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自分に優しさを

私は普段から自分に対して罵詈雑言を浴びせてきた。
私に対して私の存在を否定するような言葉を心の中で浴びせてきたのだ。
こんなことも出来ないのかとか、こんな失敗をするなんてダメなやつだとか、酷い時には自分の存在なんていらないというようなことを心の中で自分にぶつけてきた。

それは習慣になっていて、自分では意識してなくても自然とそういう言葉をぶつけていた。

最近ふとした時にそのことを改めて振り返ってみることがあり、そのままではいけない。このままでは自分が自壊すると思い直したのだ。

言葉はそれを繰り返し唱えていると人に浸透していくのではないかと私は考えていて、それは他者だけではなく自分にも当てはまり、更に言うとそれは良い言葉、悪い言葉両方そうなのではないかと考えている。

それを私は悪い言葉で長年繰り返し自分に唱え続けたのだから、今の自分の人格形成にも少なからず影響を与えているのだろう。

そう私は思い至ったのだ。

話が少し逸れるが、他者、それは他人だけではなく友人や恋人や家族も含まれるのだが、それらが常に良い関係であるとは限らない。
それはあくまで仮定の話だが、そういった時に誰が味方になってくれるというのだろうか。

それは紛れもなく自分である。
少しおかしく感じるかもしれないが、自分は常に自分といるし、逆に自分からは逃げられない。

そういった状況下で、離れられない自分すらも敵に回してしまってはあまりに辛すぎはしないか。

甘やかすのは少し話が違うと思うが、せめて自分に優しくありたいと、自分は自分の味方でありたいと、そう思うのだ。

だから私はここから自分の味方になりたいと思う。
自分に優しくし、自分を励まし、自分に寄り添う。
少し話が飛んでいるかもしれないが、そうしたら人にも少しだけ優しく出来るのではないか。そしたら自分の周りに優しさを少しだけ分けることも出来るのではないか。

そして何より自分が少しだけ救われるのではないか。

だから私はまずは自分に優しくあろうと、そう思うのである。

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