心の理由
人の行動の理由はなんなのだろう。
それを考える時にこれが理由だとかあれが理由だとか、色々思いを巡らせる。
そしてこれが理由だったと一つの結論を出す。
一つの正解があり、それを導き出す。そう考えるのはよくあることではなかろうか。
だが果たして本当に人の行動の理由に一つの正解があると言えるのだろうか。
人の心は色で例えるのであれば一色であることはそうそうなく、ありとあらゆる色が入り混じっているのではないか。
単純に腹が減ったとしても、あれを食べたいだとかこれも食べたいだとか、でも今はダイエット中だからだとか、でも頑張っているから自分へのご褒美に高いお店にしようだとか、色々な想いが入り混じる。
そしてそれらがお互いに反発したり作用したりして、影響を与え合って一つの行動に表出する。
人は相手のその化学反応を全て知ることは到底出来ないのだ。
実態を知ることもできず、尚且つ多種多様な色が心の中にはあるというのに、それを一つに絞って断定するのは少々無理があるのではないか。
人の心はシンプルではない。
では人の行動の理由や心の中を知ることなど出来ず、理解など出来ないのか。
それは違うと思う。
そもそもコミュニケーションとはそういった時に使うものでもあり、相手がその胸中を話してくれればある程度知ることもできる。
そして相手が話してくれなかったとしても推しはかることは出来るのではないかと思うのだ。
ただここで言う推しはかるとは一つの結論を出すのとは違う。
色々な考えや感情を総合的に、どちらかというと感じるのに近い形で推しはかれるのではないだろうか。
シンプルにこれが理由だと断定するのではなく、今こんな感じなんだろうなぁと推しはかることで理解に近づくのではないか。
と未熟ながらに考えている。
自分でも全てはわからないが、私のその考えも心の色々な色から出来ている。
人の心とは面白いものだ。
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