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物するマガジン

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2022年1月の記事一覧

#1102286

#1102286

昔、偉い坊さんがいった。「夏しか生きられないセミは、春や秋を知らない。春や秋を知らないこの虫は、どうして夏という季節を理解できようか」と。

四季の区別の中にあって初めて夏という季節の意味を知る、ということならば、なるほど、夏セミは夏を知らない。

それでも、あの射光の中のほんの数日を生きた、ただそれだけでも、あの子は夏を知った。そんな、祈りにも似た空想が、脈略もなく彼女の中にある。

#1601048

#1601048

眠れなかった、とSは、いった。その言葉の底にある動揺に、私は、きちんと寄り添えていただろうか。

仕方が無かった、とSは、いった。その言葉と裏腹にある後悔を、私は、きちんと受け止めていただろうか。

Sと別れた後で、自責の念が私を襲う。もっと親身に話を聞いてやればよかった。もっと適切に助言してやればよかった。

でも、思う。親身になれば、助言をすれば、Sの重荷を軽くしてやれただろうか。そして不安に

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#2201041

#2201041

十五夜月、十六夜月、立待月。これといった娯楽もなかった時代に生きた人は、律儀に毎晩の月に名前を付けて、それが出るのを心待ちにした、とかいう。

N氏もまた、ベッドの中で月を見上げていた。このところ、決まってこの時間に目が覚めてしまう。そして決まって尿意を催す。

N氏は、人生の賞味期限について考えていた。消費期限がいつなのかについては、よくは知らない。でも多分、賞味期限はとうに過ぎてしまった気がす

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