに、気持ちは視点に引き寄せられる。自我はただの視聴者で、受容体に成り果てている。それが普通の夢なのだ。

だが、それでも自分なのは間違いない。どれだけ気持ちがすれ違ったとしても、思考回路は同じなのだから、同じ結論にたどり着く。力強く床を踏みしめて、思いっきり殴りかかろうとする。

「あれは僕のせいではないよ」

ピタリと体を止める。心当たりが多すぎて一瞬頭にはてなマークが浮かぶ。どれのことなのか。家族のことか、夢のことか。正直そんなことはどうでもいい。今は聞く耳を持っても仕方ない。

止めていた腕を振り切る。やはり、拳は空を切った。そして体も空を切った。目の前にいた影を抜けて、通り抜けて、それが当然だった。やはり展開は変わらない。同じなのだ。このまま進んでいくのだ。

「勘違いをしているね」

「え?」

振り返る。同じ展開なだけで、同じ言葉を発したのか。それとも、こちらの意図を理解したうえでした発言なのか。それは、すぐに、わかった。

「同じではないよ」

明らかに前回とは違う言葉。そして、こちらの思考を、考えを理解している言葉。展開が、変わった。やはり、死神が黒幕なのだ。そうでなければ何もかも辻褄が合わない。だが、意図が、理由が、意味がわからない。どうして、こんな夢を。

「気づいていないようだね」

気付ければ、分かれば、こんな苦労はしていない。ただでさえ気分が冴えないときにこんな夢を見せられたのだ。だがそれでも、夢の中の自分は、耳を傾けるしか無い。

「君は死んだんだ、もうこの世にはいないんだよ」

自分の掌を、見た。

透けていた。手のひらも、体も、半透明だった。

思い出した。いや、なぜ思い出せなかったのか。この夢では既に死んでいるではないか。死神のせいなのか、はたまた夢という特殊な環境からなのか、自分が死んでいることを、忘れていた。

押し寄せる「死」の事実。死んでしまったという現実。やりたかったこと、したかったこと、心残り、後悔、いろんなものが信号無視したトラックのように心にぶつかってくる。もう家族と話せない。彼女もできない。新しいゲームもできない。そんな諸々が突き刺さった心。

これが、死神の能力なのだろう。死を自覚させ、心に傷をつけ、痛めつける。それが役割であり、やり方なのだろう。夢にまで出てきて、仕事熱心なことだ。だが、たとえ展開が変わろうとも、結末は変わらない。

「…」

悲しいとは思う。辛いとも思う。悔しいとも思う。心臓が冷たくなる感覚がある。それでも。


「…」


潔く、


「・・・嫌だ」


諦めた、


「嫌だ…!」


はずだった。





「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…!」

いつの間にか、膝から崩れ落ち、床に額をつけ、涙を流し。慟哭する。まるで、子どものように。いつまでも叫ぶ。もう元には戻らないにも関わらず。もう拾うことができないのにもかかわらず。肩の荷は降りない。どれだけ低い確率でもいい、戻りたい。

生きたいという慟哭が、部屋の中で、いつまでも鳴り響いていた。

そこで飛び起きた。額には汗。まだ光っている携帯。呼吸が浅く、鳴り響く心臓。とてつもない悪夢だった。

未だに、死神が本当はどんな意図であんな夢を見せたのか、真意のほどはわからない。だが、夢はもしかしたら、自分の無意識の部分を見せてくれるものなのかもしれない。

いつの間にか、生を諦められなくなっていた自分がそこにいたと、気づかせてくれた。

信号は、もう青だ。

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