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瞬間

初めてルカさんを見たのはいつだっただろうか。
確か中学に入った、最初の方だった気がする。まだ私が化粧とかスタイルとかを全然気にしてなかった時だった。
中学の入学祝いで親がパソコンをプレゼントしてくれて、それで色んなものを見たり聞いたりして、その中の一つがルカさんのライブ映像だった。
それを見たとき、私の何かが外れた。
そのルカさんは本当に綺麗で、カッコよくて、もう言葉では表せないような気持で一杯になった。もう私の中はルカさんで一杯だった。

それから私はルカさんの動画を沢山見て、友達とカラオケに行くようになってからもルカさんの歌ばっかり歌った。そしてルカさんのおススメする化粧品まで買い漁って、化粧を真似てもみた。
当時の私は中学生だ。まだまだ化粧のやり方なんてほとんど知らなくて、真似てみてもルカさんには遠く及ばなかった。
ルカさんのようになりたい。私はそれからというもの、ひたすらにルカさんを追った。
化粧のやり方を勉強して、スタイルを近づける為にトレーニングも初めて、歌が上手くなるようにボイトレにも通った。

だけど、私はルカさんにはなれなかった。
どれほど頑張っても、ルカさんのように輝くことは出来なかった。

それから私は化粧もほとんどしなくなり、トレーニングもやらず、ボイトレにも行かなくなってしまった。
ただルカさんの動画をただただ眺めることしか出来なくなっていた。
私の中には何もなくて、気づいたら高校2年生になっていた。

「あら、ルミちゃん久しぶりねぇ。」
「おばあちゃん…久しぶり。」
今日はおばあちゃんに会いに来ていた。
おばあちゃんはいつも通り、おばあちゃんちの日の良く当たる縁側に座ってお茶を飲んでいた。
正直、おばあちゃんに会う気分ではなかったけど、家に居ても仕方がなかったので来た。
「ルミちゃん、おばあちゃんとお茶でも飲まない?」
「うん。」
おばあちゃんちの縁側はいつも暖かくて、よく手入れされている庭が見える、素敵な場所だった。
「学校は楽しい?」
「うん。友達はいるし、楽しくやってるよ。」
「なら良かったわ。何だかルミちゃん暗い顔してるから、何かあったのかと思ったの。」
「…うん。ちょっとね。」
おばあちゃんは一口お茶を啜って庭を眺めた。私もつられて庭を眺める。
本当にここは昔から変わらない。おじいちゃんは死んじゃったけど、それでもおばあちゃんはこの家のことは怠らなかった。その結果がこの家の綺麗さを保っているのは、私も若いながらにわかった。
「おばあちゃんに話してみない?おばあちゃん昔からお話を聞くのは上手なのよ。」
「うん。実はね…。」
私はおばあちゃんに全部話すことにした。最初は話す気はなかったけど、なんだかここに座ってたらもう言っちゃえって気になったのだ。
私はルカさんのことも、それに向かって頑張ったことも、それを全部投げ出したことも、全部話した。
「それでね。今までやってたこと全部やめちゃったの。全部なくなっちゃったんだ。」
全部話し終わったら何だか、虚しくなってきて、下を向いてしまった。
「何やってんだろうね、私。馬鹿だよね、なんにもなくなっちゃってさ。」
「…そうだったの。」
「ごめんね。こんな話聞いてもつまんないよね!」
ははっと笑ってごまかした。おばあちゃんに話してもどうにもならないだろうし、おばあちゃんもこんな話聞かされても困るだろうし。
本当にどうしてこんなことになっちゃったんだろう。全部なくなるくらいなら、何で私はあんなに頑張ったんだろう。

「本当に馬鹿みたいだよね、私。」

ふと、おばあちゃんが私を抱き寄せた。
「馬鹿じゃないわ。」
おばあちゃんの優しい手が私の頭を撫でた。
「ルミちゃん。積み上げたものはね、崩れ去る日がいつかくるわ。それはちょっとずつ崩れていくこともあるし、ある日突然崩れ去ることもあるの。」
「…それじゃあ。全部なくなるんだったら…意味ないじゃん。そんな意味ないことしてるんだったら…馬鹿じゃん。」
私の目からは涙が少しずつ、少しずつ流れた。あぁ、私は辛かったんだなって、今わかった。
「ルミちゃん。庭を見て。」
私は涙ぐんだ目で庭を見た。そこにはおばあちゃんが頑張って手入れした、綺麗な庭があった。
「綺麗でしょう?」
「…うん。」
「このお庭もね。いつかは無くなってしまうわ。この世には永遠なんてものはないからね。でもね。」
またおばあちゃんはまた私の頭を撫でた。
「無くなってしまうからといって、無意味だと思う?このお庭も無意味だと思う?」
私は泣きながら首を振った。
「そうなのよ。確かにものは崩れ去っていくかもしれないけどね。そのものにかけた時間やそのものが与えてくれた気持ちは、いつまでも残るものなの。」
おばあちゃんは私の目を見つめた。
「だからね。ルミちゃんのその時間は決して無駄ではないのよ?だから自分のことを馬鹿だなんて言わないで、ルミちゃん。」
「…おばあちゃ~ん!」
私はそれからおばあちゃんに縋りついてわんわん泣いた。お母さんがそれを見て駆け寄ってきたのも覚えてる。
私は無駄じゃないと言われたことで、本当に、救われたのだ。

私はそれからまたルカさんを追いかけ始めた。化粧のやり方も、少し忘れてしまっていたとこもあるけど、結構体に染みついているんだということが分かった。
体のスタイルも少し崩れてしまったけど、すぐまた元のスタイルに戻ることが出来た。

「ねぇねぇ…。ルミ先輩、マジでカッコいいよね?」
「本当だよね!スタイルもいいし、歌もうまいし、お化粧もばっちりだし…。」
私はその後輩たちに少し気取って見せたら、キャーという声が聞こえた。
ルカさんにはまだまだ程遠いけど、それでも私はひたすらに追いかける。
この瞬間も無駄じゃないから。

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