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「父が娘に語る美しく、深く、壮大で、 とんでもなく分かりやすい経済の話。」

<あらすじ>

経済学者だけに経済をまかせておいてはいけない

本書はギリシャの経済危機時に財務大臣を務められた、ヤニス・バルファキス氏が娘に向けて執筆した一冊である。単純明快かつ多くの実例や物語を引き合いに出しながら話が進んでいくため、経済に関する本ではあるが小説のような感覚で読むことができた。経済の知識がない人でも理解できるほど分かりやすく解説されている意図としては、もちろん娘に向けたものであるからということもある。しかしそれと同時に、「経済学者だけに経済をまかせておいてはいけない」という強いメッセージを読者に訴えかけているようにも思える。また冒頭では、「誰もが経済についてしっかり意見を言えることこそ、いい社会の必須条件であり、真の民主主義の前提条件」という記述がなされ、『だから資本主義(本書では「市場社会」という言葉で表されている)という怪物とうまく共存していかなくてはならない』と述べられている。そしてここから経済についての具体的な話に入っていく。まずは大枠の流れだけ掻い摘んで要約していきたい。

経済の誕生

話は経済が誕生した時代へと遡る。まず混合されがちなのが市場だ。市場は物の交換が行われるところに生じる。これは物々交換をしていた遥か昔から存在していた。しかし単なる場所としての市場は、それだけでは経済としては不完全であった。その後人類が農耕という技術を発明し、「余剰」を作り出せるようになったことで経済が生まれた。この「余剰」こそ経済の起源なのである。経済という言葉の意味を調べると、「人間の生活に必要な物を生産・分配・消費する行為についての、一切の社会的関係」と出てくる。つまりそれまで自然の恵みのみで命を繋いできた人類にとって、農耕の発明が生産・分配を可能にした。そしてこの「余剰」がドミノ倒しのように次々と偉大な制度を生み出していった。まずは文字だ。文字が生まれたのは、紛れもなく余剰を記録するためだった。そして余剰は貝殻などに記録されていった。これが通貨になる。余剰を記録した貝(通貨)は、皆がそれに価値を認め信用しているからこそ、存在意義がある。紙幣の信用が無くなればただの肖像画の書かれた紙くずにすぎないのと同じだ。そしてその信用を保証するのが国家である。国家を運営するには官僚が必要になる。余剰を奪われないようにするために軍隊も構成される。また農耕社会により発生する余剰の配分は非常に偏っており、権力者に集中していた。このヒエラルキー構造を正当化させ、貧しい人の反乱を抑えるために宗教が生まれた。宗教を使って庶民のマインドをコントロールしていたといってもいいだろう。このように、「余剰」が経済を生み、文字、通貨、国家また宗教までも作っていった。

交換価値と経験価値

そして時代が進み市場社会(資本主義)が発展するにつれて、商品すなわちお金で買える「交換価値」が、お金では買えない「経験価値」を侵食するようになっていった。肌感で分かる人もいると思うが、全てが商品化し、いわゆる“世の中お金が全て”といった風潮が強くなっていったのだ。そして交換価値が凌駕する世の中は、お金が手段から目的に変わった。機械化が進み、最大限のコストカット、過度な利益の追及が行われることになる。そして結果として大規模な格差社会へと変容していった。他にも市場社会は環境破壊という問題をはらむ。利益を求め競争が激化すれば、たとえ自然が汚染されても歯止めが効かなくなる。冒頭で述べた市場社会(資本主義)という怪物とうまく共存していかなくてはならないとはまさにこのことである。

すべての民主化

本書の末端にはバルファキス氏の考える解決策が記されている。彼はこの怪物と共存していくには「すべてを民主化すること」が必要になってくると述べる。どういうことかというと、通貨やテクノロジーを民主化することで、一部の権力者が富を産む打ち出の小槌を独占することを妨げ、格差を是正することにつながる。また地球の資源を民主化することで、資源に対して集団的責任が生まれ、過度な環境破壊を防ぐことにつながるという理屈である。

この他にも本書では、要約で書ききれなかった、第二次世界大戦中の収容所内で発生したタバコを通貨としたささやかな経済の話や、労働市場における狩り人のジレンマの話など楽しんで経済の仕組みを理解できる話がいくつもあった。


<考察>

経済発展の定義とは

ここで一つ漠然とした問いを投げかけたい。「世界的に経済は発展しているだろうか」長い目で見れば、成長しているという人がほとんどだろう。21世紀は他のどの時代よりも便利で、モノに溢れ、めまぐるしく経済は回っている。昨今のコロナ状況で経済活動が中断されたことによる影響を見ても、どれだけ経済が肥大化しチェーンのように複雑に絡み合っていたかが見て取れる。ただしこの100年で経済が一気に飛躍したならば、なぜ貧困層の生活水準は引き上がらないのだろうか。

私は二年前の夏、ボランティアをしにインドを訪れた。そこで見た光景は想像以上に衝撃的だったことを覚えている。ボランティアをする施設にいく途中、スラムのような場所を通る機会があった。物乞いはもちろんされたし、無邪気に走り回っている子どもたちは皆裸足で、ボロボロの服を着て生活していた。シャワーなどはないため、共同の水道で調達した水をボロいバケツいっぱいに張り、身体を洗っている人も路上に多くいた。日本では想像することもできない。インドよりはインフラが整い発展しているNYでさえも、路上や地下鉄ではよくホームレスを見かける。富の分配が異常なほど偏っている今日の経済のバランスを少しでも取れたら、ここまで貧しい生活を強いられずに済むと思うと私たちは非常に恵まれているなと痛感する反面、理不尽さもどこかに感じてしまう。

先に投げかけた質問に対する私の答えは、もちろん世界的に経済は発展していることは否定しない。ただ、本書でも述べられていたように単純に上位層の経済が発展しただけで、貧困層の人たちはあまり経済の発展に恩恵を得られてないように感じた。富裕層がより富めば、貧しい人たちにもその恩恵が滴り落ちるトリクルダウン理論もあまり有効性がないように思える。

知識の民主化と教育のあり方

では解決策として投じられている、「すべてを民主化」についてはどうだろうか。私は本書を通じて、この考えに非常に納得した。私も民主化が最適解のように感じる。ここで感銘を受けたのが、物の民主化のみならず、知識の民主化をしろというメッセージだった。文頭で述べた、「経済学者だけに経済をまかせておいてはいけない」そして「誰もが経済についてしっかり意見を言えることこそ、いい社会の必須条件であり、真の民主主義の前提条件」。これはまさに経済学の民主化そのものではなかろうか。もっと身近な例を挙げるとすると政治だ。選挙の投票にすら行かない人や投票するにしてもマニフェストを読むわけでもなくフィーリングで投票する人は案外多いはずだ。これでは民主主義であっても、政治に関する知識が民主化されていないため、いい社会を作ることは難しい。したがって、格差を是正するには上位層だけでなく、中堅また下位層が今の社会を作るシステムに対する知見を豊富に蓄えるすなわち民主化する必要があると考える。

そこで重要なのが教育ではないだろうか。日本の教育は非常に質が高いが、お金の話や政治の話は主観が入るからという理由で授業内での取り扱いを躊躇されることが多いように感じる。他の国がどうかは知らないが、こういった込み入った話題は学ぶ側も初めはあまり積極的に取り入れようとはしないように思う。実際、私も留学に来てお金の仕組みを学ぶまでは、そこの分野に一切興味がなかったので学ぼうと考えたこともなかった。しかし会計やファイナンスを勉強していく中で、次第に興味を持ち、今ではむしろ自主的に本やYouTubeを利用しながら学びを深めている。ここで何が言いたいかというと、教育は興味を持たせるための入り口になればそれだけでも十分ではないかということだ。特に政治やお金など込み入った話の時はなおさらだ。そこで興味を持てば自ずと情報収集し始めるなら、そこまでの一歩を踏み出すために教育を利用することも決して間違いではないと感じる。私はこの本を通じて、民主化とりわけ知識における民主化に大いに賛成し、教育のあり方が変われば、より経済や政治の民主化は進むと考えた。

市場社会について最後に少し述べたいと思う。市場社会の波を止めることはもう不可能に近く、また決して止めなくてはならないということでもないと思う。ただ問題は経済至上主義が社会全体に蔓延っていることにあるのではないだろうか。本書にもあった交換価値の蔓延のことである。確かにお金は大事だが、必ずしもお金が幸せに直結しないことはなんとなく直感で分かるはずだ。いわゆるお金で買えない経験価値の部分だ。私がそう思うようになったのもインドがきっかけだ。先ほども述べたが、日本人からしたら、劣悪な環境下のスラムで住む人たちを可哀想と思うだろう。しかし、思いのほか彼らの顔は暗くなかった。むしろ、電車で通勤する日本のサラリーマンの方が悲痛な顔をしていたくらいだ。スラムの人たちはその生活がスタンダードになっているから、平気ということもあるだろうが、この光景を見て、貧しい=不幸とは一概にはならないなとは感じた。ただ、だからといって格差を容認する理由には繋がらないが。

この本は読んだ後に色々思考を巡らせ考えさせられることが多い一冊だった。そして、経済についてもあまり深く理解できていなかった自分にぴったりな難易度だったので、今の時期に読めて良かったと思う。


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