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エンタメ日記vol.5『ドリームシャワー』

2019年3月26日
「ドリームシャワー」
Czecho No Republic
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一昨日、夕飯を食べながらNHK総合でやっていた星野源の特番を観た。
大きなステージの上で「自由に踊ってくれ」と観客に声をかけて、自分もその瞬間を楽しむようにステージ上で躍動する。人と同じ必要も、いつもと同じ必要もない。もっと自由で柔軟に、音楽を、生きることを楽しもう。そんなメッセージを感じた。

チャンネルを回すと、教育テレビでは伊集院光が夏目漱石の『明暗』を読んでいた。どうもとっかかりにくいように思うが、読み手それぞれの解釈はどれも間違いではないのだという。たしかに、どんな読み方をしても漱石は笑って許してくれそうな気がする。

2つの番組を流し見しながら、星野源と同じ言葉を何年か前に僕にかけてくれたロックバンドのことを考えていた。

「自由に踊ってくれ!」
きっとたくさんのミュージシャンがステージ上で口にしてきたその言葉は、僕にとってはCzecho No Republicのものだ。

大学生になりたての頃の僕は、急に広がった行動範囲に少し戸惑いながらも、自分なりにその自由を楽しんでいた。好きなバンドのライブに行き始めたのもその頃だったと思う。

初めていったライブハウスがどこだったか全く思い出せないけれど、独特の文化とルール、雰囲気を感じたことは覚えている。
初めてみるバンドには決まった掛け声とか呼び方、ちょっした振り付けがあったりして、ちょっと萎縮してしまう自分がいた。

その頃、仲のいい友達と3人でCzecho No Republicのライブに通っていた。
ボーカルの武井くんがよく観客にかけてくれたのが、「自由に踊って」という言葉だった。

チェコのライブはとんでもなく楽しい。
ある程度の決まりごとは会場の一体感を生み出す。みんなで声を合わせたり、同じ動作をしたり、それは盛り上がるライブには必要不可欠なものだ。チェコもそんな曲をたくさんもっていて、そういうライブアンセムが会場のボルテージをあげていく。
それでもその頃、彼らは「自由に踊っていい」ことに拘っていたように思う。好きなように音に合わせて身体を動かして一緒に歌う。そこにルールも遠慮もいらない。そんな時間が必ずあった。僕はその時間が好きで、いつもゆらゆらと気持ちよく揺られていた。

今になってそのありがたさがよくわかる。
それは「肩の力を抜いて好きなように楽しんでくれればいいよ」という優しさだ。それぞれの楽しみ方をちゃんと肯定してくれていた。

おかげで今でも僕はどんなアーティストやアイドルのライブに行っても楽しく過ごせている。ジャンルにとらわれず色々な音楽に首を突っ込めている。
それは音楽だけにとどまらず、今こうして色んなエンタメをつまみ食いするように楽しめているのも、「自由に踊っていい」ことをチェコが教えてくれたからだ。

誰かが意図や感情をもって作った物語でも、エンタメとして発信されて別の誰かに届いたならば、その瞬間からそれはたぶん受け取った誰かのものだ。それによって揺れ動く身体や心、解釈も全ては受け手側の自由だ。

作り手とそれを感じる受け手の共同作業で、
エンタメは生まれるのかもしれない。


これまでたくさんの楽しくて印象的なライブがあったけれど、結局一番覚えているのは、2015年7月にあったCzecho No Republicの『ドリームシャワー』というイベントだ。自由を強く感じられたからなのだと思う。

気持ちいいほどの初夏の快晴。
徐々に日が暮れていく日比谷野音。
ステージ向かって左側からのいつもの景色。
20歳なりたてで飲み慣れない缶チューハイ。
次の日に控えていた語学の期末テスト。
THE HIGH-LOWSの日曜日よりの使者。
歓声と歌声と揺れる身体。
ダイナソーとショートバケーション。
お土産にもらった花火。
全部が愛おしいほど自由だった。

ありがとう。
僕は今も楽しく生きてます。
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エンタメとは、自由に踊ること。

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